April, 2012
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新の記事
カテゴリ検索
古い記事
Blog内検索
QRコード

2010年12月13日 @ 09:30PM
師走となり年末のコミケまであと3週間を切りました。


トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/83285
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[0]  | Trackback[0]  
2010年11月02日 @ 05:02AM


真・恋姫†無双〜萌将伝〜応援中!










10月下旬より一気に寒くなりつつある今日のこの頃ですが、皆様にありましては如何、お過ごしでしょうか?
アトリエちゅうとはんぱの管理人の藤林雅です。


トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/82514
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[0]  | Trackback[0]  
2009年01月03日 @ 11:01PM
注: 一応、後半部分 R15 推奨。
   そういった表現に嫌悪感を抱く方は、回れ右でお願いします。
   後は、お読みになる場合は、自己責任でお願いします。


 後漢王朝を興した光武帝(こうぶてい)劉秀(りゅうしゅう)の治世から凡そ一六〇年余――

 腐敗した王朝により、力なき民は権力者に思うがままに蹂躙され、国の官位でさえ金銭で取引されるまさに暗黒の時代を迎えていた。

 皇帝の権威が機能しなくなり、世は戦乱の時代を迎える。

 その最中――幽州に下り立った一人の青年が現れた。

 青年は、民衆から天の御遣いと呼ばれ、仲間達と出逢い時に、共に助け合い、野心溢れる強敵に立ち向かい、そして、ついに漢王朝の復興を成し遂げたのであった。

 だが――

 確かに、戦乱の爪跡は残るものの、天下泰平になったこの世の中で、天の御遣いこと一刀は、世の中の事とは別にひとり悩んでいた。

 このお話はそんなところから始まる――


 
 一刀×秋蘭 SS 〜R15 推奨といっても一刀と秋蘭じゃないよ? 〜



「う〜ん」

 後漢王朝皇帝第十四代献帝こと所謂、劉協の治世下にあって、皇帝より『太傅(たいふ)』の地位を与えられた天の御遣いこと北郷一刀は、洛陽の宮殿にある自分に形式上あてがわれた執務室の机で、適当に渡された木簡を幾つか拡げながら腕を組み唸っていた。

 視線は、木簡の上にとりあえずは向けられていたが、頭の中は別のことを考えていた。

 その悩みとは、現在の自分の立場である。

 一介の学生に過ぎなかった自分が、何の因果かこの世界に迷い込んだ。この事については不幸としか言いようがない。だが、それ以上にかけがえのない仲間達に恵まれたおかげをもって、今は、現代世界のような快適さや利便さはどうしようもないが、自分に不釣合いとしか言いようのない位を王朝から下賜され不自由のない生活がおくれている事は、幸運といって差支えがない。

 だが、それ故に一刀は悩むのであった。

 主には『天の御遣い』という肩書きと仲間達の今後の関係。特に、本当の妹のように可愛がっている劉協ことキョウは『天子の位』にある。

 要は、一刀は怖れているのだ。

 自分という存在が、いずれ将来においてみんなに迷惑を掛けることになるのではないかと。

 具体的には、一刀の地位を利用して権力闘争を行う者がいたとしてもおかしくない。

 この天下の騒乱を治めた稀代の英雄であり、劉協ことキョウの義兄的立場という危ない位置に一刀はいるのである。

 幸いにしてキョウが漢王朝の数少ない生き残りということと、女帝という事もあり、外戚や宦官による争いは今のところ起こってはいないが、いずれ、何かしらの水面下での闘争が始まるのは火を見るより明らかである。

「……」

 一刀は、自分がどう処するべきか悩んでいた。

 そして彼は、ある事を心に秘めて、ついに決意するのであった――



 宮殿の廊下をふらふらと何とも頼りのない足取りで一刀は、目的地へと向かっていた。

 時折、文官や女官と出会い恭しく頭を下げられるが、一刀はただ苦笑いを浮かべ、軽く挨拶をしその場から離れる。

 そして、程なくして劉協の執務室の前へ辿り着いた。

 ここまでの道のりにおいて、親しい仲間に遭遇しなかった事に一刀は、安堵しながら扉を軽く叩く。

「――何様か?」

 部屋の中から可愛らしい声音が響き、一刀は人知れず微笑みを浮かべる。

「陛下。一刀にございます」

 そう、一刀が述べた瞬間。

 部屋の中からドタン! バタン! と慌ただしい音が鳴り響いた。それと共に「へ、へいか!」と、気弱な声も届く。

 そして、扉が勢いよく開け放たれる。

 一刀の目の前に現れたのは、まるで向日葵のような明るい笑顔を浮かべて出迎えてくれたキョウであった。 

「義兄上!」

「御機嫌麗しく何よりでございます」

 一刀は両膝を付き、両手を目の前で組んで深々とキョウに対して頭を下げ臣下の礼を取る。

 そんな彼の態度に劉協は、愛らしい顔立ちをムッとさせる。

 どうやら一刀が他人行儀なのがお気に召さないようだ。

 一刀は、そんな彼女の態度に困った表情を浮かべる。

「――北郷太傅。よく参られた入られよ」

 劉協は、不承不承といった感じで一刀を部屋に招き入れるのであった。

 

「――さて、此度は何様でお越しくださいましたのでしょうか?」

 部屋の中に案内され、劉協の勧められるまま、毛織物が敷かれた床に座る一刀。

 一刀は、視線を劉協に向け、何も答えず――視線を傍に控えていた書記官に移した。

「む。すまぬが、朕は太傅と大事な話をするので、お主は下がっておれ」

「は、はぁ」

 劉協は、初老の男性を下がらせて部屋から退出させたのである。

 そして、書記官が下がったのを確認して互いに安堵の溜め息を吐いた。

 二人とも飛び抜けた地位にいるものだから、下手に気が抜けなかったのである。

「すまないなキョウ」

「いえ、妾も短慮でした。義兄上がわざわざ訪ねてきてくださった事に驚きと喜びのあまり、周囲への配慮を怠ってしまいました」

 一刀の謝罪にそう返しながら、劉協は簾の付いた冠を机の上に置き、おもむろに立ち上がる。

「義兄上は、どちら産のお茶がよろしいですか?」

 執務机の後ろの棚に赴き、劉協は当たり前のように茶葉を選びだす。

「ん〜キョウが淹れてくれるなら何でもおいしいからどれでもいいよ」

「またそのように不精をされて……」

 と、言いながらも劉協の頬は嬉しさで緩んでいた。

 一刀は劉協の背中を見つめながら、彼女と出逢った頃の事を思い出していた。

 あの時は、本当に幼い少女であったが、今は背も伸び、女性らしい丸みをおびた体つきに成長している妹分に一刀は、ほっとする。

 確かに彼女は成長している。

 あの頃から利発であったが、太平の世になり、歴代の皇帝とは異なり自ら政務に励む彼女を一刀は誇りに思っていた。

 彼女の治世に共感し、信頼できる臣下も周りにたくさんいる。

(だからきっと、大丈夫――)

 目の前で茶を丁寧に淹れてくれる彼女を見つめながら一刀はそう考えて、話を切り出すことにした。

「キョウ。俺がここに来たのは他でもない。ちょっと、頼みたいことがあって来たんだ」

 茶を淹れる手を止め、劉協は一刀に顔を向ける。
 
 義兄の表情から、彼が真剣な話を持ち出していると感じた彼女は佇まいを直し、一刀に向き合って腰を下ろした。

「他ならぬ義兄上の頼み事です。妾の力の及ぶものなら如何様にも聞き入れますよ?」

「ん、ありがとう。早速、その内容なんだが……俺を太傅から解任してくれ」

「は?」

 一刀の言葉に劉協は目が点になる。

 だが、一刀は真剣な表情のまま劉協の反応を見ていた。

「――理由は聞かせていただけるのでしょうか?」

 思いもよらない一刀の願いに劉協は、気が動転しながらも必死に心を落ち着けながら、震える声音でそう問うた。

「俺がこのまま宮中に居ては何れ、無用な争いが起こる」

 一刀の言葉に劉協は、頬をピクリと動かした。

 義兄の言わんとするべき事が、何となくではあるが理解したからだ。

 こんな時、同年代の者達より少しばかり知恵の回る自分が嫌になると劉協は心で思う。

「これからの漢は、皆で創っていくべきだと思う。俺のような存在は、もう必要ないだろう」

 一刀の言葉に劉協は俯く。

 彼が、自分や皆に迷惑をかけたくないという想いを無碍には出来ない。

「あーだからなキョウ――無職になった情けないこの兄に、仕事を与えて欲しい」

 その言葉に劉協は驚き顔を上げる。

 一刀が、恥ずかしそうな表情で頬を掻く姿に彼女は、表情を綻ばせた。

 要は、事の経緯は兎も角として、一刀が自分を頼ってくれているのだと感じることが出来たからである。

「――わかりました。先程も言いましたが、他ならぬ義兄上のお願いです。妾、個人の感情は置いておくとして――官職のご要望はありますか?」

 劉協の言葉に一刀は、ほっとした表情を浮かべた。

「それじゃあ――」

 そして、一刀は劉協に自分の要望を伝えるのであった。



 次の日に行われた朝議。

 宮廷の謁見の間に女性陣を中心とした驚きの声で彩られた嵐が起こった。

 一刀の太傅辞職。それに伴う異動。

 啄県の県令として赴任することが発表されたのである。

 一刀は皆を静めようと説明を行おうとするのだが、言葉を紡ぐ前に愛紗や鈴々を先頭にした女性達からフルボッコを喰らいその場に於いて説得は不能となってしまう。

 典医に運ばれ、その日は誰もが煮え切れない想いのまま時を過ごすのであった。

 後日、宮廷に勤めていたある文官がその日のことをこう語る――「あの日の宮廷内はまるで、十常侍と外戚がけん制しあっているように空気が澱んでいた」と。
 
 恐るべきは、一刀の影響力なのか、はたまた女性陣の強さなのかは定かではない。

 そして、そのまた次の日から劉協は頭を悩ますことになる。

 王朝の重職にある者達が次々と印璽を返し、辞職の意を彼女に伝えたのである。

 特に、かつて北郷軍に所属していた股肱の臣達の辞職願は凄まじかった。

 愛紗や鈴々は、義兄である一刀が辞めるのなら自分達もここにいる意味はなく、彼と共に啄県へと赴く言い出し、朱里は、県令になる彼の補佐官を務めたいと述べ、星は、在野の身分に戻ると言いながらも一刀に付いて行く気満々である。紫苑は、一刀を父親と慕っている璃々の為にも母として、そして女としても一刀について行くと決意を語り、翠は、西涼に赴いていたが、ここにいれば間違いなく彼女達と同じ行動をとっていたに違いない。

 さり気に、三公の一つである司空の任にあった華琳も辞意を表明しようとしていたが、春蘭や桂花に邪魔をされ、それが叶う事はなかった。本人は「冗談よ」と言ってはいるが、彼女に仕える者達にはたまったものではない。

 さらには、数日後にこの件が届くであろう、江東の地にて王侯の一人として王朝に仕えている碧眼の姫が一刀の辞任を知ったら――






 彼は冗談抜きに、蓮華に剣で刺されるかもしれない――

 小蓮あたりはそんな事を気にせず、城を抜け出し、王虎に跨って一刀に逢いに行くのであろうが。

 

 ここで始めて事態を重く見た朴念仁の一刀が皆を様々な形で説得して、何とかそれに成功させる。

 そして、一刀が本当に啄県の県令として洛陽の都から離れることが決定した時――

 今度は、璃々がぐずりだしたのである。

 父親的存在である一刀が自分の許から離れる事が理解できず、泣き出したのだ。

 泣いた子供には勝てないとはよく言ったもので、一刀は困り果てながらも璃々を必死に宥めた。

 抱っこしてあやしたり、夜は一緒に添い寝をして、お風呂もせがまれるままに一緒に入り、璃々のご機嫌をとったのである。

 それに便乗して、鈴々、季衣などのチビッ子達がどさくさにまぎれて甘えてきたのは誤算であり、何か悪ノリして「ここにいるぞー!」とか叫んで、一刀に吶喊する微少女もいたが。

 そんな幼女達にまみれる一刀を我慢して見ていた愛紗であったが、調子に乗った鈴々と蒲公英の悪戯というか、親愛の気持ちを込めた『ほっぺにチュー』に堪忍袋の緒が切れ――超獣アイシャゴン覚醒。しかも、いきなり禁じ手の最終形態。

 結果、宮廷内は破壊と混沌に満ち溢れるのであった。

 この時、後に語られる『第三次アイシャゴンの乱』を止めたのは――技の一号、力の二号、知の三号からなる華蝶仮面ズとフランケンシュタイン並の耐久力が売り華雄と火事と喧嘩は洛陽の華と語る霞及び、人類最強の純粋戦士恋を前衛にし、詠と音々音の後衛からの補佐によるメイド・リッターの活躍であった。

 余談はこのくらいにして一刀は、一ヶ月に一回は必ず便りをよこす事と、半年に一度は必ず洛陽に帰省する事を璃々と約束し、任地に赴く許しを得たのである。

 こうして天の御遣いこと一刀は、洛陽を後にする。

 お供に身の回りの世話をするという事で随行する事が許された月と、劉協の義兄であるという事で皇族の一員に序せられているという理由から護衛として華雄を引き連れての再出発であった――

 無論、二人は女性陣から『悪いムシが寄り付かないように』という密命を携えていたが、それを知らぬのは、一刀のみである。



 一刀達一行は、道中、これといったトラブルも無く、任地先である啄県の街へと辿り着いた。

 前方に見える城壁を眺めながら、一刀は故郷に帰ってきたような気持ちになり、心が嬉しさで少し、浮ついていた。

 そして、城門で門兵に割符を渡し、入場したその刹那――



「「「「「お帰りなさい、天の御遣い様ー!!!」」」」」

 人々の熱狂的な歓迎を受けたのである。

 住民たちは我先にと一刀達に群がり、囲む。

 街中に紙吹雪が舞い、人々の喜びの歓声がまるで地鳴りのように木霊する。

 一刀は、啄県の民にもみくちゃにされ身動きが出来ない。

 ここにいる住民のほとんどが、かつて一刀が愛紗や鈴々と共に黄巾党を追い払ってくれたことを切っ掛けに、鄴に遷都するまで、共に過ごした者達であり、善政を施し、徳で人々を治め、気さくな天の御遣いに心底惚れている者達である。

 言わばこの啄県に住まう人々は、熱狂的な一刀フリークなのである。

 老若男女問わずもみくちゃにされながら一刀は、人々に神輿のように担がれ運ばれていくのであった。

 

 一刀が啄県に到着した夜から連日、彼の帰還を祝う祭りが催された。

 月は皆の熱狂的な熱に当てられ、なおかつ、街の若い女性達から「天の御遣いとの御子はまだでしょうか?」と問い詰められ、彼女が、「――残念ながら」と答えると、既婚女性陣から一刀を篭絡させるテクニックを伝授され、その内容に首まで真っ赤にさせていた。

 華雄は、住民から杯を受け、一気に飲み干し、酒豪振りを遺憾なく発揮し、周りの者達を驚かせていた。

 そんな中一刀は、街の代表者たちと酒を酌み交わし、親交を深めていくのであった。



 一〇〇日宴とは言わないが、一週間にも及ぶ大宴会を終えた一刀は、県令府に赴き、その隣に設けられた庭付きの住居に華雄と月へ「ここを自由に使っていいから」と告げると、月に「ご主人様はどうなさるのですか?」と聞かれ、仕事場の倉庫に寝所を作る事を話すと、彼女にすごく怒られた。

「しかし、結婚前の女の子達と同棲するのはちょっと――「兄様!」」

 再び、月激昂。

 まあ、可愛らしい彼女が怒った所で怖い事は無いのだが。

「ふむ。我らと寝所を別にするという事は一緒に住んでいると、女を連れ込む事が難しくなるからですかな?」

 華雄のそんな発言に、月の視線が冷たく刺さる。

 可愛い妹分のそんな表情に一刀は、根負けしてしまい無駄な抵抗は続かず、白旗をあげてしまうのであった。

 その後、月が嬉しそうに鼻歌を歌いながら清掃を始めた事は想像に難しくない。

「さて、ご主人様。これからこの地で政務を始める事となるのですが、まず始めに何から手をつけますか?」

 月の後姿を見ながら華雄はそう問うた。

 彼女は、一刀の護衛の任もあるが県令の補佐官としての任務も受けていたのである。

 華雄の考えでは、治安の状況を見る為、警邏を兼ねた視察になるだろうと思っていた。

「んーそうだなぁ。まずは、彼女に挨拶かな?」

「は?」

 一刀の発言に華雄は少し間抜けな声音で問い返した。

「征北将軍――夏侯淵妙才殿にね」

 そう言って一刀は、呆けている華雄に微笑むのであった。



 征北将軍夏侯淵将軍こと秋蘭は、戦乱が終わった後、自ら願い出て国境で災いを起こす異民族との討伐司令官として戦いに明け暮れていた。

 中央での栄達を捨て、彼女はあくまで武官として生きる道を選んだのである。

 現在は地方方面司令官としてその手腕を発揮し、万里の長城を越え、侵攻を仕掛けてくる異民族に睨みを利かせている。

 そして、今も彼女は、最前線に自ら赴きその任務を全うしていたのだ。

 現在は、幽州と并州の境に野営を敷き異民族の侵攻に備えている。

 そこへ、部下から「将軍のご友人が訪ねて参られました」との報告を受け、秋蘭は副官の典韋こと流琉を連れて、来客を迎える天幕へと向かった。

 中で待っていたのは――

「兄様!」

「ん? その声は流琉か?」

 おもいがけない来訪者に流琉は驚きの声を上げた。

「北郷か? いやいや、おもいがけもしない来客もあったものだな」

「元気そうで何よりだ秋蘭」

 二人は微笑みながら握手を軽く交わす。

「あの、兄様は、どうしてこちらに?」

「まあ、それも含めて今日は、挨拶に来たんだ」

「流琉。そのように急いては、北郷も困るだろう。――立ち話も何だ、向こうで食事でもしながら語ろうではないか」

 一刀の腰にひっついた流琉を宥め、秋蘭は苦笑しながらも、一刀を本幕へと案内するのであった。



「――そうか。そのような理由があって中央を後にしたのか」

 夜も更け、蠟燭に灯された灯りを頼りに、一刀と秋蘭は洛陽での出来事を酒の肴にして話す。

「すぅ、すぅー」

 一刀の胡坐をかいた膝を枕にして、流琉はどこかしら嬉しそうな寝顔を浮かべながら寝ていた。

 久々に再会をした兄的存在を鈴々や季衣などに遠慮することなく独占でき、思う存分甘えられてご満悦のようである。

 一刀は、左手で優しく流琉の髪を撫でる。その光景に秋蘭は杯を口に付けながら、普段からポーカーフェイスである事が多い表情に笑みを浮かべていた。

「ああ、あのまま洛陽に居れば居るほど――皆の負担になるのが嫌だったんだ。天の御遣いとしての役目はもう終わりにしなければならない。……元の世界に帰る方法も見つからないし、結局はこうする事しか考え付かなかった」

「……」

 秋蘭は黙って一刀の言葉を聞いていた。

 かつて戦場で敵味方に別れて、幾度も戦ったライバルともいえた目の前の青年の姿が自分に重なる。

「私も同じようなものだ。西涼が故郷である馬超と違って、別段この地に想う所がある訳ではない。武人としての心が太平の世という蜜に合わなかった。だから、華琳様に無理を言って方面司令官の地位を戴いたのだ」

 自分の心内を秋蘭は語る。

「共に中央にはいられない異端児か――」

「ははは、違いない」

 共に苦笑し、酒を互いに煽る。

 要は、二人とも不器用なのである。

 一刀は、仲間に甘える自分の不甲斐無さに、秋蘭は、太平となった世の中で新しい自分を見出せずにいたのだ。

「所で、話は変わるけど――」

「ん?」

 共に沈黙していた空気を浄化するように一刀が話を切り替える。

「いや、大した事じゃないかも知れないけどさ、この本陣の中を見て、兵士達の士気は高いことは分かったんだけど、皆ちょっと疲れたような表情を浮かべていると感じたんだけど。……いつも元気な流琉もこの通りだしさ」

「ああ、情けない話だが、今回の討伐はちょっと骨が折れてな。かれこれ、二ヶ月ここで足止め喰らっている――詳しく話を続けると、敵は、少数部隊で街や邑を襲い、略奪を済ませたらさっさと逃げる戦術で、私達に尻尾を中々掴ませてくれないし、領民の不安は募るばかり。最近は、官軍への批判も出て、都市部に退却して再編成することも適わん」

 目を閉じながら酒を煽る秋蘭の姿を見て、一刀は「ふむ」と呟く。

「正直、何かよい手立てはないものか……」

 相当迷っている彼女の姿を見て、一刀は杯を置き、腕を組み思考を巡らせた。

「いや、すまぬ愚痴になってしまったな。――北郷?」

 思わず弱音を吐いてしまった秋蘭が首を横に振り、顔を上げて一刀に謝罪をしったのだが、当の本人は何かを熟考していた。

「――秋蘭。さらに詳しい情報を教えてくれないか?」

「ん? 参謀役でもしてくれるのか?」

 秋蘭の意地の悪い表情に一刀は、思わず苦笑する。

「まさか、天下の夏侯淵将軍にひよっこの俺が、戦術論でかなう筈は無いって――そんな事より、違う角度から手助けが出来るかもしれない」

「違う角度からとは?」

 秋蘭の言葉に今度は一刀が悪戯を思いついた少年のような笑顔で答えた。

「うん。まずは、筆と硯に墨それと紙を用意出来るかな?」

「別に構わんが――何をする気なのだ?」

「ウチの元軍師が、褒めてくれる数少ない俺の秀でた能力を使おうかなって」

 その言葉に秋蘭は解らないと眉を八の字にして頭を悩ませるのであった――

 

 夜通しで一刀は秋蘭から、現在敵対している異民族の情報を聞き、頭に叩き込んだ上で一枚の書状を作り上げた。

 そして、それを早馬で洛陽に届ける事を秋蘭に告げた。

「よし。じゃあ、返事が返ってくるまで少し厄介になるよ」

「それは、構わんが――うちの隊は、タダ飯喰らいは養えないぞ?」

「――まあ、その辺はお手柔らかに。ああ、そうだ。華雄さんに兵の調練を手伝ってもらおうか」

「ふむ。頼めるか?」

「了解。さて――書記官殿の手伝いでもしますか?」

「いやいや、是非、兵の閲兵をしてくれ。天の御遣いの激励は、何よりも助かる」

「そうかなぁ」

 一刀の自覚の無い言葉に秋蘭は思わず笑みがこぼれた。

(――成程。あの華琳様がお心を許すわけだ)

 一刀が暫くの間、駐留する事を知った流琉は、二人の許に駆けつけてくるなり、嬉しそうに一刀の腕を取ってはしゃぎだす。

 そんな光景を見ながら、秋蘭は心が安らかになるのを感じていた――



 それから十日ほど経った頃に洛陽からの返事が早馬で届く。

 一刀は二枚の書状を受け取り、一方を開いて黙読を始め、やがてその顔に苦笑を浮かべる。

 どうした? と言わんばかりの表情を隣で浮かべる秋蘭に一刀はその書状を手渡した。

 そして、彼女も同様に苦笑を浮かべるのであった。

 書状は、劉協による直筆の物で、まず、『義兄上は、啄県での県令の仕事をサボりあろう事か、漢の民の為に精勤をしておられる夏侯淵殿の邪魔をされているとは何たることか――』と、皇帝陛下のお叱りから始まっているのだから、無理はない。他にも愛紗がピリピリして宮中の者達が皆怖がっているとか、鈴々が将軍の仕事をさぼって、一日中、城壁の上から空と大地を眺めていることや、華琳が一段と無理難題を部下に押し付けているとか、璃々が寂しがっているなどが書かれていた。

