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2009年01月03日 @ 11:00PM
1-1からの続き 


 華琳の仕事も何とか終え、再び一刀達は啄県へと戻る。

 無理矢理拉致られた一刀は、怪我した左手を庇いながらも溜まった仕事を半泣きでこなす。急ぐ、案件はそう無いのだが、夜までにある程度終わらせないと何故か、接待役を命じられている華琳に怒られるからである。

 さらに月もすこぶる機嫌が悪い。

 県令として赴任している筈の一刀が、家に帰ってきたのは両手の指で足りる程である上に、それ以上に怪我をして帰ってきたというのが極め付けで彼女を怒らせていたのである。

 そんな彼女の乙女心にも気が付かず、必死に一刀は怒っている様に見える月の前で土下座しながら何とか宥めるのであった。

 

「ふふふ。それは災難だったわね」

「いや、その原因の一端は、華琳にもあると思うんだが……」

 月の機嫌を取り戻す為に奔走した一刀の話を聞きながら、華琳が楽しそうに微笑む姿を見て、一刀は本当に大変であったという意味を込めた溜息を吐いた。

 そんな中で、流琉お手製の料理に舌鼓を打ちながら、華琳と一刀と秋蘭は話に花を咲かせていたのだ。

「あら、そうね。なら――今夜、閨で可愛がってあげるわよ一刀?」

「なっ!」

 華琳の言葉に一刀はうろたえ始める。

 ガシャン! 

 卓の上から、皿が落ちて音を立てて割れてしまった。

「申し訳ありません」

 秋蘭が少しばつ悪そうに、割れた皿を片付け始めた。

「――秋蘭、そのまま拾っちゃ危ないって」

 一刀がそのまま素手で皿を拾う彼女を慌てて止める。

 そして、触れ合う互いの手と手。

「「――!」」

 一刀と秋蘭は、互いに驚きながら離れる。

(なるほどねぇ?)

 二人の様子を見ていた華琳は、何かを悟ったようにニヤリと微笑むのであった。



 夜の宴も終わり夜も更けた頃、秋蘭は火照った身体を冷ます為に宮城の展望台に出ていた。 

「私は、一体どうしたのであろうか?」

 秋蘭は、夜空に浮かぶ星を眺めながらそう呟く。

「――少しいいかしら、秋蘭?」

「華琳様?」

 思わぬ人物の登場に秋蘭が驚きの声を上げた。

「何か悩み事でもあるのかしら?」

「――別に何でもありません」

「ふふふ。そんな嘘を吐いてもダメよ。付き合いは長いもの。私には、何となくだけど秋蘭が悩んでいるのが、分かるのよ」

「……」

 華琳の言葉に秋蘭は、何も言えなくなり目を閉じ、黙ってしまう。

「一刀の事でしょう?」

 この言葉に秋蘭の整った眉がピクリと動いた。

「まあ気づいたのはさっきの食事の時なのだけど、秋蘭、貴女は何を恐れてるのかしら?」

 華琳は、少しキツイ視線を秋蘭に向け、彼女の発言を促した。

「――私は、太平の世になった今でも華琳様の臣と自分では思っています」

「そう」

「忠節も、愛も貴女に捧げたつもりでいました。ですが――」

「今は、北郷一刀という男の存在が、それに迷いが生じている」

 華琳の言葉に秋蘭は、ただ、コクリと頷いた。その表情は、強ばり余裕が見られなくなっている。

 そんな彼女の姿を見て、華琳は微笑んだ。

「ねぇ、秋蘭。貴女のその感情は、必ずしも上下をつけなければならないものなのかしら?」

「は?」

「だからね、私を想ってくれている気持ちと今、一刀をにくからず想っている気持ちに順序をつける必要は無いと言っているのよ」

 華琳の言葉に秋蘭は、虚を突かれたように驚きの表情を浮かべた。

 そんな彼女の表情に華琳は微笑む。

「これはあくまで私の推測だけどね――貴女が私に抱いている感情は、親愛や友愛それに敬愛かしらね? そして、一刀に今、感じているのは、男女の間に存在する恋慕。一言で言えば『恋』なんでしょうね」