 そして、肝心の一刀の頼み事について『了承』したと書かれ、さらには、『献帝』の名において全権を委任するとの言葉が綴られていたのである。

「む。これが、北郷の言う策なのか?」

 一刀は伝令の兵士から、刺繍が施された巾着を受け取る。

「まあ、そんなところ。で、ここから肝心なんだけど、次の戦いで、相手の兵を出来るだけ生け捕りにする事は出来るかな?」

「ふむ。まあ、予測地点に落とし穴を用意すれば、それぐらいは可能だ」

「よし。それじゃあ、お願い出来るかな? 後、彼らと通訳出来る人も呼んでくれたら助かるんだけど」

「ああ、それも任せてくれ」

 一刀の願いを聞き入れ、秋蘭は部下に指示を出すのであった。




 二日後、国境を越え異民族の部隊が集落を急襲しているとの報が斥侯よりもたらされた。

 秋蘭は、兵士達を率い国境付近の邑を襲撃している敵を捕捉する事に成功した。

 弓で牽制し、敵兵の注意を惹き付ける事に成功した秋蘭部隊は、そのまま整然と撤退行動を開始する。

 撤退する官軍を見て、敵兵は釣られて追撃を開始した。

 そして、事前に用意された――落とし穴に嵌り、瓦解する敵軍。この戦いにより、多数の異民族兵を生け捕ることに成功したのである。

「さすが、秋蘭」

 縄で捕縛された異民族が本陣に連行されるのを見て一刀は、秋蘭を称えた。

「まあ、このくらいはな――さて、ここからは北郷。お前の仕事だろう? 私はゆっくりとお手並みを拝見させて頂くよ」

「ああ、任せてくれ」

 彼女の期待を裏切らないように一刀は気合を入れて、自分の戦場へと向かうのであった。

 一刀が、異民族相手に使った手腕は、一言で言えば、宥和政策である。

 そもそも今回の度重なる領土侵犯の原因は、異民族の住む土地で起こった冷害の被害にあったのだ。

 一刀はそれを聞き、食料と必要な物資の輸送を本国に頼んだ。

 これに驚いた異民族の者達に一刀は、国境の街や邑を襲わないようにお願いし、困った事があればまず相談して欲しいと提案をした。

 中には、彼の言葉に騙されるなと声を上げて反論する者もいた。

「もっともな意見だと思う」

 と、述べて、信用の証として捕虜の三分の二を武装解除し、国許に帰らせる事を告げた。

 そして、代表者に書状を渡して本当に彼等を解放したのであった。

「――本当にこんな事で戦が終結するのか?」

 秋蘭は、一刀の行動に理解が出来ず、頭を悩ませていた。

「大丈夫。言葉は違えど、相手は同じ人間。こちらの誠意は必ず通じるさ」

「しかし、相手は、あまりの事に警戒するのではないのか?」

「だから、捕虜を三分の一残したんだ。全て無償で返したら秋蘭の言う通りの展開になるだろうからね」

「ふむ。まあ、武官が外交問題に口を挟むのは余りよくないか」

「――そんな事は無いさ」

 一刀の思いもよらない言葉に秋蘭は驚く。

「秋蘭が常識的な事を助言してくれるから助かるよ。大まかな部分は兎も角、要領が悪い俺は、朱里や桂花のように細かい指針までは中々、出来ないからね」

「――そうか」

 秋蘭は、一刀の言葉を聞きながら、自分の主が彼に惹かれたのも、一騎当千の将や稀代の智将が、彼に靡く訳だと感心していた。

 より確かな信頼と芽生えた好意を含んだ想いに気が付くことも無く――



 数日後。異民族の王から使者が一刀と秋蘭を訪ねて来た。

 そして、彼らは一刀の宥和政策に同意を示してくれたのである。

 一刀はそれを聞き、すぐさま食料と物資を彼らに渡す作業を秋蘭の部下にお願いをする。

 そして、運び手に残りの捕虜である者達を解放し、それを手伝わせたのである。

 後は、使者と共に天幕に篭り、細部を埋め合う。

 今回は、漢王朝に有利に運んだ事から、ある程度の干渉を異民族側は覚悟していた。

 だが、一刀が提示してきたのは、友好関係の構築と軍事的な部分においての相互不干渉であった。

 そして、その手形として洛陽からの巾着を渡したのである。

 中には一つの印璽が納められていた。

 漢文で『漢は貴方を王侯として認める』という意味の印璽だったのである。

 これには使者も耐え切れず、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。

 そして一刀と献帝に敬意を称し、異民族の使者は意気揚々と引き上げていった。

 一刀の手腕を見ていた秋蘭は、目の前で起きたことを信じられないような思いで見ていた。

 あれだけ、自分達が苦戦していた異民族を兵の一人も使わず、場を収めてしまったからだ。

「いや、正直驚いた。さすが、関羽などの豪傑をたらし込むだけある見事な人たらしだな」

「……褒め言葉かそれ?」

「いいや」

 意地の悪い秋蘭の言葉ではあったが、彼女は一刀の才覚の一端を垣間見たような想いにとらわれる。

「――なあ、秋蘭」

「うん?」

 一刀の問い掛けに半ば、反応で答える秋蘭。

「秋蘭は、戦いが無いこの太平の世の中においても、武官としてしか、生きられないような事を言っていたけどさ――戦場で戦う事だけが戦いじゃないと俺は思うんだ」

「……」

「きっと、君なら俺より凄い事を成し得る事が出来るさ――少しは元気でたかな?」

 一刀は、秋蘭に自分の外交官としての才覚を見せて、答えは一つじゃないと彼女に示したのだ。

「――そうかもしれんな」

 秋蘭の言葉に一刀は「よかった」と呟き、優しい笑顔を彼女に向けるのであった。

「――っ」

 それは、覇王と呼ばれた曹操の許で氷将と謳われた彼女の氷で出来た心を天の御遣いが溶かしてしまった瞬間であった。
 
 無自覚な本人はただ嬉しそうにニコニコと笑っている――目の前に居る彼女の心情を理解していないのはお約束である。



 国境での戦いを久方ぶりに終える事が出来た秋蘭の部隊は、一刀が県令となっている啄県の郊外に野営を敷き、駐屯する事となった。

 幽州の方面軍司令部に帰還せず、ここに駐屯したのは理由がある。

 確かに一刀と秋蘭の手により、戦いは沈静化したものの、侵略された住民達の怒りや不満は募っている。昨日までの仇敵と仲良くしようという王朝の方針に異を唱える者が現れていたのだ。

 無論、一刀はそれを知った上で交渉を成功させたのだが、彼自身が行おうとした民の心の慰撫を華琳が買ってでたのである。
 
 よって、一刀達はてんやわんやしながら国の重鎮を迎え入れる態勢を急遽、啄県に設けていた。

 その数日後、司空である曹操が啄県へと到着する。彼女は、準備を終えてのほほんとして『自分はこれ以上関係ありません』的なオーラを放ち、それなりにせっせっと県令の仕事に励んでいた一刀を無理矢理拉致し、自分の横に侍らせ幽州と并州の国境付近の住民達への慰撫と視察を行うのであった。

 だが、その最中に事件が起きた。

 ある邑を訪れていた華琳に暗殺者の魔の手が忍び寄ってきたのだ。

 不意を突かれた華琳は、咄嗟に動く事が出来ず、衛兵達の間から放たれた弩の矢が彼女の首へと向かう。

 それを防いだのは他ならぬ一刀であった。

 華琳の我侭により近くに居た彼が身を挺して彼女を護り、その左腕に矢を受けたのである。

「一刀!」

 華琳の叫びに反応した秋蘭が、二人の許に駆け寄り、弓に矢をつがえ、そのまま暗殺者に向けて放った。

「ぎゃっ!」 という悲鳴が聞こえ、暗殺者の手から弩が落ちた。

 凛々しくも美しい秋蘭の弓技に一刀は見惚れてしまっていた。――まるで女神のようだと。

 そして、高鳴る鼓動。

「あれ?」

 一刀は咄嗟に怪我をしてない右手を自分の心臓に手を当てて思考を巡らせる。

 動悸の激しいことに気が捕われて所為で、自分の頬がりんごのように真っ赤に染まっていることも気が付かず。

 そして、最後の仕上は――

「よくも兄様を傷つけましたね!」

 流琉の怒りの一撃が、無常にも暗殺者に襲い掛かり、――彼女の一撃で彼は戦闘不能に陥るのであった。

 この後、怪我をした一刀は華琳と流琉に、しこたま絞られた。

 華琳を護ったのにひどい仕打ちだと勘違いをしている一刀は、やはり朴念仁なのだろう。



 ※その 1-2 へ続きます orz
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/63598
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[0]  | Trackback[0]  
2009年01月03日 @ 11:00PM
1-1からの続き 


 華琳の仕事も何とか終え、再び一刀達は啄県へと戻る。

 無理矢理拉致られた一刀は、怪我した左手を庇いながらも溜まった仕事を半泣きでこなす。急ぐ、案件はそう無いのだが、夜までにある程度終わらせないと何故か、接待役を命じられている華琳に怒られるからである。

 さらに月もすこぶる機嫌が悪い。

 県令として赴任している筈の一刀が、家に帰ってきたのは両手の指で足りる程である上に、それ以上に怪我をして帰ってきたというのが極め付けで彼女を怒らせていたのである。

 そんな彼女の乙女心にも気が付かず、必死に一刀は怒っている様に見える月の前で土下座しながら何とか宥めるのであった。

 

「ふふふ。それは災難だったわね」

「いや、その原因の一端は、華琳にもあると思うんだが……」

 月の機嫌を取り戻す為に奔走した一刀の話を聞きながら、華琳が楽しそうに微笑む姿を見て、一刀は本当に大変であったという意味を込めた溜息を吐いた。

 そんな中で、流琉お手製の料理に舌鼓を打ちながら、華琳と一刀と秋蘭は話に花を咲かせていたのだ。

「あら、そうね。なら――今夜、閨で可愛がってあげるわよ一刀?」

「なっ!」

 華琳の言葉に一刀はうろたえ始める。

 ガシャン! 

 卓の上から、皿が落ちて音を立てて割れてしまった。

「申し訳ありません」

 秋蘭が少しばつ悪そうに、割れた皿を片付け始めた。

「――秋蘭、そのまま拾っちゃ危ないって」

 一刀がそのまま素手で皿を拾う彼女を慌てて止める。

 そして、触れ合う互いの手と手。

「「――!」」

 一刀と秋蘭は、互いに驚きながら離れる。

(なるほどねぇ?)

 二人の様子を見ていた華琳は、何かを悟ったようにニヤリと微笑むのであった。



 夜の宴も終わり夜も更けた頃、秋蘭は火照った身体を冷ます為に宮城の展望台に出ていた。 

「私は、一体どうしたのであろうか?」

 秋蘭は、夜空に浮かぶ星を眺めながらそう呟く。

「――少しいいかしら、秋蘭?」

「華琳様?」

 思わぬ人物の登場に秋蘭が驚きの声を上げた。

「何か悩み事でもあるのかしら?」

「――別に何でもありません」

「ふふふ。そんな嘘を吐いてもダメよ。付き合いは長いもの。私には、何となくだけど秋蘭が悩んでいるのが、分かるのよ」

「……」

 華琳の言葉に秋蘭は、何も言えなくなり目を閉じ、黙ってしまう。

「一刀の事でしょう?」

 この言葉に秋蘭の整った眉がピクリと動いた。

「まあ気づいたのはさっきの食事の時なのだけど、秋蘭、貴女は何を恐れてるのかしら?」

 華琳は、少しキツイ視線を秋蘭に向け、彼女の発言を促した。

「――私は、太平の世になった今でも華琳様の臣と自分では思っています」

「そう」

「忠節も、愛も貴女に捧げたつもりでいました。ですが――」

「今は、北郷一刀という男の存在が、それに迷いが生じている」

 華琳の言葉に秋蘭は、ただ、コクリと頷いた。その表情は、強ばり余裕が見られなくなっている。

 そんな彼女の姿を見て、華琳は微笑んだ。

「ねぇ、秋蘭。貴女のその感情は、必ずしも上下をつけなければならないものなのかしら?」

「は?」

「だからね、私を想ってくれている気持ちと今、一刀をにくからず想っている気持ちに順序をつける必要は無いと言っているのよ」

 華琳の言葉に秋蘭は、虚を突かれたように驚きの表情を浮かべた。

 そんな彼女の表情に華琳は微笑む。

「これはあくまで私の推測だけどね――貴女が私に抱いている感情は、親愛や友愛それに敬愛かしらね? そして、一刀に今、感じているのは、男女の間に存在する恋慕。一言で言えば『恋』なんでしょうね」

「恋!?」

 秋蘭は、華琳の発言におもわず身を乗り出して驚いた。

「ええ。貴女は立派に一刀に恋した少女よ。まあ、私から見た感じ、どうやら初恋のようだし、戸惑うのも無理は無いでしょうね」

「ご冗談を。私が恋などと――「あら、そんなにおかしい事かしら?」……」

 自分の発言を遮られて、秋蘭は黙ってしまう。

 それは、華琳の言葉が正しいと頭で理解し始めているからだ。

 だが、今まで培ってきたものが、変化する事に秋蘭は恐れているのだ――まるで幼子のように。

 華琳は、そんな彼女に近づく。そして、身長差がある為、少し強引に頭を下げさせて自分の胸に秋蘭を抱いた。まるで母や姉のように慈愛を込めて。

「大丈夫よ。貴女と私の関係は今までどおりなのだから。それにただ、北郷一刀という存在が加わるだけよ。私が彼を気に入っている事は、貴女も承知でしょう? だったら、何も気兼ねする必要はないわ」

「――華琳様」

「本当に貴女も、春蘭も手のかかる子ね?」

 口ではそう言うものの、秋蘭の見上げた華琳の表情はとても優しいものであった。

「まあ、秋蘭の思うようにしなさいな」

「――はい」

 秋蘭は目を閉じながらそう答え、自分の想いに迷いは不要であると諭してくれた華琳に感謝する。

「ああ、後、あの朴念仁に告白するなら早いほうがいいわよ? あれは、ライバルも多い事ながら他人から向けられる想いに鈍感だから――戦争も恋も速さが勝負かもね? それなら貴女の得意分野でしょ?」

 華琳らしい励ましに秋蘭は苦笑するしかなかったのであった。



 そんなやりとりがあった翌日。

 県令府の建物の中で一刀は政務を行っていた。

 仕事をしているにはしているのだが、どこかしらボケッとしているように見受けられた。

 時折、筆を置いては窓から見える風景に向かい溜息を吐く。

 お茶を汲みにきた月などは、一刀の変わり様に、心配しっぱなしであった。

 華雄は自己鍛錬を終え、その帰り道、そんな二人の様子を見て「ふむ」と、どうしたものかと頷いていた。

「ちょっと、お邪魔するよ」

「失礼します」

 そんな折、県令府に秋蘭と流琉が訪ねて来た。

 一刀は、ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がる。

「ご主人様?」

「あっ、うん、月?――ごめん、仕事に集中してなかった」

 一刀は、まるで月が傍に居たことに気づいてなかったような反応を見せた。

「――どうやらお客様のようですね」

「そ、そうだね」

 一刀の様子を見て、何かを感じ取った月は、少し声のトーンを落として喋る。

「じゃあ、月悪いけど、お客様のお茶を用意してくれるかな?」

「……はい」

 そわそわしている一刀を見ながら、月は、何故か心の中にモヤモヤを感じていた。

 月は、その感情が――嫉妬であることは知っていたが、認めたくなく、その気持ちに固く蓋をし、エプロンドレスの裾を両手でつまみ、恭しく頭を下げて、一刀の言葉に従うのであった。

 月が部屋を退出して少しの間をおいた後、部屋に華雄が秋蘭と流琉を引き連れてやって来た。

「――やあ、北郷。仕事中にすまないね」

「兄様。お邪魔します」

 そして、一刀と秋蘭の視線が交差した。

 その瞬間、一刀はドキンと胸の高鳴りを感じ、胸を押さえる。

 けれど、それは気分を害するものではなく――とても、気持ちの良い感情であった。

 一方の秋蘭も一刀の姿を見ると顔が火照ったように熱くなり、思わず右手を自分の頬に当て、俯いて一刀から視線を外してしまう。

 そんな秋蘭の態度を見た、一刀は「あ……」と声を上げ、とても残念な表情を浮かべた。

「――? 兄様、どうかなされましたか?」

 流琉の問い掛けを含めた言葉に一刀は、ハッとなり、首を横にブルブルと振った。

「何でもないよ流琉。よく、来てくれたね。秋蘭も」

 一刀の呼びかけに秋蘭は顔を上げ、静かに頷いた。無論、頬は紅潮しているままである。

 おかしな反応を見せる一刀と秋蘭の様子を見ていた華雄は、始めは疑問符を頭の中に浮かべていたが――ついには気付き、目を見開いて驚きの表情を浮かべた。が、すぐに思い直し、心を落ち着かせて普段の表情に戻した。

(――なるほど。そういう事か)


 月がお茶の準備を終えて戻ってきたのを合図に一刀は、秋蘭と流琉に椅子を勧め、二人が座ったのを確認すると自分も執務机に座りなおした。

 華雄は一刀の後ろに控え、月は、作法に則り、茶を皆に振舞う。

 秋蘭達の用件というのは、華琳の視察が終わり、自分達もそれに合わせて幽州の方面軍司令部に戻るという挨拶であった。

 だが、それで話は終わらず、取り留めの無い話を一刀と秋蘭は続ける。

 二人ともぎこちないながら会話を交わすのを見て、流琉も月も二人の感情に気が付いてしまった。

 一刀と秋蘭は、共に男と女として惹かれあっていると――

 月は、その感情が自分に向けられていない事に羨望と嫉妬を感じ、流琉もちょっぴりアンニュイな気持ちに捕われた。しかし、後者は自分が慕う、兄的存在と姉的存在の二人が結ばれる事に嬉しさも感じていた事も確かであり、月とは違いそこまで深刻な問題にはならなかった。

 そして、それぞれの想いが混濁する時間もやがて終わりを告げ、別れの時がやってきた。

 これ以上邪魔しては、一刀の政務に負担が掛かると感じた秋蘭は流琉を促して、県令府を後にするのであった。

 一刀は、それを少し名残惜しそうにしていたが、自分の勝手な想いで相手に迷惑を掛けたくないという感情からそれを押し込める。

 秋蘭も秋蘭で、別れ際に何かを告げようとしていたが、結局は、別れの挨拶を交わし県令府を後にするのであった――



 夜の帳がおりて、夜空には幾重にも拡がる星空が浮かぶ。

 一刀はその空の下、屋敷の中庭からそれを見上げていた。

 頭に浮かぶのは秋蘭の顔。

 弓を凛々しい表情で構える姿。ポーカフェイスの中にも色々な顔を見せてくれる姿。恥ずかしそうに微笑む表情。白く艶やかな肌。短めに切り揃えられ時折、美しく風に靡く青い髪。自分を見つめてくれる瞳。全てが――恋しく感じていた。

 流石の朴念仁も自分の感情には疎くなく、はっきりと一刀は、自分が秋蘭に恋焦がれていると自覚した。

 そこへ、月夜の光に照らされて一刀の前に現れる一人の少女。

「――ごしゅ……兄様」

「――月?」

 こんな夜更けに現れた月に一刀は驚く。

 そして、彼女が『ご主人様』ではなく『兄様』と一刀を呼ぶときは、これから家族として話すという二人の中では暗黙のサインである。

 だが、月明かりでよく見えないが、どこかしら思いつめた表情をしている月に一刀は、上に羽織っていた学生服(似非)を月にかけてやる。

 彼女はそれを受け入れながらも、キュッと力強く渡された上着を掴んだ。そして、真剣な表情で一刀を見据える。

「兄様、正直に答えてください」

「ん?」

「兄様は――夏侯淵さんに懸想されていますよね?」

 月のストレートな言葉に一刀は胸を貫かれるような衝撃を受けた。

「ゆ、ゆえ、一体、何を――「ごまかさないでください!」――っ」

 彼女らしくない剣幕で機先を制された一刀は黙ってしまう。

「そうなんですね?」

 月の問い掛けに一刀は、少し躊躇したものの彼女に向かってコクリと頷いた。

「――どうしてわかったのかな?」

 一刀の言葉に月は、微笑む。

「昨日、お家に帰ってらしてから、兄様、ずっと上の空でしたから。――本当の意味で気付いたのは夏侯淵さんと流琉ちゃんが来訪された事で確信しました」

「そっか」

 一刀は、月の言葉で、醜態をさらしていたことにいまさら気付いて恥ずかしくなる。

「――それに、私はずっと、ずっと兄様を見ていましたから。わかるんです」

「えっ!?」

 一刀は月に視線を戻すと、彼女は微笑みながらも瞳に涙を溜めていた。

「――月?」

 月の態度に一刀は己の認識の甘さを呪う。

 彼女は――妹としての愛情ではなく、ひとりの女として自分を求めていたのだと、彼女の涙で気付いてしまったから。

 一刀は、自分が秋蘭に恋焦がれた感情によって、月が今抱いている感情の正体を知ってしまった。

 本当は、本当は、今すぐにでも自分の不明を月に詫びて、彼女を抱きしめてあげたい。

 けれど、それは『男』としてではなく、『兄』としての感情から湧き出たものである。

 だからこそ、月を抱き寄せることが出来ない。それをしてしまったら余計に彼女を傷つけてしまうから。

 月は、堪えなくなりポロポロと涙を零しはじめた。

 それをエプロンドレスの袖で拭う。

「兄様には責任があります」

 月の嗚咽を含んだ言葉に一刀は背を正し、黙って彼女の話を聞く。

「愛紗さんや、鈴々ちゃん、詠ちゃんもキョウちゃんも――みんな、みんな兄様の事を慕っています。兄様が、夏侯淵さんの事を本当に愛おしくおもうなら――さっさと告白しちゃって、くっついてください。そうしたら、私もみんなも諦めがつきますから」

「――けど、俺にそんな資格は「そんなの関係ありません! この期に及んで資格ってなんですか? 兄様が天の御遣いで、いつかは天に帰ってしまうかもしれないからですか? 兄様の想いはそんな程度で壊れるやわなものなんですか!?」――ゆ、ゆえ?」

 今までに無い激しい感情を、自分の思いの丈をありったけ月は一刀にぶつける。

「明日には夏侯淵さんは帰っちゃうんですよ?」

「……」

 それでも動かない一刀に月は『カチン』とトサカにきた。

 そのまま、立ち尽くす一刀に近づく。

 そして、背の差を埋めるべく、一刀の首の後ろに両手を回し、ぐいっと力強く一刀の顔を引き寄せ――




 カチンと歯と歯がぶつかった――


 月からの一刀へのキス。


 そして、熱にうなされた様に、今まで募った想いを全てさらけ出す様に一刀の口の中を自分の唇と舌で犯す月。

 官能的に、脳髄がとろけてしまいそうな、思わず意識を手放してしまいそうな情熱的なキス。


 一刀は、思わず月を突き放してしまう。

 それでも二人が、先程まで確かに交わっていた証として、甘露な糸が、月の唇から漏れているのを一刀は見てしまった。

「自分の想いのままに――兄様が後悔しないように……」

 俯きながらも自分促す月の姿を見せられては、流石の一刀も決心を固める。

「――月。ごめん」

 それだけを告げて、一刀は走って屋敷を抜け出して行くのであった。

「――月」

 俯いている月の後から華雄が姿を現した。

「華雄さん……私、兄様にふられちゃった」

「そうか」

 月は耐えられなくなり、華雄に抱きつく。

「う〜〜〜〜〜」

「我慢しなくていい。ここには私しかいないから」

 華雄の言葉で、月の感情の糸が切れた。

 火を切った如く赤子のように咽び泣き始める月。

 華雄はただ、優しく月を抱きしめてポンポンと背中を叩いて彼女をあやすのであった――



 秋蘭は、撤収作業が完了した啄県の城壁の外にある天幕から出て、夜空を見上げていた。

 華琳に後押しされたものの、一刀を前にして勇気が出ず、結局何も言えないまま終わってしまった事に情けなさを感じていた。

 目を瞑り、やりきれない溜息を「はぁ」と吐く秋蘭。

 だが、目を閉じた事で他の感覚が研ぎ澄まされた結果、彼女の耳に足音が届いた。

「何奴!」

 秋蘭は音のする後方に視線を向け振り返る。

 そして、護身用の短剣を抜き構える。

「ちょっ、ちょっと待って、秋蘭! 一刀だ!」

 その言葉に秋蘭は驚く。

 そして、闇夜から現れたのは言葉の通り一刀であった。

「どうしたのだ。こんな夜更けにしかも――そんなぼろぼろのなりで」

 秋蘭が指摘するように一刀は、上着は黒シャツ姿で、所々、顔や腕などに擦り傷が見受けられた。

「いや〜まぁ、なんだ、その――夜だから城門が閉まっているからさ、城壁の立哨している兵士の目を盗んで城壁を越えたのはいいんだけど、降りる際に、ちょっと足を滑らせてこのザマさ」

「何をしているんだお前は。兎に角ちょっとこい。傷の手当をせねばならんだろう」

「秋蘭、ちょっと待って!」

 踵を返した秋蘭の手首を一刀は掴む。

「ど、どうしたのだ突然」

「――聞いて欲しいことがあるんだ」

「こんな夜分にか?」
 
 一刀の真剣な表情から恥ずかしさで視線をそらす秋蘭。

「ああ。今じゃないと、ダメだと思うから」

 秋蘭は、一刀と向き合い、掴まれた腕をそっと離す。

「それじゃあ用件を聞こうか」

 一刀は深呼吸をし、動悸する心を落ち着かせて、再び秋蘭に視線合わした。

「お、俺は――君の事が、しゅ、秋蘭の事が好きなんだ! だ、だから、もし、秋蘭さえよかった俺と結婚を前提につきあってくれないだろうか?」

 恥ずかしさを誤魔化す様に、一気にまくし立てる一刀。星あたりが聞いたら「前半は兎も角、後半がいただけませんな」と言われかねない告白である。まあ、一刀にそう告白されたら彼女もYESと答えるのは想像に難しくないが。

「――なっなっ……」

 余談は兎も角、肝心の告白された秋蘭は、秋蘭で突然のことで頭が真っ白になってしまう。

 彼女を知る者達、特に華琳や姉である春蘭から見ても今の彼女の姿は超レアであるだろう。

 何故なら、恋する乙女の多感な表情になっているのだから――

 そして、秋蘭は一刀と同じく動悸する心を落ち着かせるためキュッと目を閉じる。

 思いもよらなかったが、一刀が告白をしてくれた。

(――ああ、後、あの朴念仁に告白するなら早いほうがいいわよ? あれは、ライバルも多い事ながら他人から向けられる想いに鈍感だから――戦争も恋も速さが勝負かもね? それなら貴女の得意分野でしょ?) 

 心に浮かぶのは華琳の言葉。

 ならば、答えは既に己の中にある。

「――ほ、北郷。実はな、私もお前の事が――好きだ」

 そして、二人の男女は歩み寄り――抱き合う。

「嬉しい。本当に嬉しいよ――」

「私も夢を見ているようだ――」

「夢なんかじゃないさ」

「それじゃあ、今感じているものが本当 だという証が欲しい」

 一刀と秋蘭は熱の篭った瞳で見つめ合い――





 誓いの口付けを交わした。




 その刹那――



 まるで地震がおこったような大音響が辺りを包んだ。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」

 とか、

「きゃぁああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜」

 しまいには、

「ご両人おめでとうございます!」

 啄県の郊外に人、人、人の津波の嵐である。

 中には、秋蘭の部下達も混じり、「将軍おめでとうございます!」とかいう声も届いてきた。

 一刀が見上げた城壁の上にも兵のみならず、人で埋め尽くされている。

 遂にその集団は、いつの間にか明け始めている夜明けの朝日を背景にできたてほやほやのカップルに向かって万歳三唱を始めた。

 その喧騒を止めたのは――華琳であった。

 彼女は、二人の前に進み出て、片手をかざす。

 その合図で喧騒が波打つように止まった。

 さすがは覇王の放つオーラである。
 
「おめでとう秋蘭。それに一刀」

 意地の悪い笑顔で華琳は二人に祝福の言葉を述べた。

「――まさか、この騒ぎは華琳の仕業か!?」

 一刀は、自分の意識を取り戻すなり華琳に噛み付く。

「あら、私だけじゃないわよ? 流琉も一口噛んでいるもの」

「か、華琳さま〜」

 共犯である事を簡単にばらされて流琉がバツ悪そうな表情で三人の前に出てくる。

「流琉……」

 秋蘭は、流琉が関わっていた事に心底驚いていた。

「まあ、そんな細かい事どうでもいいじゃない。それよりも、天の御遣いに伴侶が出来た事の方が重要よ――天の御遣いを射止めたのは、魏国一の弓女神。良い語呂じゃない」

 二人は、その言葉に抱き合ったまま頬を朱に染めた。

 華琳は満足そうに微笑むと空に向かい右手を挙げる。

「漢の司空である曹孟徳がここに宣言する。北郷一刀と夏侯淵妙才の仲人として二人の前途に多くの幸があらん事を願う。ひいてそれは、この大陸全体の人々の幸福にならん事を!」

 華琳の透き通った大音声が響いた後、再び、爆発的な歓声が巻き起こるのであった。


「華琳様にも困ったものだ――」

「けど、ちょっと恥ずかしいけどみんなに祝福されて俺は嬉しいよ」

「ほんごう――「一刀」――えっ!?」

 吃驚している秋蘭に一刀は微笑んで、抱き寄せている彼女の耳元に囁く。

「これからは一緒なんだから。名前で呼んで欲しい――だから、一刀」

 秋蘭はその言葉に頷いた。

「ああ、そうだな。一刀――これからもよろしく頼む」

 そう言って、秋蘭は自分の頭を一刀の肩に預ける。

「うん。こちらこそ――あっ、秋蘭。帰る前にちょっと二人で行きたい場所があるんだけどいいかな?」

「ん? それは別に構わんが、どこに行くのだ?」

「彼女に報告しようと思って――

 一刀の声は、人々の喧騒にかき消された。

 その蒼天の空に靡く悠久の風が言の葉を運ぶ。

『オメデトウ、カズト。カノジョサンニ、チョットヤケチャウケド――シアワセニナッテネ――』

 外史はまだ終わらない――



 終劇










 おまけ

 一刀と秋蘭を祝う盛大な宴が啄県で開かれた後、予定を遅らせていた華琳は洛陽に向かう帰路にあった。

 馬上で揺られながら、その表情は――とても妖艶に微笑んでいた。

(一刀と秋蘭がくっついたのは正直、予想外だったけど――ウチの子達の中から一刀と結ばれたのは大きいわ――うふふ、これで秋蘭との閨にかこつけて一刀も一緒に喰べる事ができるわね)

 やっぱり、華琳様は、タダじゃ転ばない。自分のアフター・ケアもばっちりのようだ。

(うふふ、嬌声を上げる秋蘭と一刀を想像するだけで私――)

 なんか、馬上で恍惚な表情を浮かべて指を咥えナニやら「ハァハァ」し始める華琳様。

(それに、一刀をダシに愛紗も同伴させて――ああ、帰ったら真桜にアレの改良を頼まなくちゃいけないわね)

「うふふふふふふふふふふふふふふふふ――

 薄気味悪く嗤う司空様に護衛の兵達はドン引きでしたとさ。




 
 おまけその二

 一刀が秋蘭と護衛として流琉を連れて、今は亡き、かつての想い人の墓参りにいっている最中の、県令宅。

 「くすん。兄ぃさまぁのばか〜」

 月が酒を浴びるように飲みへべれけに酔っていた。

 あの夜の後、妙に一刀は月を避けるようになっていた。

 以前のように妹分としてのスキンシップで構って貰えなくなり、月はかなりフラストレーションが溜まっていたのである。

 それは、一刀が彼女を『妹』としてではなく『女性』として認識が変わり、一刀はそう接しようとしているのだが、あんな衝撃的なディープキスを相方の秋蘭にもしてないのだから、彼が月の存在を恐れるのは無理もないだろう。

 彼女は、まだそれに気が付いていない。

(――月。今はそれで良い) 

 月に付き合う形で酒を飲んでいる華雄は、心の中でそう呟いた。

(重要なのは『あの』ご主人様に『伴侶』が出来たというその『事実』。――あまりにも色事に疎いから正直、貂蝉や馬岱との衆道的な関係を気にしていたのだが)

 結構、無茶な事を考えていた華雄。一刀が聞いたら本気で泣きそうである。

(夏侯淵殿がご主人様が正常であるという事を示してくれたのだ。なに、器量の大きい男であるなら側室や妾など山のようにいよう。――問題は如何に早くご主人様と月の関係を結ばせる事だ)

 華雄は、くすんくすんと泣いてべそをかいている月を見て微笑む。

(――当面の強敵は曹操殿だろう。彼女の行動には細心の注意を払わなければ。いっそのこと――関羽辺りに情報を流して、手を組んで事に当たるのも一興かもしれぬな――恋や何だかんだで音々音もご主人様を慕っているし――詠は、もう少し、素直にならんと――まあ、気付かれん程度に後押しをしてやるかな?)

「太平の世も中々悪くない――」

 と、呟きながら妹分達と一刀の幸せを思い描きながら華雄は酒をあおるのであった――


 おしまい

 H21 1/3 初版
 H21 1/5 アドバイスにより誤字を修正 



 あとがき

 MiTi さん お待たせしました。

 キリ番SSようやく完成しました。

 ご希望に合った『クーデレ』分は私の力量不足でダメダメですが、どうでしょうか?

 少しでもご希望に添えたなら嬉しく思います。

 クルイさん もう一つのキリ番は、もう少々お待ち頂けたら幸いです。

 それでは。

 
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/63599
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[0]  | Trackback[0]  
2008年09月23日 @ 07:08AM
恋姫†無双 二次創作SS その40


 「申し上げます! 我が軍は金城(キンジョウ)、南安(ナンアン)、隴西(ロウセイ)の各郡を制圧致しました。又、羌軍の支援により西平(セイヘイ)郡も降伏したとのことです! ――現在は、“馬岱嬢”が天水(テンスイ)を攻略中であります!」

 伝令兵は拳と掌を組んで膝まづき、やや興奮気味に己の主君に報告した。

 彼の目の前で玉座に座る恰幅の良い初老の男性は真ん中が禿げ上がった頭を撫で、年期の重ねた顔の皺を歪ませる。

「むぅ。いくら、北燕の侵攻に対して負けが続き士気が下がっているとは言え――おかしい」

「はっ?」

「――いや、何でもない。年をとると、独り言が多くなるでな。ご苦労、下がって良いぞ」

 初老の男性は、伝令兵を労い謁見の間から退出させた。

「ふぅむ……どうしたもんかのぅ? 曹操のお嬢ちゃんの考えがいまいちつかめん」

 男は鼻下と口の間に蓄えた白の混じった髭を右手でいじりながらそう呟く。

「こんな後方に控えていては、中原の情勢なんぞわからん。――どれ、儂も蒲公英(たんぽぽ)の後詰めとして出陣するかのぅ」

 そう言って男は「どっこらしょ」と、声を上げて立ち上がった。

 この男こそ、涼州の雄こと馬騰の盟友にて義兄弟の契りを結んでいた韓遂(かんすい)字は文約(ぶんやく)。

 北燕に呼応して、涼州にて曹操に反乱を起こした人物である。
 
 彼は、人生経験の長さから、この反乱が上手く行きすぎている事を懸念に思っていたのであった。

「やれやれ、この年になっても反乱軍の盟主とは、ちと、骨が折れるのぅ」

 その言葉とは裏腹に韓遂は、少年のように嬉しさに満ちた表情を浮かべ、謁見の間をゆっくりとした足取りで出て行くのであった――



 雍州(ヨウシュウ)京兆(ケイチョウ)郡長安。 【※雍州は司隷の一部】

 曹操軍は、燕国の侵攻に対し、洛陽からこの長安へ首都機能を一時的に移し焦土作戦を持って、相対していた。

 宮城内に設置された仮丞相府には曹操が旗揚げ時から育て上げた歴戦の猛者達が集結し、謁見の間は抑えきれない熱気に包まれている。

 そこへ、一人の伝令兵が曹操の玉座の下へ駆け込んできた。

「報告いたします! 青州での住民反乱の煽動は成功。北燕の本拠地である鄴から、公孫賛将軍、華雄が鎮圧に向かったそうです。これに呼応して、并州刺史代行梁習(りょうしゅう)様と張郃(ちょうこう)将軍が、我が軍に投降した張燕(ちょうえん)殿と共に晋陽から壺関(コカン)に向けて出撃されたのことです」

 その報告に一同から「おお……」という言葉と共に喜びと共にざわめきが起こる。

「……そう。梁習は、きちんと任務をこなしているようね――桂花、公達。貴方達の梁習の推挙見事な判断だわ」

 曹操は玉座にて足を組み、肘掛けに肘をついて頬杖をついた状態で報告を聞き、美しく整った顔に喜びの色を浮かべた。

「はい!」

「恐縮にございます」

 曹操の言葉に荀?は頬を紅潮させながら嬉しそうに、彼女の年上の甥である荀攸は、謙遜した態度で深々と頭を下げて答えた。

「さて、みんな。待たせたわね」

 玉座から立ち上がった曹操は、眼下に見渡す限り埋め尽くされた自分の部下に不敵な笑みを浮かべて見せた。

 そんな曹操の様子に、ざわめきは影を潜め、皆、主君の声を静かに待つ。

「まずは、北燕の侵攻を良い事に、各地で賊が暴れているわ。まあ、本人達はしてやったりと勘違いしているだろうけど……わざわざ、潰されにのこのこ出てくるんだもの――これを機に不穏分子を一掃するわ」

 曹操の宣言に「おお!」と掛け声が上がった。

「――子廉」

「はっ!」
 
 曹洪を呼び、曹操は自分の前に膝まづかせる。

「貴方に兵を一万二〇〇〇程、授けるわ。――司隷の各地に蔓延る賊共を駆逐しなさい。地方軍の州郡、屯田兵と協力して北燕軍と合流させないように徹底的に各個撃破するのよ」 

「承知致しました!」

 曹操の命を受け、深々と頭を下げる曹洪。

「監軍には満寵」

「はっ! 慎んでお受け致します」

 監軍に見識豊かで古参武将の満寵を指名する曹操。

「――後、子廉の補佐として文烈。しっかりとね」

「えっ!?」

 まさか、自分が指名されるとは思っていなかったのか曹休が、間の抜けた返事をする。

「『えっ!?』 じゃないわよ。――私は貴方を別働隊の参軍として指名しているの。返事は!?」

「はっ、はい! 無論、お受け致します」

 少し、ぶすっとした表情を浮かべた曹操を見て、慌てて曹休は、進み出て頭を下げる。

「文烈。しっかりと勤めて“あの子”に貢献なさいな」

「――お気遣いありがとうございます」

 曹休の言葉に曹操は満足そうに微笑んだ。

「それじゃあ、ここから本題の北燕迎撃部隊についてね」

「仲達。皆に作戦の説明を」

「御意」

 曹操の命を受け、司馬懿こと左慈が、諸将に作戦の概要を説明を始めた。

 彼が言葉を続けていく度に、その場にいる諸将からどよめきの声が上がる。

 そして、すべての説明が終わると同時に司馬懿が後ろへと下がった。

 それを見計らって、曹操は、本作戦の任に当たる将を自分の口から指名していく。

「各部隊の指揮はそれぞれ、春蘭、仲達、子孝、于禁の四名よ」

「はいっ! 華琳様!」

「承知」

「ははっ!」

「……御意」

夏侯惇、司馬懿、曹仁、于禁がそれぞれ前に進み出て、膝まづいて返事をする。

「――華琳様!」

 だが、それを不服に感じた夏侯淵が、曹操に声を掛ける。

「――秋蘭。貴女は、後曲と念のため涼州反乱軍の見張りよ」

「っー! ――しかし「控えなさい」……はっ」

 なおも反論しようとした夏侯淵を曹操は凍えるような瞳と声で制する。

「貴女は普段、とても冷静だけど北燕――いいえ、北郷個人に対して執着しすぎる部分が垣間見えるわ。先の洛陽での失態からそれは明らかよ。――今回の作戦に一片たりとも失敗は許されないの。わるいけど戦場にて北郷を討ち取る事は諦めなさい」

 曹操に自分の胸中を看破されてはさしもの夏侯淵も反論できなかった。

 ただ、曹操に対して頭を垂れて――悔しそうに手を握り、唇を噛み締めて己の感情を封じ込めるのが精一杯であった。

 (あの、秋蘭をここまで感情的にさせるなんて、北郷も中々やるじゃない――けど、秋蘭には悪いけど、北燕はここで滅びて貰うわ。その為に、領内の民達を一時的にとはいえ苦しめたのだから)

 そして曹操は、小柄な身体ながら、精一杯手を上げて宣言した。

「――さあ、ここからは私達、曹魏の反撃よ! 思う存分、功を立てなさい!」

 長安の仮丞相府の中から、まるで戦勝の宴を祝うが如く、諸将の咆哮が地鳴りのように響き渡るのであった――



天上人演義 〜北郷 一刀 外史伝〜

第四十章 曹魏の反撃 〜翼をもぎ取られた燕(つばめ)〜

 曹操が長安にて迎撃体勢を整えた時から、時間は少し遡る。

 燕国首都鄴の軍事府では、喧騒が立ちこめ、沢山の文官や武官があっちにこっちにと奔走していた。

 すべては、突如、支配下の領内で起きた反乱への情報収集と緊急対策への対応の為であった。

 そんな中、大将軍として軍を預かる伯珪とそれを補佐する華雄、それに遠征軍に送る補給の為に一時、帰還した紫苑の三人は、顔を付き合わせて、机の上に拡げた地図に視線を向け、対応策を協議していたのである。

「む〜どうしたもんだか?」

「この時機でまさか反乱が起こるとは、盲点だったな」

「――私の部隊を再編成して反乱鎮圧に向かいましょうか?」

 伯珪は腕を組み「うーん」と唸る。

「いや、紫苑殿はご主人様が率いる遠征軍本隊への補給の任がある。ここで貴女が動くのは影響が多い」

 華雄はそう分析し、紫苑に待ったをかける意見を述べた。

「……そうね。けれど、この状況下で鄴を空にする訳にはいかないでしょうし――「ちょっといいかしら」――詠ちゃん?」

 三人が対応について頭を悩ましている所へ、メイド姿の詠がやってきた。 

「どうしたのだ詠?」

 華雄の言葉に詠は、少しムッとした表情を浮かべた。

「『どうしたのだ詠?』――じゃないわよ全く。ボクは、月と陛下にお願いされたから貴方達を手伝いに来たのよ!」

 腰に手を当てながら、伯珪達の間に割って入る詠。

「状況は、そこにいる文官にあらかた聞いたわ。で、一応、対応策を練ってきたんだけど――聞く?」

 詠の言葉に三人は顔を合わせて頷く。

 智謀に優れた詠ならば、自分達より良い策を考えてくれるだろうと意見が一致したのである。

 ようは、餅は餅屋に聞けと言った所か。

「じゃあ、まずは、反乱軍への対応についてだけど、これは、伯珪将軍と華雄の二人で対応してもらうわ」

 詠の言葉に伯珪と華雄が頷く。

「紫苑の部隊は事が終わった後、補給の任に戻ってもらうから、この鄴にて待機して并州の動きに注意を払って」

「ええ、わかったわ詠ちゃん」

 紫苑の返事に詠は、よし。と頷き、地図のある一点を指した。

「北海太守の孔融は、名の通った名士ではあるけど戦争に向かない文化人。彼には北海から動かないように厳命を出して。で、ここから重要なんだけど、この北海に反乱で焙れた人達を避難場所として誘導して頂戴」

「? 青州内に留まらせるより冀州や徐州へ避難した方が安全じゃないのか?」

 伯珪の意見に詠は首を振った。

「悪いけど、私達にこの反乱を長期化させる余裕は無いの。多少の犠牲が出たとしても、それには眼をつぶって」

 詠の朱里と対局位置にあるリアリストとしての性格が、そう言葉を紡がせる。

「本来なら、分散している反乱軍を各個に撃破するのが理想なんだけれど、今回の場合、時間が掛かりすぎるのよ」

 人差し指を顔の横で、立てながら詠は三人に説明を始めた。

「ようやく名士や豪族から協力が得られてきたというのに、あまり時間を掛けると燕の実力に懸念を持たれ始めてしまうから、それを防ぐ為にも出来る限り迅速に事を運ばなければならないから短期決戦で挑むのよ。――そう言うわけで早速、作戦の概要なんだけど、まず鄴から出陣した討伐軍は平原まで軍を進軍させて待機。ここから、斥候と間者を放ち敵軍の情報を収集すると同時に、上手く流言を流すの。その内容は――」

 作戦内容に皆、眼を丸くして驚きの表情を浮かべる。詠はその反応に満足そうに、ちょっと意地の悪そうな表情を浮かべるのであった。

「うむ。これなら、反乱を起こした者達に一泡ふかせる事が可能だな」

「よし、そうなれば早速、出陣の準備だ」

 華雄と伯珪は、互いに頷き合い準備の為、その場を後にした。

「……」

 詠は、そんな二人を見送った後、「ふぅ」と何故だがやりきれない溜め息を吐いた。

「? どうかしたの詠ちゃん?」

 この場に残った紫苑が、詠の態度に気が付き、声を掛けた。

「大丈夫。ただ――くやしいかなって」

 詠の言葉に紫苑は黙って聞く。

「ボクや朱里の目を欺いて反乱を起こすなんて、この張姫とかいう人物油断ならないというより――これは間違いなく裏で魏が、曹操が動いているわね。“青州兵”の存在と成り立ちを考えれば、この手は読めたはずなのに」

 曹魏で屈強と呼ばれる精鋭、青州兵は、黄巾党の乱後、曹操が朝廷の勅命に従い乱の残党狩りを行った時に降伏させた兵達であった。彼等は、信仰を曹操に容認させる事を条件に曹操の陣営に降った者達である。兵士達の直系の家族は、そのままついていったが、他の者達は青州に残ったままであった。

 青州は、董卓討伐戦後、袁紹の手によって併合され、治められていたが、彼女は宗教関係について容認せず、かといって弾圧もせず放置していた。

 その後、河北の覇権を賭けた戦争により、北郷軍によって青州は再び統治者を変える事になった。

 そして、朱里は、青州で信仰されている宗教が黄巾党の乱の原因になった“太平道”の流れを組むものと気が付き、一刀にどうするべきか指示を仰いだのである。

 一刀は、それを容認したのである。

 この一刀らしい甘さを朱里は、少し心配していたが、同時に彼の寛容さにも感服していた。

 後に合流した詠は、月と共に仲良くなった朱里と共にお茶を楽しんでいるときに、この話題が上がって知り得る事が出来ていたのである。

 その時の感想は、「甘すぎる」と一喝し、朱里と月を「はわわっ!」「へぅ!」と驚かせた事があった。

 だが、詠は元董卓軍の参謀であり、そういった立場から北郷軍の政(まつりごと)には介入せず、静観していたのである。

 それが、今回裏目に出た形になった。

 詠が懸念に思っていたのは、宗教が国家にとって切っても切れないもので、扱いによっては国の基盤そのものを揺るがす存在になるという事である。

 そして、この戦乱時にただ“容認”するというのは、表向きには良い事である事に間違いはないが、裏を返せば非常に危ないとも言えた。
 
 だが、他人を信用してしまう優しい性格を持つ、一刀と朱里にそれを気付というのは酷な話でもある。

 そういった部分を補う事が自分の役目ではないのか?