「恋!?」

 秋蘭は、華琳の発言におもわず身を乗り出して驚いた。

「ええ。貴女は立派に一刀に恋した少女よ。まあ、私から見た感じ、どうやら初恋のようだし、戸惑うのも無理は無いでしょうね」

「ご冗談を。私が恋などと――「あら、そんなにおかしい事かしら?」……」

 自分の発言を遮られて、秋蘭は黙ってしまう。

 それは、華琳の言葉が正しいと頭で理解し始めているからだ。

 だが、今まで培ってきたものが、変化する事に秋蘭は恐れているのだ――まるで幼子のように。

 華琳は、そんな彼女に近づく。そして、身長差がある為、少し強引に頭を下げさせて自分の胸に秋蘭を抱いた。まるで母や姉のように慈愛を込めて。

「大丈夫よ。貴女と私の関係は今までどおりなのだから。それにただ、北郷一刀という存在が加わるだけよ。私が彼を気に入っている事は、貴女も承知でしょう? だったら、何も気兼ねする必要はないわ」

「――華琳様」

「本当に貴女も、春蘭も手のかかる子ね?」

 口ではそう言うものの、秋蘭の見上げた華琳の表情はとても優しいものであった。

「まあ、秋蘭の思うようにしなさいな」

「――はい」

 秋蘭は目を閉じながらそう答え、自分の想いに迷いは不要であると諭してくれた華琳に感謝する。

「ああ、後、あの朴念仁に告白するなら早いほうがいいわよ? あれは、ライバルも多い事ながら他人から向けられる想いに鈍感だから――戦争も恋も速さが勝負かもね? それなら貴女の得意分野でしょ?」

 華琳らしい励ましに秋蘭は苦笑するしかなかったのであった。



 そんなやりとりがあった翌日。

 県令府の建物の中で一刀は政務を行っていた。

 仕事をしているにはしているのだが、どこかしらボケッとしているように見受けられた。

 時折、筆を置いては窓から見える風景に向かい溜息を吐く。

 お茶を汲みにきた月などは、一刀の変わり様に、心配しっぱなしであった。

 華雄は自己鍛錬を終え、その帰り道、そんな二人の様子を見て「ふむ」と、どうしたものかと頷いていた。

「ちょっと、お邪魔するよ」

「失礼します」

 そんな折、県令府に秋蘭と流琉が訪ねて来た。

 一刀は、ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がる。

「ご主人様?」

「あっ、うん、月?――ごめん、仕事に集中してなかった」

 一刀は、まるで月が傍に居たことに気づいてなかったような反応を見せた。

「――どうやらお客様のようですね」

「そ、そうだね」

 一刀の様子を見て、何かを感じ取った月は、少し声のトーンを落として喋る。

「じゃあ、月悪いけど、お客様のお茶を用意してくれるかな?」

「……はい」

 そわそわしている一刀を見ながら、月は、何故か心の中にモヤモヤを感じていた。

 月は、その感情が――嫉妬であることは知っていたが、認めたくなく、その気持ちに固く蓋をし、エプロンドレスの裾を両手でつまみ、恭しく頭を下げて、一刀の言葉に従うのであった。

 月が部屋を退出して少しの間をおいた後、部屋に華雄が秋蘭と流琉を引き連れてやって来た。

「――やあ、北郷。仕事中にすまないね」

「兄様。お邪魔します」

 そして、一刀と秋蘭の視線が交差した。

 その瞬間、一刀はドキンと胸の高鳴りを感じ、胸を押さえる。

 けれど、それは気分を害するものではなく――とても、気持ちの良い感情であった。

 一方の秋蘭も一刀の姿を見ると顔が火照ったように熱くなり、思わず右手を自分の頬に当て、俯いて一刀から視線を外してしまう。

 そんな秋蘭の態度を見た、一刀は「あ……」と声を上げ、とても残念な表情を浮かべた。

「――? 兄様、どうかなされましたか?」

 流琉の問い掛けを含めた言葉に一刀は、ハッとなり、首を横にブルブルと振った。

「何でもないよ流琉。よく、来てくれたね。秋蘭も」

 一刀の呼びかけに秋蘭は顔を上げ、静かに頷いた。無論、頬は紅潮しているままである。

 おかしな反応を見せる一刀と秋蘭の様子を見ていた華雄は、始めは疑問符を頭の中に浮かべていたが――ついには気付き、目を見開いて驚きの表情を浮かべた。が、すぐに思い直し、心を落ち着かせて普段の表情に戻した。

(――なるほど。そういう事か)