 一刀の降った者達に対しての寛大さは、彼ならではの魅力だと詠は思う。

 おかげで自分もこうして生を長らえているのだから。

 けれど、国を統べる王となった彼は統治者として時には、清濁を呑まなければならない立場にある。

 ――優しさだけでは国は統治できない。

 それが、北郷一刀の王として最大の欠点であった。

 本来ならば、この件に関しては容認、若しくは弾圧するのではなく、抑制するのが正しいと詠は分析している。

 締め上げれば、民から信頼を失う。けれど、放置すれば、宗教というのは時に、立場をわきまえずに“増長”してしまう。

 戦乱で疲弊した民達の拠り所である宗教は、心に安寧をもたらす精神安定剤の役目を担っている。

 そして、互いに同じものを信仰する事で他人とのつながりが出来、言わば、共通のコミュニティが確立される。この横への繋がりこそが宗教の強みでもあり、脅威でもあると言えるだろう。

 しかも今回、その対象となった張角が興した太平道は、漢王朝に対して叛旗を翻した前科がある。

 しかし、詠の最大の懸念はそこではない。

 最大の懸念は、一刀が幽州黄巾党を殲滅させた人物という一点にある。

 青州に住んでいる黄巾党の乱に参加した遺族達は、一刀を憎んでいる。

 戦乱の最中、しかも一刀にも護るべきものがあったとは言え、個人的なレベルで彼を許す事など、一市民に出来ようか?

 それは、否である。

 そう、人なのだから。――知と心というものから生み出される“感情”を持つ人だからこそ、黄巾党の生き残りである遺族にとって、一刀は許されない。

 それに今回の反乱の首謀者が火を点けたのだ。――いや、正確には、黄巾党を自分の軍団に吸収した曹操の策であろうか。そう考えると詠は、やりきれない気持ちになったのであった。

“そう”考える事こそが、北郷ファミリーの一員として染まっている訳なのだが、詠は気付いていない。

「――詠ちゃん」

 落ち込んでいる詠を紫苑がそっと自分の腕で包み込み彼女を優しく抱き寄せた。

「……」

 何も言わずに紫苑の行為を受け入れる詠。

(ああ。ボクは、お人好しで正直で優しい――月を笑顔にしてくれているここの人達を守りたい。だからこそ、みんなを守る為に、降りかかる悪意を取り除く事こそがボクに与えられた役目なんだ!)

 詠は、眼を閉じ、紫苑の慈愛に満ちあふれた、まるで母のような抱擁に身を委ねながら、そう決意するのであった――



 一刀が率いる遠征軍本隊は、洛陽を出陣した後、曹操が後退した長安へ向かいその途中にある函谷関(カンコクカン)を怒濤の勢いで攻め落とし、そのまま高揚した士気を維持しつつ続いて、潼関(ドウカン)を陥落させる事に成功したのである。

 長安までの難所を犠牲少なく、かつ短期間で陥落できた事は、一刀達にとって僥倖と言っても過言ではなかった。

 これには、涼州で起こった反乱が上手く作用し、遠征軍本隊の兵士達に『勝てる』と意識させた事が大きく関係していた。

 おかげで一刀達は、潼関にて大休止を取る事が出来たのであった。



「――しゅじんさま」

 一刀は、まどろみの中で、自分を優しく包み込んでくれる優しい声を聞いたような気がした。

「ご主人様。起きてください」

 その声の主が、斗詩のものだと気が付き、一刀は意識を覚醒させ、閉じた瞳をゆっくりと開け始める。

 だが、次の瞬間、一刀は自分の身体が金縛りにあったように動かない事に気が付く。

「なっ!」

 慌てて、眼を開くと――木の幹に背を預け、木陰で昼寝をしていた一刀に寄り添うように肩に朱里、翠。さらには伸ばした膝の上を枕代わりに、鈴々と猪々子が寝ていたのである。

 四人の少女達に寄り添われ、それぞれの甘い香りに頬を朱に染める一刀。

 そんな彼の様子を斗詩がクスクスと微笑む。

「お休みの所、申し訳ありません。ご主人様」

「あ、うん。で、何かあったの斗詩さん」

 一刀は、浮ついた様子ながらも斗詩に用件を聞いた。

「はい。鄴から書簡が届いています」

 斗詩は、懐から丁重に書簡を取り出し、一刀に差し出す。

 一刀は、寄り添って寝ている少女達を起こさないように、書簡に手を伸ばしたが、「――はわっ!?」

 肩に寄り添っていた朱里の頭がずれ落ち、彼女は、その衝撃で眼を覚ましてしまった。

「? えっと?」

 眼を擦りながら状況をいまいち掴めていない朱里は、そんな声を出しながら、ふと、一刀と斗詩の二人と目が合う。

「はわわっ! 私――「しー」――はゎゎ〜〜」

 驚きの声をあげる朱里に一刀は人差し指を伸ばし、口に当てながら、静かにというジェスチャーを送ったのであった。

 佇まいを直して、一刀に寄り添うように朱里が横から、斗詩は二人の斜め後ろに回り込んで膝を曲げた中腰の状態で、三人は未だに眠る少女達を起こさぬよう書簡に眼を通し始めた。

 書簡の内容は、青州で起こった反乱についての報告と伯珪、華雄、そして詠が青州へ反乱鎮圧に向かうと書かれていた。

「華雄さんと詠が珪姉さんに付いていてくれるなら安心だ」

 一刀の言葉に朱里と斗詩は、視線を合わせて微笑む。

 その言葉は伯珪の素直さ、要は――バカ正直にお人好しである部分を華雄と詠がサポートしてくれるであろうという想いからであるが、一刀も義姉分である彼女と似て相当のお人好しである。故に、参謀役の二人は、それに気が付かない己の主君の態度に思わず微笑みあったのであった。

 だが、青州での反乱の影響で鄴の防備が手薄となる為、補給の任に当たっていた紫苑の部隊が代わりに首都防衛の任に就くので補給が遅れるとの悪い知らせも記載されていた。

「大丈夫です。少し節約すれば食料、武器、物資の全てにおいてまだ、余裕がありますから」
 
 兵糧と兵站の確保において朱里は、希望的な観測は一切しない。故に一刀は、彼女の言葉を信頼し、頷いた。

「この時期に反乱を起こすという事は――裏で曹操が手を引いているのでしょうか?」

「そうですね。その可能性が大だと思います」

「なるほど。確かこういうのを――何だっけ?」

「戦国策の一文にある遠交近攻ですね」

 一刀の疑問に斗詩がそう答えた。   

 遠交近攻とは、言葉の通り遠国と交わりつまりは同盟を結び、隣接する国を攻めるというものである。

「曹操さんは、この反乱を支援する事によって、背後から私達を脅かそうとしているようです。――実際、してやられてしまいました」

「なに、朱里が負い目を感じる事じゃないさ。採択を決したのは全部俺なんだから――眉間に皺なんてよせるもんじゃないぞ?」

 一刀は、朱里の頭を少し乱暴気味にわしゃわしゃと撫でる。

「はわっ! はわわ〜」

 朱里は一刀のスキンシップに驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。

「しかし、こういった状況になりますと、余裕が無くなってきますね」

「う〜ん。斗詩さんの言う事も確かだけど、青州の方への援軍は、時間が掛かる上にそこを曹操につかれないとも限らないしなぁ」

「ここは、愛紗さん達別働隊との合流を待たずに、予定を早めて長安を攻めるというのはどうでしょうか?」

 朱里の提案に一刀と斗詩は視線を彼女に向ける。

「えっとですね。ご主人様の仰るとおり青州反乱にここから援軍を送るのは余り効果がありません。それよりも、私達が長安へ攻め入る方が効果的です」

「なるほど。曹操軍の本陣に攻め入る事で、反乱軍との連携を絶つと共に中原全体の士気を高めるという訳ね?」

 斗詩の言葉に朱里は「はい」と頷く。

「先に放った間者さん達の情報と、涼州での韓遂さんの反乱と私達の進軍に伴って呼応した人達の反乱の影響を考えますと、長安に籠もる曹操軍の兵数は多く見積もって凡そ二万から三万と推測されます。さらに愛紗さん達が率いる別働隊も数日後には到着しますし、そうなりますと私達遠征軍は十万という大軍で長安を包囲する事が可能です――勝機は充分にあります!」

「――朱里の進言に従い予定を繰り上げて、長安へ向かい侵攻しよう。後詰めの愛紗と小蓮達の別働隊に早馬を出してください」

「はい。承知しました」

 一刀の指示に斗詩が頷く。

「長安の都城を攻める際、進軍方向である東側に兵を全て配置する事は不可能です。幽兵を作らない為に、少しずつ両翼を伸ばして北と南に兵を展開しつつ、援軍を待ちましょう。合流後に半包囲陣を敷く事が出来たのなら、こちらに優位な体勢で曹操軍に望めます」

 朱里の戦術に一刀は「よし!」と気合いを入れた。

 が、――

 その際、身体を動かした為、朱里と反対側で一刀の肩から背にかけて寄り添うように寝ていた翠がバランスを崩して一刀の、みぞおちの辺りに頭をズレ落とした。

 それを不快に思ったのか、翠はまどろんだまま「う〜ん」と声を上げて、身体を開くように上方向に寝返りをうったのである。

 そして、三人の視線は、翠の下半身へと移る。

 翠の短い丈のスカートがめくれてそこから見えるのは、彼女の艶めかしい太腿と――白い下着。



 いわゆる――男の浪漫である女の子パンツが顕わになったのである。

   

「えへへ〜ごしゅじんさまぁ〜」 

 そして、トドメに翠の緩みきった幸せな表情から、発せられる寝言。


「「「……」」」

 とりあえず一刀は顔を真っ赤にさせながら視線を外し、膝で寝る鈴々と猪々子を起こさないよう注意を払い翠のスカートの裾を戻してやる。
 
 その光景を現在、潼関の守備隊を指揮している馬岱が見たのなら感極まって喜びで涙を浮かべ、「叔父上! 馬家の再興はすぐです!」と今は亡き、馬騰のいる蒼天へ報告するに違いない。 

(ご主人様はこーゆーのに弱いのかな?)

(うう〜翠さん。悔しいけど負けました〜)

 一刀の表情を真剣な面持ちで見つめる斗詩と朱里。

 もう何だか、うやむやな雰囲気に包まれる。

 そんな中でも、幸せそうに一刀の膝下で、はなちょーちんを出しながら寝ている鈴々と猪々子は大物であるに違いない――



 并州と冀州との国境近郊にある壺関。

 その関には現在、并州方面軍が駐屯していた。――その数、凡そ十万。

 曹魏と北燕が戦争を開始した当初、并州に駐屯していた兵数は一万五〇〇〇程であったが、沙和、李典、楽進の三人が洛陽へ帰参する代わりに派遣された刺史は、并州の民を弾圧し、力で抑え、統治を行っていた。

 だが、并州では黒山賊と呼ばれる盗賊団勢力が存在し彼等と争い、さらには、并州の北より異民族が略奪行為を行い、正に混沌していた状況が続いていた。

 そして、賊徒との戦闘の最中、并州刺史は戦死してしまう事件が起きてしまう。

 これに対して曹操は討伐軍の編成を考えていたが、荀?と荀攸が、それを諫め代案を出したのである。

 その提案に始めは、眼を丸くして驚いていた曹操だが、次第にそれは、好奇に満ちた表情へと変わっていく。

「おもしろそうね。その案を採用するわ――公達。早速、二人をここに呼びなさい」

 こうして呼び出されたのが、現、并州刺史代理の梁習と袁紹軍を見限り、投降してきた張郃であったのだ。


  
「梁坊! みんなに大休止を取るように伝えてきたぜ」

 壺関内の一室に設置された本営に入ってきたのは、大きな体躯に、中年太りの腹をした四十代ぐらいの男であった。

 男の名は張燕と言い、先日までこの并州の山間部を拠点にしていた黒山賊の頭領であった人物で、彼とその部下は梁習の説得に応じ、曹魏に帰順したのである。

 帰順した理由は、青州で起きた反乱。即ち――黄巾党の生き残り達と少しばかり関係があった。

 黄巾党の乱が起こった際、張燕は仲間を率い黄巾党を支援した経緯があり、青州兵を己の軍団に取り込んだ曹操なら自分達を高く買ってくれるであろうと考えたからである。

「おおっと! すまねぇ。どうやら、お楽しみ中だったみだいだな」

 張燕の目の前には、女性の膝の上にいる年端のいかない少年が必死の形相でもがいてた。

 利発そうな顔立ちをしたこの少年の名は梁習。字を子虞(しぐ)という。

 刺史代理に抜擢された際、祝いとして荀攸から貰い受けた青の兜はサイズがブカブカで、斜めに傾いている。劉協と音々音と同世代の少年が浮かべる間の抜けた姿がなんとも愛らしさを感じさせた。

「あっ! 張燕さん。良いところに! ――助けてください!」

 梁習は、張燕の姿を見つけるや否や助けを求めた。

「いやいや。あっしは、お邪魔でしょう?」

 張燕はその表情にスケベそうな表情を浮かべ、二カッっと歯を浮かべながら、梁習に向けて爽やかとは、ほど遠い笑顔を浮かべた。

「お気遣いありがとうございます。張燕殿」

 そう言って張燕に微笑むのは、二十代半ばぐらいの女性であった。

 女性は、背が成人男性程に高く、スラリとした体躯をしており。腰まで伸ばした黒の長髪を一房で簡素に括り、身は、外套の付いた鎧で包んでいたが、身体の曲線の丸みから女性である事を示していた。

 そして、陶磁器のような白い肌に目元の少し細い感じが、鋭さを連想させ一言で言えば、男装の似合う麗人と言えるであろうか。

 梁習を膝の上に抱いてるその女性の名は張郃。字は儁乂(しゅんがい)という。

「へへへ、とんでもねぇ。――じゃ、あっしも休憩を取りますのでこれにて」

 張燕はそのまま退出していってしまう。

「ああ! 張燕さん!」

 梁習が張燕の背に向けて手を伸ばすが、当然の如く届きはしない。

「ふふふ。さあ、しぃちゃん。ママと一緒に遊びましょう?」

「いや、張郃さん、落ち着いてください! まだ、ぼくには、今日の政務処理が残っていますから!」

 張郃から逃れようと必死に抵抗する梁習少年。だが、子供の力では、大人のしかも武将である張郃の手は離れはしない。

「伯済兄ちゃん! 子揚(しよう)姉ちゃん助けてぇ〜!」

 梁習は、曹魏の次世代を担う青年少女達の中で一番年若い末っ子的存在である。

 その中でも特に自分を可愛がってくれている郭淮と晋陽で彼の代わりに留守を預かる劉曄の名を梁習は呼ぶのであった。

「ママとの蜜月に他の女の名を呼ぶなんて……しぃちゃん、なんてイケナイ子なの」

 張郃の瞳には、本気の嫉妬が浮かぶ。

「そんな子はオシオキね……うふふ、すぐにママの事しか考えられないようにしてあげるから――」

「イーヤァァァァァ――……」

 梁習の絹を切り裂くような悲痛な叫びが壺関に響き渡る。

 張郃。彼女は生粋の年下好きであった。

 それを今までひた隠しに生きていたが、梁習という金の卵を見つけ、遂に堕ちてしまったようである。

 一言で言うと、彼女はショタコンであったのだ。

 願わくば曹魏の次世代を担う少年の未来を壊さないで欲しい事を切に願いたい。

「……梁坊。男ってのは、耐えなきゃならない時ってえのがあるもんだ。坊は、他人より少しばかりそれが早かっただけ。それだけのことさ――」

 梁習の叫びを聞きながら張燕は、何やら達観した表情でそう呟いた。

 彼も伊達に、この戦乱の時代を今日まで生き抜いてきた訳ではないようだ――




 青州で起きた反乱を鎮める為、伯珪は、二万の兵と共に出陣し、平原で待機していた。

 詠の進言により、青州各地で起きた反乱から逃げ出した人々は、北海の都城に向かう。

 反乱軍は分散蜂起した同胞と合流しながら北海を攻め立てる為、集結を始めている。

 敵を一ヶ所に集結させる事に成功した北燕軍は進軍を開始し、青州と冀州の州境に位置する祝阿へと軍を進めるのであった。



「大賢良師様! 燕から派遣された軍が平原より移動を開始し、現在、州境の祝阿へ向かい進軍をしているそうです」

 青州で反乱を起こした黄巾復興軍を指揮するのは、大賢良師の名を伯父張角から受け継いだ張姫である。

 彼女は、張角が身に付けていたと同じ衣服を身に付け、美しく整った顔のに朱色で二重線の紋様を目尻から頬にかけて描いている異様な姿を晒していた。

「龔都(きょうと)さん、劉辟(りゅうへき)さん。どうしたらよいでしょうか?」

 張姫は自分の両脇に阿吽の像のように控えている共に、三十代後半から四十代くらいの年の男二人へと声を掛けた」

「まさに吉報ですな。住民達が北海へ逃げ込んだ事が功を奏し、結果、我々が集結出来た後にこのような報が入るとは――これは好機ですぞ」

 黄巾のシンボルである黄色の頭巾を被った一重の鋭い目つきをした龔都と呼ばれた男が声を上げた。

「左様。姫様、我々は全軍を持って、北燕の軍と当たりましょう。我々は総勢で六万もの大軍です。その上、正面からではなく側面から敵と相対する事が出来ますから、容易に敵を屠る事が出来ますぞ」

 続いて反対側に控えている岩のようにごつい顔の顎に黒々とした髭を蓄えた劉辟が、龔都の言葉に同意し、張姫に進言する。

「そうですか――私は戦いについては何も分からぬ故、貴方達が頼りです。どうか、共に立ち上がった同志達をよろしくお願いします」

 張姫は二人に対して深々と頭を下げた。

「姫! どうか頭を上げてください!」

「そうですぞ! 我々は永きに渡り、この日を待っていたのです。――黄巾党の一人として本懐にございます」

 龔都と劉辟は、慌てて張姫を諫めた。

 こうして黄巾復興軍は、北燕軍と対峙する為、祝阿に向けて進軍するのであった。



 張姫を旗印とする黄巾復興軍は、祝阿へと辿り着いた。

「ふむ、北燕軍の姿がどこにも見当たらぬな」

「我々を恐れて軍を退いたのであろうか?」

 前線に出ていた劉辟の言葉に龔都が追随する。

「敵の側面を突こうと迂回した為に時間を喰ってしまったようだな」

「うむ。取りあえず姫にご報告をもう――」

 その時、突如、黄巾復興軍の側面から銅鑼や角笛の音と共に鬨の声が鳴り響く。

 続いて、側面に位置する緩やかな丘の死角を駆け上がり、そして、そのままの勢いで下ってくる部隊が現れた。

 燕の伏兵部隊である。

 詠は、わざと情報を敵の間者に掴ませた上で、進軍経路そのものを明かした。しかし、これは虚報であった。

 そして、さらには斥候部隊を足止めを行い、徹底的な情報封鎖を行ったお陰で、黄巾復興軍へ有利な位置から奇襲攻撃を仕掛ける事に成功したのである。

「いかん! してやられた!」

 龔都が驚愕の声を上げる。

 黄巾復興軍と聞こえはいいが、そのほとんどが民兵である。訓練度も兵装も北燕の正規兵には劣る。要は、数が有利な烏合の衆なのだ。それを稀代の策士である詠が見逃す筈がない。

 側面から奇襲攻撃を受け、瞬く間に統率が乱れる黄巾復興軍。

 それでも何とか体勢を立て直し、数に劣る北燕の兵士達に向かい迎撃を開始した。

「怯むな! そのまま押し返せ!」

 前後に伸びきった隊列の中央部へ赴き、指揮系統を確保した劉辟の大音声と共に黄巾復興軍の兵士達が突撃を開始する。

 彼等の士気は尋常では無いほどに高い。

 彼等の御旗は今は亡き地公将軍の娘である張姫。

 抑圧され虐げられた己達が再び、漢王朝に叛旗を翻し、正義の戦いを行える事に皆、心酔しているのである。

 正にそれは信仰心という名の狂気であった。

 北燕の兵士達が剣で斬りつけ、槍で刺そうともそこに恐怖心は無く、それどころか笑みすら浮かべ、己の身体を盾となしその命の灯火が消えるまで、同胞の進む先の礎となる。

 さすがの北燕軍もたまらずじりじりと後退を始めた。

「くっ! 退けぇ!」

 奇襲部隊を指揮していた華雄が二〇〇〇名程の兵士達にそう告げて、丘の上に向かい退却を始めた。

「敵を逃がすな! 追えぃ!」

「この好機を逃すな!」

 龔都と劉辟は互いにこれを好機と見なし、追撃を仕掛けた。


 そして、敗走する北燕の兵士達を屠らんと、我先に丘の上に黄巾復興軍が殺到する。

 側面の中央部が突き出る形になり、横に伸びていた隊列が次第に前後に伸びるように変わっていく。

「――なんか、やな気分」

 後方で輿に乗せられている張姫がぼそりとそう呟いた。その刹那――

 丘の向こう側から鬨の声と共に銅鑼が激しく打ち鳴らされた。

 黄巾復興軍の周りを取り囲むように左右から北燕の部隊それぞれ八〇〇〇名余の兵士達が一斉に側面から攻撃を仕掛けたのである。



「浮き足だった賊軍を殲滅せよ!」

 白馬に跨った伯珪の凛とした声が戦場に響き渡る。

 大将軍の号令に北燕の兵士達は奮起し、勇猛果敢に攻め立てる。




「ボク達も大将軍に続いて! 弓隊構え――斉射ッ!」

 伯珪の反対側の部隊を指揮するのは、メイド服から以前の董卓軍で軍師をしていた時の服に着替えた詠である。

 北燕の兵士達にとって彼女の指揮下は初めての経験なのだが、彼女自身ブランクを感じさせない見事な指揮に兵士達は頼もしさを感じながら奮戦する。




「よし! 完全に“釣った”な。――恐るべきは、ご主人様の智謀……ふふふ、普段は人畜無害なお顔をされているのにさすが、天の御遣いと言った処か――全軍反転せよ!」

 そして、“偽装”退却していた華雄の部隊が反転し、再び黄巾復興軍に対して攻撃を開始した。

 見事な三面包囲陣の完成である。

 そう、北燕軍が採った戦術は、日本の戦国時代に島津家が考案した“釣り野伏せ”である。

 囮となる部隊は北燕の精鋭で固め、数多の戦いで、“敗戦”を経験し、撤退に関しては誰よりも冷静な戦術を行える華雄が指揮を採ったのである。

 この戦法の提供者は――外史からやってきた北郷一刀その人であった。

 本人は気付いてないが、これにより天の御遣いの名が伊達では無い事を証明して見せたのである。

 見事に釣られた黄巾復興軍は、みるみる内に瓦解していくのであった。




「よし! 突撃だ!」

 大将軍の地位にある伯珪自ら、己の精鋭“白馬義従”を連れ、敵に吶喊をしかける。

「くそぅ! このままやられる訳にはいかん!」

 劉辟は、再び混乱に陥った黄巾復興軍の指揮を取り戻そうと奔走していた。

 そこへ、突撃してきた伯珪の部隊とぶつかり、更に混乱の収拾が出来ない状態になってしまう。

 そして――

「我は、北燕の大将軍こと公孫賛伯珪なり! 私の首が欲しい物は遠慮する事はない――かかってこい!」

 伯珪の大音声が戦場に響き渡る。

「我が名は劉辟! 黄巾復興軍の将なり! 公孫賛殿いざ、尋常に勝負!」

 現れた伯珪を見た劉辟は、相手の指揮官を倒す事で混乱を収拾しようと考えつき、果敢に一騎打ちを挑んだのである。

「やああぁぁぁー!」

 裂帛の気合いと共に馬上から曲刀を手に伯珪に突進する劉辟。

「はっ!」

 対する伯珪も肩ひもを付けた槊(さく)【※】を手に劉辟を迎え撃つ。   【※】馬上で扱う突撃用の槍。長さは四メートルを超える。その為、肩ひも付けて使用する武器。

「覚悟!」

 至近距離に迫った劉辟が曲刀を横に薙いで、伯珪の首を狙う。

「よっと」

 だが、伯珪は足で白馬の胴を少し強めに挟み、左手に握った手綱を引いて、己の身体の中心を動かさず攻撃を避けた。

「馬の扱いをあの世で一から習い直してこい!」

 攻撃により、馬を真っ直ぐに走らせたまま背を向けて隙だらけになった劉辟を追いかけて、そのまま一突きにする。

「ぐはぁっ!」

 馬上から滑り落ち、地面に放り出された劉辟は、そのまま絶命した。

「敵将、劉辟! 公孫伯珪が、討ち取ったー!」

 伯珪の勝ち鬨の声に北燕の兵士達からはちきれんばかりの歓声が上がるのであった。

  
「なにぃー! 劉辟がやられただと!」

 同志の劉辟が討ち取られたという報は、すぐに龔都の許にも届いた。

「くそぅ! 北燕の野郎共よくも劉辟を……許さねぇ!」

「――許すも何も、お前のような輩にその権利はない」

 龔都の耳に冷たく凛とした声が届く。

「誰だ!」

「貴様に名乗る程ではないが、――華雄だ。あの世への土産に持って行くが良い」

「何を訳わかんねぇ事、言ってるんだこのアマ! 死ぬのはお前だ! 野郎共! やってしまえ!」
 
 龔都の命令に従い、周りの取り巻き数名が下品な笑いを浮かべながら、我先へと華雄の許へ殺到する。

「……」

 華雄は眼を瞑りながら、己の目の前に拡がる空間を数度、――斬った。

 そして、彼女を取り囲んだ龔都の部下達は鮮やかな赤花を吹き出して、ドサッドサッっと音を立てながら倒れ出し、地に倒れた者達、全員が既に事切れていた。  

「ひいぃ!」

 目の前であり得ない光景を見せつけられた龔都は、恐怖で腰が抜けてしまい尻餅を着いてしまう。

「――ご主人様と陛下に逆らった罪。その命を持って償え」

 華雄が雌雄一対の刀を横に薙ぎ、龔都の首を刎ねた。

 何が起こった理解出来ぬまま、下半身と永遠に別れ、龔都は絶命した。

 刀に付いた血をヒュンと振って払い、納刀し終えた華雄は、再び部隊の指揮に戻るのであった。



「みんなが、みんなが!」

 張姫は、前方で次々と倒れていく黄巾復興軍の兵士達を見ながら悲痛な叫びを上げる。

「さーちゃん、おじーちゃん! 怖いよぅ!」

 戦いの術を知らない少女は己の身体を抱き、カタカタと恐怖に震える。

「大賢良師様! ご指示を!」

「助けてください〜!」

 仲間達の絶叫に張姫は、イヤイヤと首を振る。

 