 月がお茶の準備を終えて戻ってきたのを合図に一刀は、秋蘭と流琉に椅子を勧め、二人が座ったのを確認すると自分も執務机に座りなおした。

 華雄は一刀の後ろに控え、月は、作法に則り、茶を皆に振舞う。

 秋蘭達の用件というのは、華琳の視察が終わり、自分達もそれに合わせて幽州の方面軍司令部に戻るという挨拶であった。

 だが、それで話は終わらず、取り留めの無い話を一刀と秋蘭は続ける。

 二人ともぎこちないながら会話を交わすのを見て、流琉も月も二人の感情に気が付いてしまった。

 一刀と秋蘭は、共に男と女として惹かれあっていると――

 月は、その感情が自分に向けられていない事に羨望と嫉妬を感じ、流琉もちょっぴりアンニュイな気持ちに捕われた。しかし、後者は自分が慕う、兄的存在と姉的存在の二人が結ばれる事に嬉しさも感じていた事も確かであり、月とは違いそこまで深刻な問題にはならなかった。

 そして、それぞれの想いが混濁する時間もやがて終わりを告げ、別れの時がやってきた。

 これ以上邪魔しては、一刀の政務に負担が掛かると感じた秋蘭は流琉を促して、県令府を後にするのであった。

 一刀は、それを少し名残惜しそうにしていたが、自分の勝手な想いで相手に迷惑を掛けたくないという感情からそれを押し込める。

 秋蘭も秋蘭で、別れ際に何かを告げようとしていたが、結局は、別れの挨拶を交わし県令府を後にするのであった――



 夜の帳がおりて、夜空には幾重にも拡がる星空が浮かぶ。

 一刀はその空の下、屋敷の中庭からそれを見上げていた。

 頭に浮かぶのは秋蘭の顔。

 弓を凛々しい表情で構える姿。ポーカフェイスの中にも色々な顔を見せてくれる姿。恥ずかしそうに微笑む表情。白く艶やかな肌。短めに切り揃えられ時折、美しく風に靡く青い髪。自分を見つめてくれる瞳。全てが――恋しく感じていた。

 流石の朴念仁も自分の感情には疎くなく、はっきりと一刀は、自分が秋蘭に恋焦がれていると自覚した。

 そこへ、月夜の光に照らされて一刀の前に現れる一人の少女。

「――ごしゅ……兄様」

「――月?」

 こんな夜更けに現れた月に一刀は驚く。

 そして、彼女が『ご主人様』ではなく『兄様』と一刀を呼ぶときは、これから家族として話すという二人の中では暗黙のサインである。

 だが、月明かりでよく見えないが、どこかしら思いつめた表情をしている月に一刀は、上に羽織っていた学生服(似非)を月にかけてやる。

 彼女はそれを受け入れながらも、キュッと力強く渡された上着を掴んだ。そして、真剣な表情で一刀を見据える。

「兄様、正直に答えてください」

「ん?」

「兄様は――夏侯淵さんに懸想されていますよね?」

 月のストレートな言葉に一刀は胸を貫かれるような衝撃を受けた。

「ゆ、ゆえ、一体、何を――「ごまかさないでください!」――っ」

 彼女らしくない剣幕で機先を制された一刀は黙ってしまう。

「そうなんですね?」

 月の問い掛けに一刀は、少し躊躇したものの彼女に向かってコクリと頷いた。

「――どうしてわかったのかな?」

 一刀の言葉に月は、微笑む。

「昨日、お家に帰ってらしてから、兄様、ずっと上の空でしたから。――本当の意味で気付いたのは夏侯淵さんと流琉ちゃんが来訪された事で確信しました」

「そっか」

 一刀は、月の言葉で、醜態をさらしていたことにいまさら気付いて恥ずかしくなる。

「――それに、私はずっと、ずっと兄様を見ていましたから。わかるんです」

「えっ!?」

 一刀は月に視線を戻すと、彼女は微笑みながらも瞳に涙を溜めていた。

「――月?」

 月の態度に一刀は己の認識の甘さを呪う。

 彼女は――妹としての愛情ではなく、ひとりの女として自分を求めていたのだと、彼女の涙で気付いてしまったから。

 一刀は、自分が秋蘭に恋焦がれた感情によって、月が今抱いている感情の正体を知ってしまった。

 本当は、本当は、今すぐにでも自分の不明を月に詫びて、彼女を抱きしめてあげたい。

 けれど、それは『男』としてではなく、『兄』としての感情から湧き出たものである。

 だからこそ、月を抱き寄せることが出来ない。それをしてしまったら余計に彼女を傷つけてしまうから。

 月は、堪えなくなりポロポロと涙を零しはじめた。

 それをエプロンドレスの袖で拭う。

「兄様には責任があります」

 月の嗚咽を含んだ言葉に一刀は背を正し、黙って彼女の話を聞く。

「愛紗さんや、鈴々ちゃん、詠ちゃんもキョウちゃんも――みんな、みんな兄様の事を慕っています。兄様が、夏侯淵さんの事を本当に愛おしくおもうなら――さっさと告白しちゃって、くっついてください。そうしたら、私もみんなも諦めがつきますから」

「――けど、俺にそんな資格は「そんなの関係ありません! この期に及んで資格ってなんですか? 兄様が天の御遣いで、いつかは天に帰ってしまうかもしれないからですか? 兄様の想いはそんな程度で壊れるやわなものなんですか!?」――ゆ、ゆえ?」

 今までに無い激しい感情を、自分の思いの丈をありったけ月は一刀にぶつける。

「明日には夏侯淵さんは帰っちゃうんですよ?」

「……」

 それでも動かない一刀に月は『カチン』とトサカにきた。

 そのまま、立ち尽くす一刀に近づく。

 そして、背の差を埋めるべく、一刀の首の後ろに両手を回し、ぐいっと力強く一刀の顔を引き寄せ――




 カチンと歯と歯がぶつかった――


 月からの一刀へのキス。


 そして、熱にうなされた様に、今まで募った想いを全てさらけ出す様に一刀の口の中を自分の唇と舌で犯す月。

 官能的に、脳髄がとろけてしまいそうな、思わず意識を手放してしまいそうな情熱的なキス。


 一刀は、思わず月を突き放してしまう。

 それでも二人が、先程まで確かに交わっていた証として、甘露な糸が、月の唇から漏れているのを一刀は見てしまった。

「自分の想いのままに――兄様が後悔しないように……」

 俯きながらも自分促す月の姿を見せられては、流石の一刀も決心を固める。

「――月。ごめん」

 それだけを告げて、一刀は走って屋敷を抜け出して行くのであった。

「――月」

 俯いている月の後から華雄が姿を現した。

「華雄さん……私、兄様にふられちゃった」

「そうか」

 月は耐えられなくなり、華雄に抱きつく。

「う〜〜〜〜〜」

「我慢しなくていい。ここには私しかいないから」

 華雄の言葉で、月の感情の糸が切れた。

 火を切った如く赤子のように咽び泣き始める月。

 華雄はただ、優しく月を抱きしめてポンポンと背中を叩いて彼女をあやすのであった――



 秋蘭は、撤収作業が完了した啄県の城壁の外にある天幕から出て、夜空を見上げていた。

 華琳に後押しされたものの、一刀を前にして勇気が出ず、結局何も言えないまま終わってしまった事に情けなさを感じていた。

 目を瞑り、やりきれない溜息を「はぁ」と吐く秋蘭。

 だが、目を閉じた事で他の感覚が研ぎ澄まされた結果、彼女の耳に足音が届いた。

「何奴!」

 秋蘭は音のする後方に視線を向け振り返る。

 そして、護身用の短剣を抜き構える。

「ちょっ、ちょっと待って、秋蘭! 一刀だ!」

 その言葉に秋蘭は驚く。

 そして、闇夜から現れたのは言葉の通り一刀であった。

「どうしたのだ。こんな夜更けにしかも――そんなぼろぼろのなりで」

 秋蘭が指摘するように一刀は、上着は黒シャツ姿で、所々、顔や腕などに擦り傷が見受けられた。

「いや〜まぁ、なんだ、その――夜だから城門が閉まっているからさ、城壁の立哨している兵士の目を盗んで城壁を越えたのはいいんだけど、降りる際に、ちょっと足を滑らせてこのザマさ」