 彼女が今、見ている光景はまるであの時の――



 黄巾党の乱は、当初、三十万を超える兵数で漢軍に対して有利に戦っていた。

 だが、首領である張角が病に倒れ、急速に求心力を失い、義で戦っていた者達も次第に暴徒と化し、民達の間で“黄魔”、“黄鬼”と呼ばれ恐れられた。

 この頃、張姫は叔父である『人公将軍』こと張梁の手により広宗の本陣に匿われていた。

 叔父の張梁は、父張宝やその兄である伯父の張角のように人を惹き付けるカリスマ性や術法も全く使えない人物であったが、姪である張姫をとても可愛がっていた。

 張姫自身も、熊のような体躯にお世辞とも美形とは言えない野性的な顔立ちをした叔父をとても気に入り懐いていた。

 だが、黄巾党は既に病死した張角を失い、組織は崩壊寸前であった。

 そして、この広宗にも官軍がついに姿を現した。 

 張梁は、隠し部屋に張姫を連れ込み、彼女を官軍の眼から隠した。

「張姫よく聞きなさい。――黄巾党はもう駄目だ。そしてお前は、俺のような無能者よりも兄者達の血と知識を色濃く継いでいる。この戦乱が終わりを告げても長兄が広めた太平道の教えは人々の心に残る」

 己の懐から張梁は、黄色の布に包まれた一冊の本を張姫に渡す。

「長兄の残した太平要術の書だ。これをお前に」

 震える手で張姫はそれを受け取った。

「叔父様はどうなさるのですか?」

 張姫のすがるような表情に張梁は、ニンマリと笑った。

「願わくは、お前やこれから生まれてくる子供達の為にも、争いのない世の中したかった――幸せになってくれ張姫」

 張梁は、張姫を抱き寄せ別れの抱擁をする。

「騒ぎが収まるまで、絶対ここから出るんじゃないぞ!」

 そう張姫に告げ、張梁は彼女から離れ、隠し部屋の扉を閉じた。

 力なく泣き続ける張姫。

 やがて、隠し部屋の扉の向こうから喧騒が響いてきた。

 何かを争うような声に激しく響く金属音。

 張姫は暗闇の中で、恐怖で身を固めそれをやり過ごした。

 どのくらいの時間が過ぎたか判らない。

 一瞬のようにも、永き年月がたったようにも感じられる暗闇の中で張姫は、黄金色に淡く光る太平要術の書を見ていた。

 本が光を放ってくれていた事で、張姫は恐怖を何とか堪えていたのである。

 そして、喧騒が静まった事を感じた張姫は、閉じられた隠し部屋の扉に手を触れ、開く。

 続く、石の階段を上り、蓋を開けると、本陣があった場所は焼け野原になっていた。

 官軍が本陣を制圧した後、焼き払ったのであろう。

 張姫は、取りあえず身を隠す為に、麓の都城に急いだ。

 だが、そこには官軍が駐留し、兵士達が酒を飲み、戦勝の宴が行われていたのである。

 そこから離れた張姫は、回り込んで都城の入り口へと向かう。

 そこで何やら騒がしい雰囲気に気が付き辺りを見渡すと、都城の入り口には柵が四方に取り付けられ、人々がそこに集まって騒いでいたのである。

 その柵の中央には、大きな丸太が立てられており、その上方に何か――そう人のカタチをしたものが括りつけられていた。

 張姫は眼を見開いて驚く。それは、――すでに病死した伯父の張角であった。官軍は、見せしめに遺体を引きずり出し晒したのである。

 そして、その傍らに置かれた机の上には、――下半身を失った、心優しい叔父の張梁の首があった。



 張姫は絶叫する。

 愛しい家族の無惨な姿を見せつけられ慟哭するのであった――

 その後は、良く覚えていない。

 気が付いたら、南華老仙に拾われていた。

 それが張姫という女性の悲しい過去である。




「いやぁぁー! みんな、みんなが死んじゃう! そんなのヤダよ! さーちゃんも、おじいちゃんも! 父上やおじさま達のようにわたしを置いていっちゃヤダ――!!」

 目の前で起こる光景に、フラッシュバックを起こした張姫が幼子のように暴れ出す。

 それと共に懐から一冊の本を取り出した。

 ――そう、“太平要術の書”である。
 
 それを開いて、張姫は涙を流しながらも、呪詞を紡いでいく。

「みんな! みんな! 消し飛んじゃえ〜〜!!」

 張姫の絶叫と共にそれは、北郷軍にとっての“悪夢”が発動した。

 その前には、戦術や心理作戦の駆け引きはなく――森羅万象の理を曲げ、ただ恐怖が襲いかかるのである。




「えっ!? 何で空に突然雲が?」

 晴れていた空に突如、灰色の雲がかかった事に驚いた詠は空を見上げる。

 彼女はその刹那、信じられない光景を眼にする事になる。

 稀代の策士である賈駆文和こと詠が、この時、最後に瞳に映したのは――





 地震が起こったような轟音と共に、まばゆい雷光が北郷軍に襲いかかる光景であった―― 








 長安へ向かう街道を一刀達、遠征軍は進軍していた。

 ふと、一刀は後ろを振り向き、白霊の足を止め、後方の空を見上げた。

「? ご主人様、どうかなさいましたか?」

 一刀の後ろに乗っている朱里が心配そうな瞳で彼を見上げていた。

「――いや、何でもない」

 心配症の小さな軍師にそう微笑んで一刀は再び、隊列に戻る。



――けれど、何故だか分からないが、一刀は自分の胸に抱いた不安が晴れる事はないとどこかで、感じていた。



 そして、遠征軍が進む先には、曹操が待つ魔都長安が目前に迫っていたのである――




 第四十章 了

 初版 H20 9/23 Blogにて仮UP 




トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/58844
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[8]  | Trackback[0]  
2008年08月03日 @ 04:11PM
恋姫†無双 二次創作SS その 39



 北燕による洛陽の制圧は、中原を中心に四海全体へと瞬く間に拡がった。

 そして、ここにしてようやく日和見をしていた諸侯や名士、豪族達が、一刀に対して帰順を示す動きを見せ始めたのであった。

 さらには――



「曹操討つべし! 帝並びに燕王に続け!」

 魏領内で潜伏していた賊徒などがこぞって曹操に対して叛旗を翻し、郡などを占領。その後、戦争に直接関係のない太守や県令などの役人を縛り上げ、「漢王朝万歳!」と高らかに謳い、斬りつけ惨殺するなどの事件が各所で起こったのであった。

 彼等は、燕か魏のどっちに付くかで迷い、結果、従うと決めた一刀達に良い心証を得んとする為、“手土産”を用意しようとしていたのである。

 これについて曹操は、自分の可愛い部下達が賊に殺されるという“事のみ”に怒りを顕わにしていたが、この件についてもっとも怒りを感じていたのは、他ならない――燕王北郷一刀であった。



「……」

 洛陽で、住民達に迷惑を掛けないと自ら赴き民を慰撫し、兵士達には略奪行為を禁じ破った者は軍規に従い処刑に処すと命令し終えた一刀は、宮中の謁見の間にて帰順を示す者達と謁見を行っていた。

 だが、一刀は玉座に座ったまま、不機嫌そうに佇んでいた為、横に控えていた朱里が代わりにその謁見を取り仕切っていたのである。

 普段の一刀であれば、朱里達の助言に従いながら、彼なりにこういった謁見を進めていくのだが、今回は一言も発言をせず、玉座に座っていた。

 一刀がこのようにして怒っているのは、いくら敵国とは言え無抵抗な太守や県令、役人などに手を掛けた事を手土産に帰順を申し出た者達がいるというところにあった。

 無論、一刀とて、彼等の心情が解らないほど無能ではない。だが、王としてまた人間として経験の浅い彼はどうしても感情的に物事を捕らえてしまう節がある。

(愛紗さんがここに居ればこんな事には……)

 一刀の横で、彼に代わり謁見を仕切っている朱里はそう感じられずにはいなかった。

 ここで何故、愛紗の存在が一刀の機嫌に関係があるのかと言うと、彼女は“義”の人であるからだ。

 今、彼女がこの場にいたのなら自分の保身を図って、このような手順で帰順をしてくる輩は、青龍偃月刀で叩き斬らんばかりの勢いで非難をする事は間違いない。 

 愛紗が率先して相手の非を指摘してくれるおかげで、一刀は比較的冷静な判断が出来るのである。

 名士層の中には一刀と朱里の関係を『王と軍師はまるで水魚の交わり』だと評してくれる人物がいたが、朱里自身は、その評を考えながら、一刀と愛紗の二人の関係を、まるで“つがい”であると感じていた。

 言葉尻を掴めば、魚にとって水は必要な物であるが、水にとって魚は別に必要としない。だが、“つがい”は言わば“夫婦”。二人ではじめて一つの形を成すのである。

 要は、一刀にとって愛紗は、そして愛紗にとっても一刀は互いに“必要不可欠な存在”であるということだ。

 朱里は、いつか一刀が自分を“必要ない”と捨てられる事を何よりも恐れる。

 見た目が幼く、背も小さい朱里は、その身に大きな素質を秘めながらも、引っ込み思案な性格も災いして、士官先は無かった。

 実兄の諸葛瑾は、朱里の才能を認めながらも妹が大事な故、士官の推薦を拒んだ。

 けれど、一刀は違った。

 出逢った時から、自分の才を認めてくれた初めての人物であったのである。

 一刀は天の御遣いと言う言葉を余り好きではないようだが、朱里にとって彼の存在は、正に天からの授かり物であったのだ。

 (だから、失いたくない)

 朱里は、一刀の心を占める愛紗の存在に嫉妬しながらも懸命に一刀の補佐を続けるのであった。

 帰順を示した者達は、皆、一刀の姿に恐れを感じ運良くマイナスのイメージを与えずに済んでいたが、両脇に並んで控えている将達にとっては、らしくない彼の反応に戸惑っていた。

「にゃーお兄ちゃん、すっごく怒っているのだ」

「う〜あんな怖いご主人様を見るのは嫌だなぁ」

 鈴々と翠の言葉が今の一刀の荒れた心情を表していた。

「二人とも今は、謁見中なんだから私語をしちゃ駄目だよ」
 
 斗詩の言葉に鈴々と翠は気まずそうな表情をして、「けど…」、「なのだ」と呟きながら、納得いかなさそうに、けれど斗詩の言葉にシュンとなった。

「えーでも、あたいも鈴々や翠と同じ気持ちだけどなぁー。それに、斗詩だってそう思うだろ?」

「……それは」

 二人を擁護するように猪々子がつまらないといった表情でそう発言をし、さすがの斗詩も口をつぐんでしまう。

 馬岱も尊敬する兄的存在である一刀が見せる激情に戸惑いを感じながらも黙っていた。

「……ご主人様」

 ただ、一人。紫苑だけが、一刀の心情を想いばかり憂いを含んだ眼差しを玉座に座る彼に向けていた――



 燕国徐州下邳。

 こちらの政庁でも、謁見の間に一刀に帰順を示す者達で溢れていた。

 留守を預かる陳親子は、対応に追われ忙しく、政庁内を飛び回っていたのである。

 それほどまでに曹魏の首都であった洛陽を陥落させたという事実は、ここにまで影響を与えていたのであった。

 そういった中、同盟国である呉からの客人である大喬は、陳親子が少しでも楽になるようにと自ら進んで、謁見を待つ人々の接客を手伝っていた。

 次の仕事の場所に向かう為、政庁の中庭が見渡せる渡り廊下を大喬が歩いていた時、彼女はその中庭で、自分の片割れである双子の妹小喬の姿を見つけたのである。

 小喬は、大喬に見られているとは気付かず、片腕に鳩を乗せていたが、その鳩の首を人差し指で軽く撫でてやった後、空に向かい放した。

「小喬ちゃん?」

「ひゃあ! ――って、なんだお姉ちゃんか」

 後ろから突然声を掛けられた小喬は吃驚して声を上げるが、姉だと気づき安堵した溜め息を吐いた。

「驚かせてごめんね」

「ううん、大丈夫だよ。所で何か用?」

「小喬ちゃんが鳩さんと遊んでいたから、珍しいなって思って」

「……そうかな?」

 少し言い淀んでいる小喬を少し不審に思っていたが、大喬は陳珪老から謁見の接待をお願いされている事を思い出してその考えに蓋をした。

「あ、ごめんね小喬ちゃん。わたし、お仕事の途中だから――「ねえ、お姉ちゃん」――?」

 その場を後にしようとした大喬に小喬が待ったをかける。

「――お姉ちゃんは、あの――ううん、やっぱり何でもないや。ごめんね呼び止めたりして」

「そんなことないよ。じゃあ、また後でね小喬ちゃん」

「うん」

 大喬は笑顔で小喬に別れを告げ、中庭を後にした。

 そんな姉の背中を見守りながら小喬は心の中で呟く。

(お姉ちゃんは、北郷一刀の事が、孫策さま――雪蓮さまより好きになっちゃったの?)

 小喬の問いに答える者はいない――



天上人演義 〜北郷 一刀 外史伝〜

第三十九章 蒼天に灰色の雨雲が懸かる 



 一刀達遠征軍は、洛陽を放棄した曹操を追いかける為、このまま西へ軍を進軍させ、彼女がいると思われる長安を目指す事にした。

 しかし、洛陽の都では曹操の手により食料を始めとした物資が不足し、さらには一刀達遠征軍に参加の意を示した義勇兵などの再編成なども必要となり、本国から補給を要請する事になった。

「紫苑。いつも補給をひとりに任せっきりにしてしまってすまない」

 洛陽の郊外で、補給の任に当たった紫苑隊を見送る為、一刀が見送りに来ていた。

 紫苑は、一刀の心遣いに思わず頬をが緩み、まるで少女のように微笑んだ。

「いいえ、お気になさらないでくださいご主人様。私にとって、例えどんな些細な事でも、ご主人様のお役に立てるという事が将として一番の誇りですし、兵站の確保は遠征軍にとっての命綱。大変重要な任務を任せて頂き光栄ですわ」

 一刀の手を取り、紫苑は続いてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「それに女としての私も、お慕いしている殿方に気に掛けて、頂いている事に喜びを感じています――お側に居られない事は残念に思いますが、ご主人様のおかげで当分はその想いを我慢できますわ」

「紫苑には敵わないな」

「ふふふ。本当に罪作りな御方ですねご主人様は」

 そして、互いに微笑み合う一刀と紫苑。

「それじゃあ、俺達は先に長安へ向かうから、待っているよ紫苑」

「ええ、今回は、虎牢関を通過する事が出来ますからそんなに手間は掛かりませんので、すぐにでも追い付きますわ」

 こうして紫苑の部隊は鄴へと向かい洛陽を後にした。

 一刀は彼女の部隊が見えなくなるまで城壁の上から見送っていた。

 だが、二人は知るよしもなかった。






 この時の別れが、二人にとって遠くて長い別れになる事など――






 一方、その頃。

 洛陽の南に位置する荊州との境にほど近い南陽郡宛。

 宛から東に位置する許昌より進軍してきた愛紗率いる北燕軍と孫呉の連合隊併せて兵力四万と二〇〇〇は、高台に位置している都城を東と北側から三日月の形に半包囲するように陣をひいていた。

 ここを守るのは曹魏の大盾こと鎮南将軍曹仁である。

 彼は手勢八〇〇〇で、がっちりと宛の城壁を防御していたのである。

 さすがの愛紗達も攻めあぐね、戦闘は膠着状態に陥っていた。

 

「曹魏の盾と謳われるだけはあるな。付け入る隙がない」

 星はそう言って曹仁の守りを評価した。

 宛から少し離れた場所に設置した本陣のある天幕の中で、愛紗達は集まり今後の対策を練っていた。

「しかし、このままでは埒があかない。どうするべきか……」

 呉の援軍部隊を指揮する小蓮の副将として参加している思春が静かにそう呟く。

「うーん。相手が夏候惇なら、挑発なんかで誘き寄せる事ができるのにね」

 小蓮は挑発行為が余り意味を成さない事に腕を組みながら、他の方法はないかと考えていた。

「余りここで、時間を掛けすぎたらご主人様との合流が遅れるちゅーことになるからなぁ」

「ご主人様の部隊からの報告によると、洛陽は既に我が軍が奪取したとの事だ。これで漢王朝の社稷(しゃしょく)は劉協様の手に戻った。後は曹操を追いつめれば、勝機も見えてくるのだが」 

「その為には、我等は如何に迅速にこの宛を陥落させるかに掛かってきているという訳だな」

 霞の言葉に愛紗が一刀達との合流を第一にする考えを顕わにし、星もそれに同意する。

「霞」

「ん? なんや愛紗」

 そんな中、愛紗は霞に声を掛けた。

「兵を八〇〇〇ばかり連れて、武関を残した宛付近の支城と主要な街道を抑えてきてくれないか」

「おお! ウチの出番か? 任しとき!」

「ふむ、無用に城を攻めず、周りからか」

「ああ、退路を絶たれたら流石の曹仁も城に籠もっている訳にはいかなくなるだろう」

 星の言葉に愛紗が頷く。

「なれば、小蓮様と私の部隊は南側にある支城と――万が一の為に新野にいる劉表軍の太守と話を付けてこよう」

 思春の発言に愛紗は驚く。

「私達は傍観者ではない。連合軍なのだから、多少の危険はこちらも負わねばならんだろう?」

 思春は少し意地が悪そうに微笑み同意を促した。

「そうして頂ければこちらとしてもに助かる。よろしくお願いする甘将軍」

 真剣な眼差しで、掌と拳を合わせて礼をする愛紗。

「承知した」

 思春も愛紗に習い同じように返礼をするのであった。

「ん〜劉表軍かぁ。ここまで来て、未だ中立の立場を崩していないからどうなるかなぁ?」

「ふむ。陛下と同じ劉の姓を持ちながらこちらに協力する姿勢すら見せていない――いくら先代から続く荊州の統治を巡る争いを呉としているとはいえ、こちらにも魏にも付かないというのは……油断できませぬな」

 小蓮と星は劉表が信用出来ないと一抹の不安を感じているようであった。

「今の新野太守は誰やったかいな?」

 霞の言葉に皆、顔を合わせる。

「――確か、劉備玄徳という若い女性です」

 後ろで控えていた麋竺が笑顔を携えたままそう告げる。

「ふむ。名前からして劉表殿の親族であろうか?」

 星は手を口元に当てながら疑問に感じた事を麋竺に聞いた。

「はい。生まれは幽州の啄県で、農業に従事しながら黄巾党の乱の際に難を逃れる為、病気の母を連れて遠縁の劉表殿を頼ったとか……実は、この話は大将軍からたまたま以前聞いた話なのですが……以前、同じ師の許で、学問を共に学んだご学友だそうです」

「そうか。して、伯珪殿はその劉備殿の事をなんと申されていた?」

 愛紗は麋竺に続きを促す。

「かなり物覚えが良く儒学にもかなり精通していたとの事で師から、郷挙里選(きょうきょりせん)の推薦を受けていたそうですが、病気がちな母親を気にしてそれを丁重に断ったそうです。それ故に親に孝を尽くす劉備殿に大将軍はかなり褒めておられました」

「話を聞く限りでは、中々の人物だな。少なくとも猪武者ではあるまい」

 思春の言葉に話を聞いていた皆は頷いた。

「ならば、こちらからも一筆、劉備殿に親書と使者を送る事にしようか」

「――将軍」

 愛紗の発言に静かに事の成り行きを見守っていた麋芳が声を掛けてきた。

「ん? 何だ」

「はい。僭越ながらその使者の任を我が末妹にお申し付けくださいませ」

「ええっ! お姉ちゃん!?」

 麋芳の言葉に一番驚いたのは、この軍議の話しについていけず、所在なくソワソワしていた麋娘々本人であった。

「なるほど」

「それがええやろな」

 麋芳の言葉に星と霞が同意する。 

「あのー何で私が適任なんでしょうか?」

「貴女は非戦闘員である故、相手に警戒されにくいという点においてこの中の誰よりもこの任務に向いている」

 麋娘々の質問に星が答えた。

「そうね。私もそう思うわ」

 さらにはもう一人の姉である麋竺も皆の意見に賛成の声を上げた。

 こうなると末妹である麋娘々には断る術はない。

「わ、わかりました。誠心誠意を尽くして親書をお届けする任をお受け致します」

 頭を垂れる麋娘々の姿が微笑ましくその場にいた者達は、つい頬を緩ませる。

 そんな中、麋芳だけは、「やれやれ」と言った感じで溜め息を吐く。

 彼女は末妹になるべく戦場に出したくないという打算もあってこのような進言をしたのだから、それが上手くいって安堵した。

 そんな彼女を姉である麋竺は、普段と変わらぬ笑顔で見守るのであった。



 愛紗達の軍勢に半包囲される形で取り囲まれた宛の政庁内にある軍事府の一室において、防衛戦の対策を練る軍議が執り行われていた。

 上座に座るは、この宛の太守に封ぜられた曹仁。

 彼から見て、右に並んで座る二人は、先の許昌での戦いにおいて、北燕遠征軍本隊と争って撤退した曹休とその副官である満寵。

 そして、彼等の反対側、曹仁から見て左側に座る一人の少女がいた。

 頭に被った牛の頭部の皮、そこからこぼれ出る無造作に伸びた紫色の髪に同じ色をした大きく愛らしい瞳。程よく焼けた小麦色の肌。身に付けている服は、胸と腰を動物の皮で巻いただけのヘソ出しルックという言わば、アマゾネスを連想さえる姿で、背格好や年の頃は、許緒や典韋と余り差異は見られないが、ひとつだけ彼女達と違う所があった。