「何をしているんだお前は。兎に角ちょっとこい。傷の手当をせねばならんだろう」

「秋蘭、ちょっと待って!」

 踵を返した秋蘭の手首を一刀は掴む。

「ど、どうしたのだ突然」

「――聞いて欲しいことがあるんだ」

「こんな夜分にか?」
 
 一刀の真剣な表情から恥ずかしさで視線をそらす秋蘭。

「ああ。今じゃないと、ダメだと思うから」

 秋蘭は、一刀と向き合い、掴まれた腕をそっと離す。

「それじゃあ用件を聞こうか」

 一刀は深呼吸をし、動悸する心を落ち着かせて、再び秋蘭に視線合わした。

「お、俺は――君の事が、しゅ、秋蘭の事が好きなんだ! だ、だから、もし、秋蘭さえよかった俺と結婚を前提につきあってくれないだろうか?」

 恥ずかしさを誤魔化す様に、一気にまくし立てる一刀。星あたりが聞いたら「前半は兎も角、後半がいただけませんな」と言われかねない告白である。まあ、一刀にそう告白されたら彼女もYESと答えるのは想像に難しくないが。

「――なっなっ……」

 余談は兎も角、肝心の告白された秋蘭は、秋蘭で突然のことで頭が真っ白になってしまう。

 彼女を知る者達、特に華琳や姉である春蘭から見ても今の彼女の姿は超レアであるだろう。

 何故なら、恋する乙女の多感な表情になっているのだから――

 そして、秋蘭は一刀と同じく動悸する心を落ち着かせるためキュッと目を閉じる。

 思いもよらなかったが、一刀が告白をしてくれた。

(――ああ、後、あの朴念仁に告白するなら早いほうがいいわよ? あれは、ライバルも多い事ながら他人から向けられる想いに鈍感だから――戦争も恋も速さが勝負かもね? それなら貴女の得意分野でしょ?) 

 心に浮かぶのは華琳の言葉。

 ならば、答えは既に己の中にある。

「――ほ、北郷。実はな、私もお前の事が――好きだ」

 そして、二人の男女は歩み寄り――抱き合う。

「嬉しい。本当に嬉しいよ――」

「私も夢を見ているようだ――」

「夢なんかじゃないさ」

「それじゃあ、今感じているものが本当 だという証が欲しい」

 一刀と秋蘭は熱の篭った瞳で見つめ合い――





 誓いの口付けを交わした。




 その刹那――



 まるで地震がおこったような大音響が辺りを包んだ。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」

 とか、

「きゃぁああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜」

 しまいには、

「ご両人おめでとうございます!」

 啄県の郊外に人、人、人の津波の嵐である。

 中には、秋蘭の部下達も混じり、「将軍おめでとうございます!」とかいう声も届いてきた。

 一刀が見上げた城壁の上にも兵のみならず、人で埋め尽くされている。

 遂にその集団は、いつの間にか明け始めている夜明けの朝日を背景にできたてほやほやのカップルに向かって万歳三唱を始めた。

 その喧騒を止めたのは――華琳であった。

 彼女は、二人の前に進み出て、片手をかざす。

 その合図で喧騒が波打つように止まった。

 さすがは覇王の放つオーラである。
 
「おめでとう秋蘭。それに一刀」

 意地の悪い笑顔で華琳は二人に祝福の言葉を述べた。

「――まさか、この騒ぎは華琳の仕業か!?」

 一刀は、自分の意識を取り戻すなり華琳に噛み付く。

「あら、私だけじゃないわよ? 流琉も一口噛んでいるもの」

「か、華琳さま〜」

 共犯である事を簡単にばらされて流琉がバツ悪そうな表情で三人の前に出てくる。

「流琉……」

 秋蘭は、流琉が関わっていた事に心底驚いていた。

「まあ、そんな細かい事どうでもいいじゃない。それよりも、天の御遣いに伴侶が出来た事の方が重要よ――天の御遣いを射止めたのは、魏国一の弓女神。良い語呂じゃない」

 二人は、その言葉に抱き合ったまま頬を朱に染めた。

 華琳は満足そうに微笑むと空に向かい右手を挙げる。

「漢の司空である曹孟徳がここに宣言する。北郷一刀と夏侯淵妙才の仲人として二人の前途に多くの幸があらん事を願う。ひいてそれは、この大陸全体の人々の幸福にならん事を!」