 それは――たわわに実った発育の良い胸のボリュームである。

 サイズ的には于禁嬢こと沙和以上李典こと真桜以下のやや、真桜よりと言った所で要は、トランジスタボディの持ち主なのである。

 きっと、朱里や小蓮がこの場に居て、彼女を見たのなら嫉妬と羨望を含んだ視線でそこへと向けられていたであろう。

 彼女は、姓を牛(ぎゅう)名を金(きん)という名の少女で、武芸と胆力を曹仁に見出され現在、彼の副官を務めていた。

 于禁(沙和)、李典、楽進、典韋、許緒、郭淮などと並んで曹魏の次世代を担う将として期待されている。

「満将軍の指示に従って、ここを防衛する兵士を絞ったおかげで、兵士達の連携はより強固になり、物資食料などの改善が出来、軍全体の士気が上がった。感謝致す」

 曹仁の御礼に満寵は掌と拳を目の前で組んで返礼する。

「いいえ、ただ、このような状況下に置いて無理に兵士を城に詰め込むよりは、万が一の事を考えて出来る限り後方の武関や長安に兵士を送った方が良いと考えましたので――それに曹休将軍が手伝ってくれたお陰で、北燕の斥候部隊との遭遇戦などに巻き込まれること無く、思いのほか早く済ませることが出来ました」

「そうか。文烈(ぶんれつ)よくやってくれた」

「いいえ。俺は自分の出来ることをやったまでです」

 曹仁に褒められるも、曹休はそれを鵜呑みにせず返した。

「ふむ。先の戦いで北燕に負けたことは、お前にとって良い結果になったのかも知れぬな」

 親族の若人の確かな成長に曹仁は喜んだ。曹休は恥ずかしそうに頭を垂れてそれに応えるのであった。

「私も若き頃は、自分を抑えることが出来ずに良く暴走しては、従姉上に叱られていたものよ――気にすることは無い。男子たるものそういった経験を積んで強くなるものだ」

 曹仁は目を細め遠き日の光景を思い出していた。そんな彼に曹休はどうしていいのかわからず困った表情を浮かべ、対して過去の曹仁の人となりをしっている古参の将である満寵は、無骨な表情に苦笑を浮かべた。

「まあ、私の過去の話はこのくらいにして置いて、今後の対応に話を戻そう――」

 曹仁は満寵と曹休の意見を取り入れながら、防衛戦の準備を進めるのであった。
 
 だが、曹操の戦略によりここ宛でも例外なく、兵糧や物資を臨時徴収している為、軍議は長期間に渡る籠城戦は、無理だという判断に至った。 

 であるならば、後は如何にして効率よく敵を警戒させつつ、安全な場所へ撤退するかに話が移行するのだが、北燕は狡猾にも支城や街道を抑え始めた為、迂闊に動くことが出来なくなっていたのである。

 こうして、曹仁達は、具体的な方法が思い付かず、又、兵士達の指揮を長時間空ける事もかなわず、その日の軍議は終了するのであった。

 ただ、その中でずっと、黙っていた牛金がじっと、曹仁の真剣な横顔を見つめていた――



 空に星空が浮かび上がる深夜の刻。月は新月に近い周期のため、夜の闇を普段よりもより濃くしていた。

 そんな中、暗い夜の闇の下を松明も焚かずに小さく鎧の擦れ合う音を立てながら進む三〇〇名程度の集団がいた。

 この集団の指揮を執っているのは曹仁の副官である牛金であった。

 彼女は、自分の部下の中でもより、隠密行動や作戦行動を遂行する事に適した者達を選び抜きある策を実行しようと考えていたのである。

 そして、少し刻が経った後、彼女の部隊は、篝火を焚いて深夜の歩哨を行っている北燕軍の本陣近くの茂みに辿り着き、全員腰を屈めてその場に待機した。

 実はこの策、牛金個人の独断専行によるものであった。

 牛金は自分の上司である曹仁の役に立ちたかったのである。

 彼女は、背が小さく、同僚からは、女性ということもあり馬鹿にされていたが、腕に自信があったので猪武者として鬱憤を晴らすかのごとく戦場で暴れていた自分を副官として、ただ、戦えばいい一兵卒としてではなく、部隊全体の指揮を的確に執れる『将』として大事に育ててくれている曹仁に少しでも恩を返したかったのである。

 牛金は以前、曹仁に何故、自分を拾ったのかと理由をを尋ねた事があった。

 曹仁は『俺の昔にそっくりだった』と言って、まるで少年のような表情で笑い、牛金の頭を少し乱暴に撫でて答えてくれた。

 それ以来牛金は、曹仁を上司として尊敬し、父のように敬い――そして、まだ憧れに近いが女性として恋慕の感情を抱いていたのである。

 だが、此度の戦において、曹仁は、許昌から撤退して来た曹休と満寵を頼っていた。

 それは、階級や付き合いの長さから考えて仕方の無い事であったが、慕っている人物が自分より余所から来た他人を信頼しているのは、彼女としては、いや、恋する女の子としては面白くないものであった。

「――牛金様。準備が整いました」

「うん。それじゃあみんな、ちょっと聞いて」

 牛金の言葉に兵士達は身を正して彼女に視線を向ける。

「目の前にある北燕の本陣を襲って、敵の戦線を宛から下げるのが今回の作戦目的。もう少し近づいたら第三、四隊はありったけの火矢を柵と天幕に向かって射ち込んで。僕と騎兵隊は、突撃して奇襲をかける。第一隊はその後に続いて。残りは、退路の確保をよろしく――それじゃあ、いくよ!」

 そして、牛金の部隊は配置に着く。そして北燕の本陣の死角から火矢を準備し、静かに闇に紛れ夜空に向かい射ち込んだ。


 
「――だ! 早く消火を急げー!」

 愛紗は天幕の外が何やら騒がしい事に気付き、簡易寝台から身を起こした。

「関将軍! 緊急事態です」

 天幕の外から一人の武官から声が掛かった。

「どうした。これは何事か?」

 そう尋ねながら、愛紗は青龍偃月刀を手にし、立ち上がる。

「はっ! 敵の襲撃にございます」

「数は?」

「正確な数はわかりませぬが、接近に気付かなかった事を考えますと、多くて五〇〇程かと」

 本陣の中で戦いが始まったのか、叫び声や銅鑼などの音を含んだ喧騒が響いてきた。

「うむ。すまないが、お前はこのまま趙将軍の許に赴き、周りの手勢を集めて敵の退路を塞ぐように伝えてきてくれ。私はここで、部隊の混乱を収拾する」

「承知しました!」

 武官の影が過ぎ去った後、愛紗は溜め息を吐いた。

「中々、味な真似をしてくれる――だが、これ以上、ご主人様から預かった兵を無闇に失うわけにはいかぬぞ曹仁――」



 牛金が独断により奇襲攻撃を行ったことは、宛城に立て篭もる曹仁の許にもその報が告げられた。

「牛金め、早まった事を!」

 曹仁は廊下を歩きながら侍女や部下達から鎧を受け取り、それ身に着けていく。

 そして、軍議を行う広間の扉を乱暴に開けた。

「曹将軍!」

「小父上!」

 広間にはすでに準備を整えた満寵と曹休がいた。

「すまぬ。私の部下の不始末に二人を巻き込んでしまって」

 曹仁は、上座には赴かず、その場で二人に謝罪をする。

「いいえ、謝罪には及びませぬ。それよりも、友軍を救う事が急務かと」

「むっ。文烈の言う通りだ」

「――お二人とも。お待ちください」

 早速、牛金を救出すべく行動を起こそうとしていた二人を満寵が止める。

「満将軍、何か?」

「はい。牛金殿の行動は褒められたものではありませぬが、やや強引で性急ではありますが、この際、彼女の意を汲んでこれに乗じて宛を放棄し、長安へ撤退しましょう」

「……」

 満寵の進言に曹仁は顎に手を当て考え込む。

 そこで、曹仁はふと、以前、曹操が自分に預けてくれた巾着の事を思い出した。

 懐からそれを出し、曹仁は思い切ってそれを開けた。そして、中に入れられた文には夏候淵と同じ内容が書かれていた。

 即ち、『撤退せよ』との命令である。

「――わかった。満将軍は城の兵士達を掻き集めて、準備が整い次第、武関に向かい撤退してくれ」

「はっ!」

 曹仁の命令に満寵は掌と拳を目の前で組んで答えた。

「文烈、すまないが、お前は俺と一緒にあの馬鹿者を救出する方を手伝ってくれ」

「承知! 精兵を選び抜き、部隊を編成致します」

 曹休も満寵と同じ動作で答えた。

「うむ。撤退開始において持ち出す物資は、最小限で構わぬ。部隊の機動力を重視せよ。余った物は民に施し、その際に城門を全て解き放ち、いらぬ抵抗をせぬよう町の長達に忘れずに伝えてくれ」

 傍に控えて指示を待っていた文官達にそう声を掛け、曹仁は二人を連れて広間から退出するのであった。



 北燕の本陣に夜襲を掛ける事に成功した牛金の部隊であったが、元よりその数は少なく時間が経つに従って、混乱を収拾した愛紗、それに後方を遮断する星の部隊により、四方を囲まれ、現在、一〇〇名程の死傷者を出し、ジリジリと追い詰められていた。

「牛金様! 最早、我々はこれまでかと――願わくばせめて曹魏の意地を北燕の奴等に見せて散りとうございます」

「……」

 牛金は、北燕の強さを甘く見ていた。 

 地方の領主がたまたま廃帝を得て、図に乗り曹魏に対して喧嘩を仕掛けて来たに過ぎないと思っていたのである。

 だが、北燕の兵達は、兵装に見劣りはするもの、錬度は非常に高く、即座に混乱を収拾した敵将の能力も侮れない。

 結局、認識の甘さと、功を焦った自分自身の不甲斐無さに、牛金は唇を噛み締めていた。

「ごめん…・・・みんな」

 牛金は自分を恥じながら、巻き込んだ部下に項垂れて謝る。

「何を言っているんですか?」

「えっ!?」

 思いもよらぬ部下の言葉に牛金は顔を上げ、目を見開いた表情を浮かべる。

「隊長はそんな小さな身体で、いつも俺達の前に立って戦ってくれて、それがどれ程、俺達に勇気を与えてくれている事か」

「それに今回も、曹仁様の事を考えての夜襲だったのでしょう? ならば、普段の恩に報いることが少しでも出来たのなら、俺達に悔いはありませぬ」

 敵兵に囲まれているにも関わらず、部下達から次々に暖かい言葉をかけられる。

 ぼろぼろで、顔も泥や土などで汚れていはいるが、皆、笑顔だった。

「みんな――」

 嬉しさで、表情に笑顔が戻る牛金。

「そうそう。俺等の隊長はそうでなくちゃ」

「最後に悲しい顔で別れてしまったら、死んでもしにきれねぇですし」

 部下達の心遣いを感謝し、牛金は「よし!」と笑顔で気合を入れ、愛用の戦斧を手に取った。

「じゃあ、生意気にも僕達の後ろを塞いでいるあの部隊に突撃するぞー! みんな準備はいいかー!」

 牛金の声に残った彼女の部下達は自分達の武器を掲げながら一斉に「おおー!」と雄叫びを上げた。

「いくぞー!」

 そして、牛金はいつものように先頭に立ち、星の部隊に向かって突撃を仕掛けるのであった。



「敵残存部隊こちらに向かって来ます!」

 兵の伝令に白馬に跨って静観を続けていた星は、美しい顔立ちに微笑を浮かべた。

「よし、中央を下げて、敵を誘い込め。正面からは絶対に当たるな。無用の火傷を負う必要は無い。それでは、行動開始せよ!」

 星の凛とした声音が部隊に行き渡り、彼女が指揮する一八〇〇程の部隊が、突撃を仕掛けてきた牛金の部隊二〇〇を取り囲むように迎撃体勢を整え始めた。

 だが、ここで星もそして、牛金も予想しなかった出来事が起こる。

「――将軍! 後方から二〇〇〇程の部隊がこちらに向かい突撃を掛けてきます!」

「何だと! 敵の夜襲は囮で、この奇襲が本命だったのか!?」

 星は、聡い故に、この状況を少し勘違いをしてしまった。

「くっ! 挟撃される訳にはいかぬ。総員攻撃中止! 即座に右翼方向に寄れ!」

 だが、そのお陰で、星の部隊は警戒心を強めてしまい中央から避てしまう形になり、牛金は曹仁の指揮する部隊と合流することが出来た。

 そして、乱戦を避けた星の判断により、曹仁の部隊は牛金達を無事、救出し後は一目散に戦場から撤退するのであった――



「まんまとしてやられたな」

 星は苦笑を浮かべながら撤退した魏の部隊を見つめていた。

 はじめから逃げる気であった敵に肩透かしを喰らった気分になっていたのである。

「敵の戦力を過小評価し、小蓮殿と霞の分隊で兵力を分散してしまった事で隙を突かれてしまったな……やれやれ、愛紗の機嫌がまた急降下しそうだな」

 だが、そんな事を述べる口とは裏腹に、彼女の表情はどこかしら満足げであった。



 無事に北燕の追撃から逃げる事に成功した曹仁の部隊は、先に撤退した残存部隊と合流を果たし、今は、宛の東近郊に位置する武関に辿り着いた。

 そこで曹仁は、野外にある練兵所に今回、軍規を乱した牛金を皆の注目集まったこの場所へと呼び出した。

 腕を前側で縄に括られた牛金は曹仁の前で正座し、沙汰を待つ。

 そして、彼女の目の前で腰かけに座る曹仁の口から――ゆっくりと、言葉が紡がれた。

「牛金。お前は、自分の功を焦り、軍規を乱した。そして、その所為で、お前に従った一〇〇を越える兵士達が戦場に散った。私の副将という立場にあり、この軍の模範とならねばならないお前が、余りにも利己的で自分勝手な行動をおこした事により起きた結果は、許しがたい重罪である」

「……はい」

「魏の軍法に照らし合わせれば、将による独断専行は、死罪である」

 曹仁の言葉に兵士達からざわめきが起こる。

 だが、信賞必罰を旨とする北魏に置いては、それは当たり前の事であった。

 曹仁は手にしていた刑法の竹間を音を立てながら懐に仕舞う。

「覚悟は出来ております――これ以上、生き恥を晒す事は出来ませぬ」

 この場に居る誰もが、頭を下げながら淡々と喋る牛金の言葉を息を飲んで聞いていた。

 曹仁は彼女の言葉に目を細め、立ち上がる。

 そして、俯いたままの牛金の前で止まり、腰に差した剣の柄に“左手”を置く。






「――この馬鹿者がぁー!」

 雷のような怒号と共に、牛金の頭に曹仁の“右手”による拳が叩きつけられた。

「ぴぎゃっ!?」

 ゴンッという鈍い音と共に、乙女にあるまじき声を上げてしまう牛金。

「――貴様の命一人が、戦場で散った一〇〇名の死と同等と言うのか? ふざけるな!」

 曹仁の言葉に、周りいた将兵達は、ざわめきながら、彼に視線を向ける。

「彼らに報いる為にも――簡単に死ねると思うな! いや、這い蹲っても、他人に生き汚いと罵られても、生きることで彼らに対する罪を償え!」

「――しかし!」

 頭にタンコブが出来、愛らしい瞳に涙を浮かべながらも牛金は、反論をしようと声を上げた。だが、曹仁はそれを手で制した。

「満将軍、彼女の行為が結果、独断専行によるものだとしても我が軍の撤退を成功させた功績を持って、情状酌量を図る事は可能か?」

「はっ! 将軍のおっしゃっる通り、功を持って罪を軽減する事が出来ます」

 規律に厳しい満寵から同意を求める事に成功した曹仁は「うむ」と言い、彼に向かい頷いた。

「――だが、無罪放免という訳にはいかぬ……牛金に申し渡す。これより一年の間、俸禄の三分の一を国庫に収めよ。それを持って、亡くなった兵達の遺族に賠償金として寄付する事を申し付ける。後、長安に着くまでは、反省の意を込めて営倉入りを申し渡す」

 曹仁の言葉に将兵達は、皆、声を上げて喜んだ。

 まるで津波のような歓喜の嵐に牛金は戸惑う。

「――以上で終わりだ。皆、ご苦労であった。解散」

 曹仁は呆けている牛金に向け、口元に微笑を少し浮かべ満足した表情でその場を後にするのであった。

 その裁きを見ていた曹休は溜め息を吐き、俺はまだまだ小父上に及ばぬなと考えながら苦笑し、今後はより真面目に自身の研鑽へ勤める事を考えるのであった。



 誰もが寝静まった深夜。明日にも長安に向かう行軍を控え、木製の檻も入れられた牛金は、夜空に浮かぶ月と星を眺めていた。

 そこへ、こちらに向かってくる足音が聞こえ、そちらの方へと視線を何となく向けた。

 彼女の視線に映ったのは、曹仁であった。

「しょ、将軍!?」

 驚いた表情を浮かべる牛金に満足したのか、曹仁は意地が悪そうに、まるで悪戯が成功した少年のような表情で笑う。流石に昔、悪童と呼ばれた人物らしい表情であった。

 そして、曹仁は手にしていた木製の椀を木製の檻の中で、正座している牛金の目の目に差し出した。

 お椀の中には、野菜と肉が少し入った雑炊で、おいしそうな湯気を立てていた。

「腹が減っただろう? 喰え」

 乙女への面会の差し入れが食べ物というのもどうかと思うが、牛金はお椀と木製のヘラを曹仁から受け取った。

 そして、取り合えず一口、雑炊を食べる牛金。それを確認した曹仁は、彼女が入っている檻の横に腰を降ろし、あぐらをかく。

 曹仁は、手に盃と腰から徳利をぶら下げていた。

 早速、盃へ酒を満たし、夜空に浮かぶ月を肴に飲み始めた。

「夜襲に参加したお前の部下達から、助命を請う嘆願書が届いていたんだ。皆、自分たちが軍規を違反した事を認めながらな。上官に無理矢理命令されたと言えば、自分達に罪が及ばないと言うのにな」

 曹仁の言葉に、牛金は目を見開いて驚く。 

「良い部下を持ったな――そして、人から慕われるほど、将として良く成長したな」

 思いもよらない曹仁の言葉に、慕っている異性からの褒め言葉に牛金は頬を朱に染めチラッと上目遣いに彼の顔を覗きこむ。

「? ああ、すまない。俺だけ飲んでいては不公平だな」

 牛金の視線を感じた曹仁は、空になった盃に酒を注ぎそれを牛金へと差し出した。

 彼女は、自分の視線の意味を違って捕らえる曹仁にちょっとがっかりしながらも、彼の盃を受け取った。

 これが、間接的な接吻になるなんて、この人は考えもしないんだろうなぁと考えながらも、少し嬉しさと恥ずかしさで頬を緩めながら盃を、無論、飲み口は曹仁が口につけた部分から飲む牛金であった。

「お前の献身的な行動は無駄にはならん。長安で、従姉上――曹操様が、北燕を完膚なきまで叩き潰してくれる。その時は、今回の戦いで失ったお前の部下達に、ひいては俺の部下達へ報いる為にも俺に力を貸してくれ牛金」

 夜空を見上げながら曹仁はそう牛金に告げた。

「――はい、喜んで」

 牛金は曹仁の言葉が、自分の職を解きはしないと遠回しに言っている事に気が付き、また彼の許で戦える事に喜びを感じていたのであった――



 荊州新野。

 県令が勤める館内にある執務室では今、民達の訴訟を龐統が処理している途中であった。

「――で、おまんらの言い分はわかったきに」

 龐統の目の前には一人の農夫と商人が居た。

 この二人の訴訟の内容はこうだ。

 ある時、農夫が商人が鉄の鍬を買ったのだが、商人に『他の鍬と違い三倍長持ちする』と、言い包められてその鍬を通常より高い値段で購入してしまった。

 だが、農夫がやっぱりおかしいと感じ商人に鍬を返品し、お金を返してもらおうとしたのだが、商人は『同意の下、買ったのだから返品して貰っても困る』と言い出したのだ。

 そこで二人は、どちらが正しいと言い争いになり、こうして訴訟を起こし、県令である龐統に裁いてもらおうという訳だ。

「判決としては、おんちゃん(農夫のおじさん)は、買った鍬を一度も使こーてないきに、おまさん(あなた:この場合は商人)にその鍬を返して、お金はおんちゃんに返金するのが筋ちや」

「しかし――」

「儂は騙されたんですよ? 何もお咎め無しというのは――」

 だが、商人と農夫は龐統の判決に不服という態度を示した。

 二人とも言い争って感情的になっているのだろう。

 (――げにまっこと、てにあぁんぜよ[ほんとうに手に負えない])

 そんな二人にやりきれない溜め息を吐く、彼女の許へ一人の女性がやってきた。

「陽菜(ひな)!」

 その女性とは、劉備であった。彼女は、部屋に入るなり龐統の真名を叫んだ。

 そして、息を切らせながらも龐統の傍へと近づく。

 普段、怒っているようにムッとしている表情が多い劉備にしては、珍しくその表情は喜色に染まっていた。

「えっと、聞いて! 今しがた――」

 そこまで喋って、劉備はハッとなり、その場に龐統だけではなく、農夫と商人がいることに気付いた。

「――この人達は?」

 表情をいつものように戻し、劉備は、龐統に尋ねた。

「“太守”様。この二人は県令である、うち(私)に訴訟を頼んでいた者達ぜよ」

 龐統は、劉備がこの場に来たことを、好機とし、わざとらしい口調でそう告げ、訴訟の内容と自分が下した判決を彼女に伝えた。

「――そうですか」

 話を聞き終えた劉備は、二人に近づき、おもむろに、商人の両手を自分の両手で取り、胸の高さまで上げ、彼の目を真摯な瞳で見つめる。

「申し訳ございません。私が、もっときちんとした政務を行っていれば、もっと安値で商売がもっと円滑に進められるでしょうに。貴方をそうさせたのはこの劉玄徳の不徳の至りです」

「い、いえ。そのような」

 商人は劉備の行動と言葉に驚き、自分を恥畏まってしまった。

 続いて、劉備は農夫の手も商人の時と同じように取る。

「貴方のお怒りはごもっともです。ですが、この方に言ったとおり全ては、この私がいたらない故に起こったことです。どうか、矛先を収めては頂けませんでしょうか?」

「わ、儂はただ――」

 農夫も同じように劉備の態度に、自分の怒りを忘れ、ただ、驚くばかりであった。

「両人ともここは、この私に免じて、龐統――県令殿の判決を受け入れてはくださいませんか?」

「は、はい、儂は、お金さえ戻ってくれば満足です」

「太守様のお願いとあらば」

 農夫と商人は、その場にひざま付いて、頭を下げた。

 その言葉を聞いた劉備は、自分も同じように膝を付いて視線を二人合わし、両人の片手を自分の手で重ね合わせ、「よかった」とニッコリと微笑んだ。

 まるで、その表情は女神のように無垢で裏の無い純粋な笑顔であった。

「……」

「……」

 そんな劉備の表情に魅せられた二人は、ただ呆然としていた。

(ほんに、桃花は天賦の人たらしきに。これをわざとやっていないから、まっこと、うちがやってることがあやかしい[馬鹿馬鹿しい]ぜよ)