 華琳の透き通った大音声が響いた後、再び、爆発的な歓声が巻き起こるのであった。


「華琳様にも困ったものだ――」

「けど、ちょっと恥ずかしいけどみんなに祝福されて俺は嬉しいよ」

「ほんごう――「一刀」――えっ!?」

 吃驚している秋蘭に一刀は微笑んで、抱き寄せている彼女の耳元に囁く。

「これからは一緒なんだから。名前で呼んで欲しい――だから、一刀」

 秋蘭はその言葉に頷いた。

「ああ、そうだな。一刀――これからもよろしく頼む」

 そう言って、秋蘭は自分の頭を一刀の肩に預ける。

「うん。こちらこそ――あっ、秋蘭。帰る前にちょっと二人で行きたい場所があるんだけどいいかな?」

「ん? それは別に構わんが、どこに行くのだ?」

「彼女に報告しようと思って――

 一刀の声は、人々の喧騒にかき消された。

 その蒼天の空に靡く悠久の風が言の葉を運ぶ。

『オメデトウ、カズト。カノジョサンニ、チョットヤケチャウケド――シアワセニナッテネ――』

 外史はまだ終わらない――



 終劇










 おまけ

 一刀と秋蘭を祝う盛大な宴が啄県で開かれた後、予定を遅らせていた華琳は洛陽に向かう帰路にあった。

 馬上で揺られながら、その表情は――とても妖艶に微笑んでいた。

(一刀と秋蘭がくっついたのは正直、予想外だったけど――ウチの子達の中から一刀と結ばれたのは大きいわ――うふふ、これで秋蘭との閨にかこつけて一刀も一緒に喰べる事ができるわね)

 やっぱり、華琳様は、タダじゃ転ばない。自分のアフター・ケアもばっちりのようだ。

(うふふ、嬌声を上げる秋蘭と一刀を想像するだけで私――)

 なんか、馬上で恍惚な表情を浮かべて指を咥えナニやら「ハァハァ」し始める華琳様。

(それに、一刀をダシに愛紗も同伴させて――ああ、帰ったら真桜にアレの改良を頼まなくちゃいけないわね)

「うふふふふふふふふふふふふふふふふ――

 薄気味悪く嗤う司空様に護衛の兵達はドン引きでしたとさ。




 
 おまけその二

 一刀が秋蘭と護衛として流琉を連れて、今は亡き、かつての想い人の墓参りにいっている最中の、県令宅。

 「くすん。兄ぃさまぁのばか〜」

 月が酒を浴びるように飲みへべれけに酔っていた。

 あの夜の後、妙に一刀は月を避けるようになっていた。

 以前のように妹分としてのスキンシップで構って貰えなくなり、月はかなりフラストレーションが溜まっていたのである。

 それは、一刀が彼女を『妹』としてではなく『女性』として認識が変わり、一刀はそう接しようとしているのだが、あんな衝撃的なディープキスを相方の秋蘭にもしてないのだから、彼が月の存在を恐れるのは無理もないだろう。

 彼女は、まだそれに気が付いていない。

(――月。今はそれで良い) 

 月に付き合う形で酒を飲んでいる華雄は、心の中でそう呟いた。

(重要なのは『あの』ご主人様に『伴侶』が出来たというその『事実』。――あまりにも色事に疎いから正直、貂蝉や馬岱との衆道的な関係を気にしていたのだが)

 結構、無茶な事を考えていた華雄。一刀が聞いたら本気で泣きそうである。

(夏侯淵殿がご主人様が正常であるという事を示してくれたのだ。なに、器量の大きい男であるなら側室や妾など山のようにいよう。――問題は如何に早くご主人様と月の関係を結ばせる事だ)

 華雄は、くすんくすんと泣いてべそをかいている月を見て微笑む。

(――当面の強敵は曹操殿だろう。彼女の行動には細心の注意を払わなければ。いっそのこと――関羽辺りに情報を流して、手を組んで事に当たるのも一興かもしれぬな――恋や何だかんだで音々音もご主人様を慕っているし――詠は、もう少し、素直にならんと――まあ、気付かれん程度に後押しをしてやるかな?)

「太平の世も中々悪くない――」

 と、呟きながら妹分達と一刀の幸せを思い描きながら華雄は酒をあおるのであった――


 おしまい

 H21 1/3 初版
 H21 1/5 アドバイスにより誤字を修正 



 あとがき

 MiTi さん お待たせしました。

 キリ番SSようやく完成しました。

 ご希望に合った『クーデレ』分は私の力量不足でダメダメですが、どうでしょうか?

 少しでもご希望に添えたなら嬉しく思います。

 クルイさん もう一つのキリ番は、もう少々お待ち頂けたら幸いです。

 それでは。

 
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