 龐統は、そう考えながらも、その眼鏡の下に隠された表情は、嬉しそうににやけていたのであった。



「で、―― 一応、勤務中のうちに何かようかきに?」

 農夫と商人を帰した後、龐統は劉備にそう尋ねた。

 すると、劉備は、普段より増して、ムッとした表情になる。

「普段は、お仕事をサボっている陽菜だけには言われたくない」

 その言葉に龐統は苦笑する。

 彼女としては、普段サボれる程にここでの仕事は楽なのである。

「まあ、それは兎も角。先程、宛で戦っている北燕と呉の連合部隊から使者が私の所に親書を携えて挨拶に来たの」

「ほー」

「でね。親書には、北燕が劉表軍と敵対はしないという事が書かれていたの。これを襄陽にいらっしゃる小母様に見せれば――「無駄ぜよ」……どうしてかしら?」

 龐統は、熱の篭った劉備の言葉を途中で遮った。

「――前にも言ったが北燕は負けるぜよ。わざわざ、負ける勢力に加担するなど、あの劉表がする訳ないきに」
 
「けど――今からでも遅くはないと私は思うの。ここで、立ち上がらないと劉家が鄴におわす陛下を助ける事が……」

「桃花。おまんの言いたい事はよくわかるつもりきに。けれど、劉表にその気概は全くないぜよ。立ち上がるのなら、北燕が曹操と戦を始めた時に既に協力していたはずぜよ?」

「……」

「ふぅ。まぁ、劉表と仲が険悪な呉と同盟しているとか他にも色々と訳や理由があると思うけども――桃花にわかる様に一言で言ってしまえば――」



 益州成都。宮城のにある一室にて法正は孟達と共に仕事に取り組んでいた。

「子姉(しぃねぇ)、孝兄(こうにぃ)!」

 そこへ、パタパタと足音を立てながら部屋に訪れてきたのは、劉璋であった。

「はいはい。季玉(きぎょく)落ち着いて」

 息を切らせて突撃してきた妹的存在を落ち着かせる為、孟達がしょうがないなぁと苦笑を浮かべながら、席を立ち彼女を迎える。

「あのね! 北燕が――」

 だが、劉璋の興奮が収まる様子は無く、そのままの勢いで言葉を続けた。

「北燕が洛陽を陥したって! 残念ながら曹操を討ち取ることが出来なかったんだけど、それを追って長安へ向かって軍を進めているんだって!」

「そうなの?」

 劉璋の言葉を信じないと言わないが、事が事だけに孟達は、彼女が言ったことが本当に正しいのか聞き返す。

「うん。これなら、北燕に協力する事に反対だったみんなを説得する事が――「できねぇよ」――えぅ」

 法正の一刀両断の言葉に劉璋は即座にへこんでしまう。

「孝直ちゃん?」

 劉璋にそこまで酷いことを言う必要はないんじゃないかな? という意志が込められた孟達の視線に法正は少したじろいてしまう。

「ゴホン! いや、言い過ぎたすまん。――俺が出来ないと言ったのは、反対派の家臣団の説得のことじゃなくて、もう、北燕が勝利することが出来ないからだ」

 その言葉に劉璋と孟達は、法正にどうして? と真剣な眼差しで問うてきた。

「まあ、以前の御前会議で決定しなかった地点でこの事は既に決まった事でもあるけどな――いや、二人ともそんな顔をするんじゃない。何も俺は季玉の優柔不断さを責めている訳じゃないのだから」

 劉璋が悲しみの表情を浮かべ、それを見た孟達がよりキツイ眼差しを法正へと向けていた事に法正は、言い直すがそれもフォローにはなっていない。

「色々あるんだけどな例えば、長安で曹魏が北燕に雌雄を決する気でいるのなら――まあ、詳細を語った所で、結果は変わらないが。そうだな、季玉と子度(しど)にも理解出来るように一言で言ってしまえば――」



 孫呉の首都建業の宮廷内の謁見の間にて。

 そこでは今、建業に居る臣下を呼び寄せて、北燕と曹魏の戦いについての報告が、国の長老的存在である張昭の口から行われていた。

 曰く、洛陽郊外での戦いは、北燕と圧倒的な勝利に終わったと、また、それから宛も北燕と孫呉の連合軍により陥落した事が張昭から述べられた。

 この報告に集まった文武百官はざわめき、喜びの声を上げる。

 そして、玉座にてそれを聞いていた孫権こと蓮華がその場から立ち上がった。

「うむ。我が盟友である北燕、正に見事だな。これで、長安にて曹魏を討ち果たす事が出来れば漢王朝の復興も目前になるだろう」

 蓮華の余り見ることの出来ない力強い言葉に諸将は、さらにざわめき出す。

「孫呉としては同盟国である北燕の支援をしたいと考えている。聞けば、長期の遠征により兵糧が不足気味であるらしい。そこで、輸送船団を編成して、長江を上り補給にて援護するべきだと私は考えているのだが――皆の意見を聞きたい」

 蓮華の発言に皆、周りの者達と議論を交わし始める。

「――お待ちください」

 だが、そんな熱気の篭った雰囲気に冷水を浴びせるが如く、凛とした言葉が謁見の間に響いた。

「公瑾? 何か意見があるのか?」

 玉座の前に進み出てきたのは周喩であった。

 彼女は、膝まづいて、恭しく蓮華に頭を下げた。

「はい。おそれながら、陛下に申したい事があります」

「何だ、答えよ」

 二人の間に流れる緊張感に、周囲の者は口を閉じ、展開を見守っていた。

「では、単刀直入に申し上げます。――この戦いにおいて、北燕の勝利はありませぬ」

「なっ!」

 周喩の言葉に蓮華のみならず、皆、驚きの表情になる。

「はい。曹魏は、各都市の物資を住民達からも取り上げて、長安に撤退しています。これは、曹操の戦略が焦土作戦にあるからです。補給が滞っているのが、その証拠でございます。そして、北燕はついに奥深くまで曹魏の領内へ進軍してしまいました。鄴からの物資を輸送するにも大変な手間と時間が掛かっています。唯一の褒めどころが、北燕は兵站の重要性を理解しており、物資が欠乏するという事態にいたってないということぐらいです」

「ならば、兵の士気は勝利していることもあり懸念することでも無いのでは?」

 周喩の言葉に参列した文官からの疑問が投げかけられた。

「そうですね。それは、小さな要因にしか過ぎません。ですが、その“戦略”こそが隠れ蓑だとしたら――」

 周喩のその言葉に皆、息を飲んだ。

 まさか、そんな事があるはずがないと。

 これ以上狡猾な戦略があるのか? と、周喩に問い詰めんばかりの視線を向けていた。

 周囲の視線の意味を理解した周喩は、その表情に冷笑を浮かべる。

「曹魏の本当の狙いは、戦場にて完膚なきまでに北燕を叩き潰す事です。具体的な策をお話しますと――」

 そして、周喩の口からその言葉が、紡ぎ出されたのであった。



 周喩の言葉が終わった後、謁見の間はまるで、葬儀場のようにシンと静寂に包まれていた。

「そ、そんな。それじゃあ、北燕は、か、一刀は……」

 蓮華は、その顔に絶望を浮かべ、真っ青にになり、力なく後ろによろめく。

「私が言ったことは真実にございます」

 再び、恭しく頭を垂れる周喩。

 玉座に倒れるように蓮華は座る。

 そして、ある事に気が付き、ハッと頭を上げた。

「じゃあ、小蓮は!? 思春はどうなるの――まさか、見捨てるつもりじゃないでしょうね冥琳!」

 激昂する蓮華に周喩は苦笑する。

 感情的にならないと真名で呼んでくれない事に一抹の寂しさを感じながら。

「大丈夫です。思春なら、小蓮様を無事に守ってくれるでしょう。後、迎えとして既に、盧江(ろこう)の?口(かんこう)港より呂蒙(りょもう)と蒋欽(しょうきん)が指揮する部隊で救援に向かわせています」
 
「……」

「陛下の許可を受けてからでは間に合いませんでしたのでお許しを――」

「周都督。姫様と甘将軍の救援はよろしいのですが、長江の上流は劉表の支配地域。これ幸いと曹魏と共謀して、待ち伏せをしている可能性があるのでは?」

 周喩の友人ではあるが、慎重派である魯粛が疑問点を蓮華に代わり彼女に問うた。

「――心配におよばず。既に、劉表と密約を結んでおりますゆえ」

 周喩の言葉に、又、皆がざわめき出す。

「長江の通行を許可してもらう代償として、小競り合いを続けている江夏郡から兵を撤兵させました」

「何と!」

「劉表軍は先々代であらせられる孫堅様の敵! それをお忘れか!?」

 諸将から、抗議の声が上がる。

 だが、周喩は、皆の意見を手で制し、自分の思惑を述べた。

「皆の意見は重々承知している。私も怨敵である劉表から一旦手を引くのは惜しい。だが、姫様と甘将軍を救うことも重要だが、江夏から撤兵したのは、その後を見据えて、兵力を温存しているからだ――即ち、北燕が敗れた後、我々、孫呉が取る行動は――」

 周喩の戦略に皆、注目を集めた。




「――黄河南に位置する豊穣の地、徐州の占領である」

 その言葉に、蓮華は勢いよく立ち上がった。

「それは、ならぬ! 断じてならぬ! 盟友である北燕の領土を奪うなど、同盟国である孫呉のする事ではない!」

 正論を周喩にぶつける蓮華。

「綺麗ごとを――」
 
「なっ!?」

 周喩の挑発的な言葉に蓮華は声を上げる。

「陛下。私は言いましたね北燕は負けると――ならば、その同盟国の領土を曹魏から守り抜けばいいのですよ」

「それは、詭弁だわ!」

「そう思われても結構。孫呉が天下の覇者となる為ならば、この周公瑾。どのような侮蔑も批難受け入れる覚悟は出来ています。それに、すでに――徐州を孫呉の領土にする下準備は整えています。難なく、徐州は孫呉の物となるでしょう」

「まさか――!」

 聡明な蓮華は、周喩の言葉からある事に気付いた。

「貴女は、始めからそのつもりで北燕と同盟を結ぶ事に賛成したの?」

「ええ、多分、陛下がお考えになっている通りですわ」

 蓮華の表情から血の気がなくなり彼女は、フラフラと玉座に倒れこんだ。

「姫様!? むっ! いかん―― これ、誰か典医を呼べ! 急ぐのじゃ!」
 
 傍に控えていた張昭が蓮華の容態の異変に気付き、医者を呼ぶよう声を上げる。

 蓮華が倒れた事に騒然とする宮廷内。

「……」

 その光景を周喩は静かに見ていた。

 そして、彼女の口がボソボソと動いた。

 それは、皆の前で倒れた蓮華に対する批難ではなく――



 新野で半分隠遁しながら県令をしている鳳雛が――

 遠く益州で、北燕と曹魏の戦を静観し、分析していた青年法正が――

 そして、江東の王の許で、軍権を預かっている稀代の将、周喩が――

 この三人が口にした言葉は奇しくも同じであった。


 

 『もう遅い――』と。


 
 洛陽と宛を陥落させ、長安へと進軍する北燕の各部隊に二つの情報が届けられた。

 ひとつは、涼州で翠の父の盟友であった韓遂(かんすい)が曹魏に対して、叛乱を起こした事。

 そして、もうひとつは、鄴の留守を預かる大将軍の伯珪からもたらされた情報であった。

 




 ――青州の各所で住民が暴動を起こしたと。

 民を煽動したのは形骸化した筈の黄巾党の残党だった。

 



 そして、その首謀者は、かつて彼らを導いた黄巾党の長であった、張角の弟である張宝の一子、“張姫”という妙齢の女性であった。







 蒼天に灰色の雨雲が懸かり出す。そして、外史の歯車は、まるで泣いているかのように、ぐるぐると回る――

 第三十九章 了


 H20 8/3 初版 Blogにて仮UP
  
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/56132
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[6]  | Trackback[0]  
2008年07月15日 @ 11:41PM
 妄想†夢想 キリ番SS 

 恋姫†無双 キリ番SS (666666 HIT SS 九龍様)

 


 蓮華編 

 
 ※はじめに
  
  孫権=お酒好き
  という、イメージしかわかなかった自分にorz
     


  後、表現が一部、エイプリルフールSSの時みたいにちょっと過激かもしれないので一応、十五歳未満禁。
 
  申し訳ありませんがお読みになられる時は自己責任でお願いします。


 

 江東の碧眼美女はお酒がお好き?  





 曹魏を討ち、南国の孫呉をも併呑した北郷の王こと北郷一刀には今、気になる事があった。

 無論、中国大陸の殆どを統一したとは言え、戦乱に明け暮れ疲弊した国の再開発や、歴史の裏で暗躍している白装束達の所在が未だに掴めないことなどの諸問題はあったが、それは“王”としての公的な立場の事であり、今、彼が気にしているのは“北郷一刀”という一個人私的な立場からであった。

 一刀は、本日の朝議の後、執務室兼寝室で朱里から渡された行政府の仕事に関する採決が書かれた竹簡の山を黙々と処理していた。

 お昼すぎに月が運んできてくれた食事を食べ、その後、食器を片付けにきた詠へ行政に関する質問をして、彼女に叱られながらも何だかんだで結局アドバイスを貰い、引き続き仕事をしていた一刀だが、ふと、溜め息をひとつ吐いて、筆をすずりに置き天井を見上げる。

 そして何やら少し、思案した後、座臥の下に隠してあった履物を出し窓から抜け出すのであった。



 まあその結果、一刀の仕事ぶりを見に来た愛紗が一刀の不在を知り、執務机の上に置かれた紙に『探さないでください』との書き置きを発見し、彼女は、顔少し俯かせながら不敵にワラう。

「ふふふ、またですか? ほんと、懲りない御方ですねご主人様は――毎度毎度、そんなにわたしを怒らせたいのですか!?」

 紙を手でビリビリに破き、咆哮する愛紗。どうやら、ひとりの夜叉を覚醒させてしまったようであった。

 一刀も懲りない――いや、ここまで来れば、ワザと愛紗を怒らせているように見えないでもない。要は、好意を持った女の子にはつい、意地悪したくなる感情が入っているのであろう。

 兎にも角にも、一刀が愛紗に見つかったらゲームオーバーという宮中では、わりと日常的な鬼ごっこが今日も始まろうとしていた――




 余談だが、鬼である愛紗が一刀を発見した時に彼が他の女の子と楽しげにしていた場合は、アイシャゴン覚醒の後、三途の川体験日帰りコース一直線である。



 さて、仕事を放り出した一刀は、ある場所に赴いていた。

 その場所とは、一応、捕虜という名目で捕らえている華琳に宛がわれた部屋である。

 一刀は部屋の扉をコンコンとノックし、中から「どうぞ」という言葉を聞き、中へと入った。

「――お邪魔するよ」

「あら? 誰かと思えば一刀じゃない。どうかしたのかしら?」

 部屋の主である曹操こと華琳は、書物に埋もれた机の隙間から顔をのぞかせていた。

「――また、すごい光景になっているな」

「そうね。暇つぶしに孫子の兵法書の編纂をはじめたのだけれど結構、おもしろくてつい熱中してしまっている最中よ――ああ、報告が後になったけど、この本はここの軍事府から借りたモノだから」

「ああ、それは構わないよ――そう言えば、他のみんなは?」

 部屋の中をキョロキョロ見渡しながら、そんな事をのたまう一刀に華琳は少しムッとした表情になる。

「春蘭はこの部屋の惨状を見て知恵熱を出して、秋蘭が付き添って部屋から出て行って、桂花は私の頼みごとで席を外しているし、季衣はあなたの所のおチビちゃん(※鈴々のこと)と今日こそ決着をつけてやるっていきこんで出て行ったわよ」

「華琳?」

 何故か、不機嫌そうな声音でそう伝える華琳に一刀は首を傾げる。

 そんな一刀の態度に華琳は「はぁー」っと呆れた溜め息を一つ吐くのであった。

「まあ、朴念仁のあなたに期待してもしょうがないわね――で、ここに来たって事は、何かしら用事があるってことでしょう? なにかしら?」

「ああ、実は華琳に頼みたいことがあってさ」

 一刀は華琳に視線を戻しながらそう答えた。

「へえー、中華を統一した王が虜囚の身である私に頼み事って何かしら?」

 華琳は、両手で頬杖を付きながら、幼さの残る顔立ちに妖艶な微笑を浮かべる。

 一刀は、華琳の視線にドキッと少し、ときめいてしまうが、首を振り、心を落ち着かせる。

「ん。実は、桂――いや、華琳が造った酒を少し分けて貰えないかなと思ってさ」 

 華琳は一刀の申し出に少し意外そうな表情を浮かべた。

「なんかヘンな事言ったのか?」

「違うわよ。あなた王――いえ、覇者としての自覚はないの!? わたしは、あなたに負けた捕虜よ? そんなこと――これ以上言っても無理ね」

 華琳は一刀に権力者としての自覚の無さを誡めるため言葉を投げかけるが、何の事かわかっていないキョトンとした一刀の表情を見て、それを止めた。

 そして、それならそれとして、言葉を紡ぐ。

「まあ、好きなだけ持っていけばいいわよ。けど――その見返りとしてあなたは何をくれるのかしら?」

 楽しそうな表情を浮かべながら、少し意地の悪いことを言う華琳。

「うっ……」

 一刀は痛いところを突かれたように眉を顰める。

 王とは言え、私用で仕える一刀の財産は、一兵卒の給金と同じ額。“女遊びをされても困るから”という理由で、相も変わらず、愛紗と朱里の紐は固いようである。

 まあ、そのおかげで紫苑などは時折、金欠の一刀の面倒を見ていたりして、彼の好感を得ているのだから愛紗達の策は完全とは言えないのだが。

 話は元に戻るが、華琳の造った(実際にはほとんど桂花だが)お酒は、あまり酒に詳しくない一刀から見ても市に売り出せば高価なものだと理解していた。

「……俺の出来る範囲であれば、一つお願いを聞くよ」

「殊勝ね」

 故に、一刀はそう答えたのである。

 華琳は、紙に酒蔵から必要な分だけ酒を持ち出す許可を一筆書き、一刀にそれを渡した。

「ありがとう、華琳。恩にきるよ」

「ひとつ、ついでに忠告しておくわ。――これからは、余り自分を安売りしない事ね」

「? ああ」

 一刀は華琳の言った意味を完全に理解出来ていなかったが、とりあえず頷いて答えたのであった。

「じゃあ、悪いけど急いでいるからまた」

「ええ、わかったわ」

 部屋を出て行った一刀を確認し、華琳は少し、疲れたような表情を浮かべ、椅子の背もたれに身体を預け、少し、ズレ落ちる。

「ふぅ、全くあの男は、自分の価値と置かれた立場が全然解っていないわね全く――捕虜に対しても、安請け合いしていると、いつか寝首を掻かれる事になるかもしれないのに」

(まぁ、でもそれならそうならないように一刀の支えとして、――宰相にでもなって、彼を補佐して、実質的な天下を取るのも悪くは――いや)

 そこまで思考して、華琳はぶんぶんと首を横に振って、少し頬を朱に染める。

「らしくないわね――いっそのこと、今回の借りのお礼は“あなたの正室にしてください”とでも言ってみようかしら? ふふふ、愛紗達の怒る姿が目に浮かぶわね――」

 華琳は今の暮らしを満更でもなさそうに過ごしているようであった。



 酒蔵から、少し大きめの徳利に酒を手に入れた一刀は、目的の場所に向かっていた。

「――主」

 だが、その道中、星と出会い呼び止められた。

「星」

 一刀の呼びかけに星は、満足そうに少し微笑みを携えて、一刀の許にやってきた。

「普段ならまだ、政務のご時間でしょうに、このような所でお会いするとは思いもしなかったゆえ――さぼりですか?」

「まあ、そんな所かな」

 星の言葉に一刀は、ごく自然に答えた。

 それ故に、星の視線が少し細くなる。

「ほう、そうですか……なれば、護衛も付けず、どのような理由があってこちらにお越しですかな?」

 一刀の行き先には宮中とは言え、彼が一人で行くには余りよろしくない場所であり、星は臣として己の主の軽率な行動を諌める。

「……ん」

 だが、一刀は星の質問に即答せず、視線を彼女から外して、どうしたものかと言わんばかりの態度で考え込んでいた。

 星は、そんな一刀の態度に、さて、どうしたものかと考えていたが、ふと、一刀の持っていた徳利に視線が移った。

「――主、それは酒ですね?」

「あ、うん。実は、華り――」

 一刀はハッとした表情になり慌てて右手で己の口を塞ぐ。

「なるほど。曹操が造ったアレですか――主、是非私も一献戴きたい「ダメだ!」――ふむ」

 普段の一刀らしからぬ発言に、星はよほどの事だと思考する。

「とにかく、今回は見逃してくれないか星。――頼む」

 一刀は両手を合わせて星に懇願した。

 星は、そんな自分の主君に思わず苦笑してしまう。だが、その瞳はどこか優しげに一刀を見つめていた。

「主、お顔をあげてください。何も無理やり取ってまで飲みたいとは思いませぬゆえ」

 一刀は顔を上げて「本当か?」という表情を浮かべてる。

「ははは、主は私を何だとお思いか?」





「――妖怪メンマスキー」 





 阿吽の呼吸、打てば響くという形で一刀はキッパリと迷う事無くよどみもせず、真剣な表情でそう答えた。

「ほう」

 星の整った顔立ちがヒクヒクと怒りで痙攣し、手にしていた槍を一刀の首へあてがう。

「はっ! しまったつい…・・・」

「――ついで許される問題ではないと私は思うのですが?」

 一刀は目的のために手にした酒を失わないように必死になっていた為、少し、注意力がおろそかになってしまい普段とても口に出せないことを口走ってしまったのである。

 星の気の篭った瞳に一刀は、蛇に睨まれたカエルのようになり脂汗をダラダラと掻き、迫りくる恐怖に恐怖で目を閉じた。だが、酒だけは何としても死守せんと後ろ手で背に隠す。

 だが、一刀の予測を超えて星は――





 ――ちゅっ




 何が起こったか咄嗟に理解できない一刀は己の唇を指であてがう。

 そして、星に視線を向けると、彼女は少し頬を朱に染めながらもまるで、イタズラ猫のような表情で微笑んでいた。一刀と同じく、人差し指を己の唇に当てながら。

「ふふふ、今回はこれで無しという事にしておきましょう――主、少しの浮気ならそれも男の甲斐性とは思いますが、私も女ですので、お慕いしている殿方が、他の女を必要以上に気を遣うのは正直、好ましくありませぬ――まあ、今回はお優しい主に免じて見逃しますゆえ」

 星は、石のように硬直している一刀の頬を愛しそうに優しく撫でると、その場を後にする。

「…・・・」

 後ろの柱の影から感じる、戸惑いと怒りと嫉妬を含んだ視線を背に感じながら。

(ま、今回は貴女に主を譲るのだから、このくらいの役得は貰っておいて然りだろう?)

 星は本当に楽しそうに口元をニヤリとさせながら、飄々とした態度で去るのであった。
    




「――全く、星のやつにも困ったもんだな」

 そうブツブツ言いながらも先程の星との情緒を思い出し、少し頬を赤くする一刀ではあったが、目的地である孫権こと蓮華の部屋の前に辿り着き、コホンと咳払いをして心を落ち着かせる。

 そして、コンコンと部屋の扉をノックした。

「蓮華。一刀だけど」

 だが、反応が無いのでもう一度、ノックする。

「蓮華ー」

 さらにもう一度。

 一刀は蓮華が不在な事に首を傾げる。

 記憶に間違えがなければ今日の午後、彼女は部屋にいる予定であっただからだ。

 故にこうして、一刀は午後の政務をサボってきたのではあるが。

 彼女に対して気になる事がある一刀はここで諦めたら、次の機会が得られるのか解らないと考えていたが、ふと、扉をよく見ると、少し開いていたのである。

 悪いとは思いつつも一刀は部屋の扉を開けた。

「蓮華?」

 探し人は部屋の中にいた。

 ただ、椅子に座って顔を俯かせているので彼女の表情が今どのようになっているのかは、一刀の位置からわからない。

「……お邪魔していいかな」

「何のようかしら? “北郷”」

 どこか陰の雰囲気を纏い、虚ろな表情で言葉にそう答えた蓮華。 一刀は思わず、一歩後ずさってしまう。

 呼び名が”一刀“から”北郷“へ変化しているのも気になったが、これではどのみち埒があかないと考えた一刀は勇気を出して声を出した。

「蓮華に逢いにきた」

「うそ」

「? うそじゃないよ。どうして、そう思うの?」

「さっき、そこで趙雲将軍と仲良くしてたじゃない――唇まで交わして」

 蓮華の言葉に一刀は、見られていた事に驚いたと同時に、星のおかげで話が、余計にややこしくなってしまった事に頭を悩ませる。

「あれは――事故のようなもので、たまたまそうなっただけで、あまり深い意味はないよ」

 星がこの場にいたら、間違いなくオシオキされそうな事を言う一刀。

「ふーん。北郷は、好きでも無い相手と唇を交わすのね」

 蓮華の言葉に一刀は、突然、真剣な表情に変わる。

「いや、そんなことはない。今回は事故だったかもしれないけど、俺は、星の事が好きだから、そんないい加減な事はしない」

 一刀の剣幕に、何よりも『星の事が好きだから』という言葉に、勢いに押される蓮華。

 そんな彼女の心の動揺を察した一刀は首を横に振る。

「いや、こんな事で言い争うために俺はここに来た訳じゃない」

「……」

「――蓮華と一緒にこれを飲もうと思ってね」

 一刀は徳利を持ち上げて、笑顔を浮かべて蓮華にそれを差し出した。

「――えっ?」

 思いもよらない一刀の言葉に蓮華は、纏っていた陰の空気が一気に四散し、小麦色の頬を朱に染める。

 ―― 一刀が私に逢いにきてくれた?

 きちんと、そう理解した蓮華は、先程、外で見た一刀と星の一見すら忘れ、急にソワソワし始めた。

(か、一刀が逢いにきてくれたのに、わ、私、きちんと身なりを整えない!?)

「蓮華、どうかしたのか?」

「! ううん、何でもない」

 恥ずかしそうに身を縮こまらせて、顔を俯かせる蓮華。

「まあ、この酒をぱーっと飲んでさ、面倒なことは忘れてさ。気晴らしでもしようよ」

「えっ?」

 一刀は蓮華が塞ぎ込んでいる理由を彼なりに理解していた。

 北郷軍に破れ、呉の王としての地位を失い、しかし、一刀のはからいにより生きながらえることが出来、建前は捕虜ということで、新しい環境に置かれ困惑していたこと。

 曹操のように機転が利き、要領がいい人間なら兎も角、蓮華のように不器用で一途な人間はどうしてもそういった新しい環境には馴染めず、また、消極的な性格が災いして塞ぎ込んでしまう。

 それは、性格のことはさて置き、一刀がこの外史に飛ばされた直後と似たような状況であったからだ。

 いくら、愛紗や鈴々が傍に居てくれたとは言え慣れるまで孤独感は消えなかった。故に、蓮華の気持ちを考えると、一刀は放って置く事が出来なかったのである。

 さらに彼女は、先の戦いで仲違いはしたものの姉亡き後、自分を支えてくれていた周喩――冥琳を失ったことも大きい。
 
 一刀の気になる事というのは、仲良くなった蓮華が塞ぎ込んでいるので何とかしたいという事他ならない。

 それで、考えついたのが酒盛りというのは考え物ではあるが。

 だが、蓮華にとっては、“一刀が自分の事を気にかけてくれていた”というのが重用なのであった。

「……あ、ありがとう一刀」

「ははは。さあ、飲もうか。味の方は保障付だからさ」


 こうして、二人は酒を飲み交わす事になった。

 ――だが、一刀は一つ気づいていないことがあった。 
 


 孫権仲謀といえば――無類の酒好きなのである。

 しかも酒癖が悪く、人にも無理やり飲ませたりし、度々、それが臣下とのトラブルのもとにもなっていたという記述があったことを一刀は覚えていなかった。

 故に、飲み始めて数刻後に彼の不幸は始まるのであった。



 北郷一刀は今、窮地に瀕していた。

 蓮華と軽く飲み始めていた時は、談笑交じりにほんわかとした空気であったのだが、貰ってきた酒を二人で飲み干し、追加を貰ってきてから、その様子が段々と変化してゆく。

 何時のころかは覚えていないが、蓮華の目は座り、ただ無言で酒を煽り出したのである。

 その空気が一刀には重たかった。

 そこではじめて、鹿児島の祖父の家で読んだ三国志の本に『孫権はお酒が大好きであり、酒癖が悪かった』という記述を読んだことがあるようなないような気がしてきたのである。

「―― 一刀」

 ジト目で蓮華がこちらを見据えてきた。

「ん? なんだい蓮華」

 酔っ払いは刺激しないに限ると考えていた一刀はやんわりと蓮華の言葉に応じた。

 ずいっと酒の入った器を一刀に差し出す蓮華。

「まだ、こっちに入ってるよ?」

 一刀は自分の手にした器を少し持ち上げて彼女に見せる。

「ん」

 だが、それとはおかまいなしに蓮華はさらに手を伸ばし、器を一刀に押し付ける。

「……」

 一刀は、それを受け取る。

 手持ち無沙汰にどうしたものかと考えながら、酒を眺めているとじぃ〜っとこちらを見ている蓮華の視線を感じた。

 一刀が蓮華に視線を向けると彼女は、無言でこちらをずっと見ている。

 試しに一刀が、手にしていた酒を一気に煽る。

 すると、彼女は表情を嬉しそうに崩した。そして、空になった器に新しい酒を注ぐ。

 一刀が躊躇していると、蓮華は表情をまたいつものポーカーフェイスに戻し、「ん」と言って、その器をずずいっと一刀に差し出してきたのである。

(――もしかして、エンドレス!?) 

 流石に一刀はこのペースで飲まされたら潰れると、自分の酒量を弁えていた。

「あー蓮華? 俺、これ以上はさすがに……」

 と、一刀が断ると――

「……ひっく、えっぐ、えっぐ」

 蓮華は、碧い瞳からぽろぽろと涙を流し始めたのである。

 普段のクールな彼女とは違い、まるで幼子のように涙を流す。

「ははは! よし! どんときなさい蓮華クン!」

 一刀はそんな蓮華を宥めるために、胸を張り“どーんとこいカモーン”と虚勢を張る。

 すると蓮華はまるで向日葵のような笑顔になり喜びの表情を浮かべた。

「……」

 そんな彼女に見惚れてしまい動きが止まる一刀。そんな彼を余所に蓮華は笑顔のまま彼の器にトクトクと酒を注ぐ。

 そして、一刀は頑張って酒をあおる。

 蓮華にもうキツイと告げる。

 蓮華悲しむ。

 一刀酌を受ける。

 蓮華喜ぶ。

 一刀頑張って酒を胃に流し込む。

 蓮華笑顔で空になった一刀の器に酒を注ぐ

 エンドレス。

 こんなことが幾たびと続き、一刀は机にうつ伏せに倒れてしまう。

「……さ、さすがに、もう、飲めない」

 一刀がこれ以上は、勘弁してもらおうと蓮華の顔を見上げると――彼女は、倒れた一刀が不満らしく、不機嫌な表情をしていた。

 蓮華は、一刀が見上げている事に気が付き、また空になった器に酒を注ぐ。

「いや、蓮華さすがにこれ以上は――」

 と、一刀がうつ伏せのまま苦笑いを浮かべながら蓮華にそう告げる。

「……勝負」

「は?」

「私の酒が呑めないというなら、それ相応の事をしてもらう――そうね、何か面白いこと言って私を笑わす事が出来たら勘弁してあげるわ」

「……」

 蓮華のあまりにも理不尽な提案に一刀は頭痛を感じるのだが、さりとてこれ以上酒は飲めそうに無い。故にそれの話に乗る。

「ん……」

 一刀は少し考え、やがて答えが出来たのか、蓮華に視線を戻した。

「えーっと、“周泰(しゅうたい)さんがお酒を飲んで醜態を晒す”なーんてね」





 ひゅるりら〜




 彼が選んだのは、駄洒落。しかも、かなり寒い。

 とりあえず炎も凍てつくような蓮華の流し目が一刀の心臓に突き刺さる。

 さらに、その場にシュタッっと音を立て、天井から影が降りてくる。

 その影は、クノイチのような忍者衣装を身に纏った蓮華のボディーガードである周泰こと明名(みんめい)その人であった。

「「「・・・・・・」」」

 何ともいえない気まずい空気に支配されてしまう。

「……う」

「う?」

 明名の言葉に一刀が首を傾げる。

 そして――


「うわ〜ん! かずとさまの馬鹿ぁ〜! 私、蓮華様みたいに酒乱じゃないもん!」

 そして、そのまま部屋を飛び出しフェードアウト。

 普段、大人しい彼女が取り乱した事に一刀は驚きを感じつつも、どうしようもないので諦める事にした。

 だが、一刀はそれで窮地を脱したわけではない、明名の出て行った扉を見ていたのだが、悪寒が彼を襲う。

 そして、振り向くと、何時の間にか席を立ち一刀の後ろに回りこんだ蓮華が酒の入った器を手にしていたのである。

「おもしろくなかった――だから、罰として飲む」

 淡々と冷酷な表情で一刀にそう告げる蓮華。

「いや、蓮華。うん、落ち着こう」

 一刀は何とか蓮華を宥めようと立ち上がり彼女の両肩に手を置き、椅子に座らせよと促す。

 そんな一刀の心中をよそに蓮華は器に入った酒を少し口につけた。

(ああ〜こんなに蓮華が酒癖が悪いとは……もうちょっと別の手段を考えるべきだった――んぐうぅ!?」

 思考が突然途絶え、一刀は口の中に突如、広がる酒の味を感じた。

 そして、鼻腔に広がるのは、目の前で一刀の口を自分の唇で塞いで酒を口移しで流し込んできた蓮華の甘い香りであった。

「――!?」

 ピチャ、ピチャとどこか淫靡な音を立て、酒と唾液が蓮華の舌が交わる感触に一刀は目を見開いて石のように固まってしまった。

「――ぷはっ」

 蓮華は一刀の口内を充分堪能し、満足したのか一刀から唇を離した。

 その表情は、艶かしく喜びに満ちた女の表情を浮かべていた

 一刀の唇と蓮華の唇との間に銀糸が一本垂れている事が先程の行為の激しさを物語っているようであった。

 そして、一刀は――




 目を見開いたままそのまま後ろに後頭部から、ばたーんっと倒れてしまったのである。



「……?」

 蓮華は何故、一刀が倒れたか理解できないようで、可愛らしく首を傾げていた。

 一刀の頬をぷにぷにと指で突いて、反応が無いことを確かめると、蓮華は器に入っていた残りの酒を飲み干し、寝台にあった毛布を一刀にかけた。

 続いて、その場で蓮華は頭に付けている冠を取り、机の上に置く。

「ふぅ」

 そして、毛布をめくり、気絶した一刀を抱き枕のように抱えながら、彼の胸に寄り添う。

「ん〜おやすみ、かずとぉ」

 ここに来て、いや、姉の孫策が無くなって依頼始めての心底に幸せそうな笑顔を浮かべ蓮華は、一刀の横で目を閉じたのであった。




 孤独な王であった呉の元王は、一刀に出逢い、そして敗れてこうして生活するようになり、本当の“蓮華自身”の幸せを掴み始めていたのかもしれない――





 願わくばこの不器用なまでに生真面目で、心優しき少女に幸せを――



 終劇





 おまけ


「うーん」

 一刀は閉じた瞳に陽光を感じ、意識を覚醒させた。

 シュルシュルとを音を立てながら毛布を体から除け、腰を起こす。

「――頭が痛ぇ」

 ズキズキと頭が痛み、吐き気を少し感じながら一刀は立ち上がろうとしたが、半身に重みを感じ、そちらに視線を移すと――

 そこには自分に寄り添うようにして、幸せそうな寝顔をしている蓮華がいた。

 その状況に一瞬、ドキッとしたが、彼女の表情を見るとそれも落ち着く。

 優しく蓮華の前髪を指で梳く一刀であったが――背後から感じる身の危険に振り向かないほうがいいと頭の中で解っていても振り向く。



 そこには、阿吽の金剛像よろしく若しくは、西遊記に出てくる金角、銀角兄弟のように仁王立ちしている愛紗と思春がいた。



「――ご主人様? 昨日は政務を放棄してこのような所でさぼっていたのですか? さぞ、お楽しみだったようで」

 一刀を冷たい瞳で見下している愛紗。

 昨日、一刀の姿が見当たらず始めは怒りでうち震えていたが、やがて、不在な事にそれは心配にかわり、必死で彼を探していたらしい。

 愛紗の瞳にはクマが浮かび、手入れの出来なかった美しい髪が少し乱れている。――故に怖さは倍増である。

「北郷一刀、貴様! 蓮華様に対してどのような不埒な振る舞いをしたのか!」

「えっ? ……」

 激情する思春の言葉「不埒な振る舞い」というキーワードに一刀は、昨日、意識を失う前に蓮華に情熱的なキスをされた事とその感触を思い出し、目の前に居る二人から視線を外し、頬を染める。

 ブチッ!

 一刀の態度に愛紗と思春は堪忍袋の緒が切れた。



 ドンガラガッシャン! ドタン! バタン! 

 滑稽な音を立てながら、二人の猛将から処刑を喰らう一刀であった。







「――あ、愛紗! 俺のお尻に青龍偃月刀は入らないから! アッー!」

 一刀の雄叫びが虚しく、朝議前の宮中の中に響き渡る。

 そんな中にあっても、碧眼の少女は安らかな表情ですやすやと幸せそうに寝息を立てていたそうな――







 おまけ その二 


「とほほ〜 愛紗も思春も、手加減してくれよ全く」

 身体のいたる所に包帯を巻き、頬に残る引っかき傷が非常に痛ましい姿を晒している一刀は、遅れが出ていた政務にしぶしぶと励んでいた。

(まあ、痛い目にはあったが、蓮華が元気になったのならそれでいいかな)

 一刀は筆を動かしながら、そんな事を考え少し微笑むのであった。

「――失礼します」


 そんな事を考えている一刀の許へ、愛紗が訪れてきた。

 彼女は、少し緊張した面持ちで一刀の傍へと歩いてきたが、執務机を挟んだ状態でピタリと動きが止まった。

「? どうしたの愛紗」

 両手を後にやり、なんだがそわそわしている愛紗を不審に思った一刀が声をかける。

「ご、ご主人様!」

「は、はい!」

 突如、叫んだ愛紗に吃驚した一刀は背筋を伸ばし返事をする。

 そして、ダンッ! と大きな音を立てながら、愛紗の手により机の上に置かれたのは徳利であった。

「――もしかして、お酒」

「はい、ご主人様が仰るとおりです」

「また、なんで?」

 一刀のその言葉に愛紗は、耳まで真っ赤にさせ、俯く。

「ご、ご主人様も考えてみれば年頃の男性です。で、あるなら――やっぱり、こう政務や会議ばかりだと、その溜まってしまうのは無理もないかと」

「は?」

 愛紗の言葉の意図が読めない一刀は首を傾げる。

「で、ですから! そのはけ口を求め、捕虜の身にある女性を用いて解消して、それが街中に広まったなら、国の品位が民に問われてしまいます!」

「あ、愛紗」

 そこで、愛紗が何を言っているのか理解した一刀は、先日の蓮華との件を思い出し恥ずかしさで頬を朱に染めてしまう。

「――ですから! そ、そのような事をなさらずとも、臣下である私にお申しつけてくださればいつでも……ごにょごにょ」

 愛紗は恥ずかしそうに身を小さくさせながら、一刀にそう告げる。

「い、いや、なんだその」

 好意を抱いている異性からそんなアプローチを受ければ一刀とて、嬉しくないなんてことはない。

 何ともいえない二人の間に微妙な空気が流れる。それを破ったのは――





「お兄ーちゃん! 鈴々と一緒にお酒を飲もうなのだ!」

 自分より大きな瓶を背負ってまるでお日様のような笑顔を浮かべながらやってきた鈴々。



「あ、あの! 本で調べて気分が和らぐ薬草の入ったお酒を作ってみたんですが――はわわっ! 愛紗さんに鈴々ちゃん!?」

 自分で調合した酒を手にしてやってきた朱里。



「ごごごごご、ご主人様! あたしの故郷の西涼のお酒を部下の奥さんから貰ったんだ! よかったら…… なななな、なんでみんなもいるんだよ!」

 なにやら決意した真剣な面持ちでやってきた翠は、一刀以外にも人がいた事に驚き、首まで真っ赤にさせて、部屋の隅へと後ずさって「う〜」と唸りながら、一刀を恨めしそうに見る。



「主、街の酒屋でここより遠き国から仕入れた珍しい酒を手に入れましたぞ――ん? ふむ、“皆も考える事は一緒”なのか」

 翠の後に、窓から侵入してきた星は、部屋の中にいる者達を見渡して、満足そうに微笑む。



「失礼しますわ――ご主人様」

「ごしゅじんさまー」

 そして最後に部屋に現れてたのは、娘を抱っこしながらニコニコと楽しそうな笑顔で入ってきた紫苑と、母に抱かれて、お酒の入った瓶を落とさないように両手に抱えた璃々であった。

 何気に璃々の衣装が、月や詠が着ているメイド服と同じである。

 娘に何をさせる気なのでしょうか紫苑さん?



「……」

 一刀は執務机にパタンと力無く、うつ伏せで倒れる。


 もう、お酒は当分コリゴリだと思った一刀であった――




 おしまい




   

あとがき


 666666Hit キリ番SSがようやく完成しました。(約二ヶ月以上)

 九龍さまのご依頼は蓮華で、外史を舞台にした外伝との事でしたが、こんな感じになりました。orz

 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 それでは、短くて申し訳ありませんが、失礼します。



トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/55004
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[4]  | Trackback[0]  
2008年07月04日 @ 02:49AM
恋姫†無双 二次創作SS その38



 燕国首都鄴。

 城壁に囲まれた街の中央に位置する仮皇宮。

 中庭に設置されている天蓋つきの卓上の周りには今、劉協を始めとした留守番組が集まっていた。

 晴天に恵まれたおかげで、穏やかな気候を感じながらお茶とお菓子を楽しみながら彼女達は互いに交流を深めていたのである。約一名、ヒモパン一丁という姿の自称乙女が含まれてはいるが)

 そこへ、一刀から授かった雌雄一対の刀の片割れを腰に差した華雄が訪ねてきた。

「陛下、遅れて申し訳ございません」

 恭しく頭を下げる華雄。

「いや、忙しい所に無理を言って呼んだのは朕であるゆえ――さ、そちらへ」

 劉協は、華雄に空いている席に座るように促した。

「では、失礼します」

 華雄が席に着くと共に月が、さりげなく茶淹れだす。

 その音を聞きながら、華雄は、視線を月に向け、板に付いた様子で給仕をしている月の姿を見て、表情に少し微笑みを浮かべていた。

「――華雄殿に来ていただいたのは、他でもない。先だって、その、遠征軍と河内(カダイ)で合流した時の、皆の様子を聞きたくて」

「報告書は読んでいただいたのですが、是非、当事者の声が聞きたいそうですわ」

 丞相である麗羽が、まるで、妹か娘を見守るような慈愛を浮かべた表情を幼き皇帝に向けながらフォローする。

「先に帰還した紫苑は、朱里の伝令を受けて即座に物資、食料を急いで整えて出立したから、詳細を聞く暇がなくてな。それで、お前さんの出番という訳だ」

 大将軍の地位に就き、北燕の留守を預かっている伯珪が、麗羽の言葉に続いた。

 茶の入った陶器が華雄の前にコトリと音を立てながら置かれる。視線を向けると月が、じっと、こちらに視線を向けていた。言葉に表せば、すごく話を聞きたそうな表情をしている。

「そうだな――」

 華雄は、河内で合流した、遠征軍の様子を話し出す。

 その場にいた、劉協を始めとした、月、麗羽、伯珪、詠、貂蝉は真剣な表情を浮かべながら、華雄の話に聞き入っていた。

 恋は、我関せずといわんばかりに、用意されていたお菓子を頬張っていたが、若干、その表情がいつもと違う。

 音々音は、伯珪の言葉に母紫苑に会えなかった事を思い出して、しょんぼりしていた璃々をあやしながらも、話は聞いている。

 漢津港で、敗戦はしたものの士気は未だ上々であることを伝え、一刀本人からへの璃々と音々音それに月への謝罪の言葉を告げると、話を聞いていた皆に安堵の表情が浮かぶのであった。

「……お元気そうで何よりです」

「そうね。けど、ご主人様が無茶したとしても、朱里ちゃんや斗詩ちゃんが諌めるだろうから大丈夫でしょうね」

 月がほっと胸を撫で下ろし、貂蝉が、頬に手をあてながら、皆を安心させるような言葉を紡いだ。

 だが、皆が安堵する中、ただ、詠一人のみが、険しい表情を浮かべていた。

(……相当、面倒な展開になっているようね)

 報告書に目を通し、華雄の語りから、詠は遠征軍が綱渡りのような戦いを続けている事を確信した。

 正確に言えば、それは、戦略を立てた時から予想の範疇には入っている。

 だが、漢津港占領の失敗、愛紗が率いる別働隊の遅れ、そして、何より曹魏が行っている徹底的な焦土作戦。

 一歩間違えれば、燕は滅亡へと向かう。
 
(にも関わらず、黄忠将軍が食料を最低限にしてまで、『アレ等』を持っていったという事は――)

 詠は、そう思考しながら、青空の広がる空に視線を向ける。

(――朱里。ここが、アンタの『軍師』としての正念場なんだから頑張りなさいよ)

 己の主君を支える参謀という共通点から互いに親交を深め、口には出さないものの、信頼をしている朱里に詠はエールを送るのであった。



天上人演義 〜北郷一刀 外史伝〜

第三十八章 曹魏の狩人から天の御遣いを守護する北燕の智謀の龍



 朱里からの伝令を受けて、兵站輸送の任に当たっている紫苑の部隊は、鄴より南下して黄河を渡り、陳留を経て、許昌へと到着していた。

 そこで、一刀達、遠征軍本隊が、洛陽に向かい北側の険しい渓谷へと進軍した後から遅れること五日後に、許昌に辿り着いた愛紗の率いる徐州軍と小蓮の率いる呉軍との連合軍と合流する。

 連合軍は許昌での大休止を終えた後、西進し、荊州との国境に近く劉表との最前線である宛へと進軍する事になっている。

 だが、その宛にいる太守は、曹魏の双璧と謳われる夏候姉妹にも負ける劣らずの鎮南将軍こと『曹魏の盾』の異名を持つ曹仁が立ち塞がり、一筋縄ではいかない。

 けれど、宛を制圧するという事は荊州との連絡が容易になる。即ち、劉表を始めとした諸侯との曹魏への共闘体勢を敷く事が可能になるのであった。

 紫苑は、補給物資を麋竺と麋芳に渡す手続きを済ませ、その場にいた、霞と小蓮の二人と少し再会の会話を楽しんだ後、愛紗と星の所在を尋ねた。

「星は、今、どこにいるのかわからないわ。きっと、お酒を片手に陣中をふらふらと警邏しているんじゃないかな?」

「せやな、そんで愛紗の方は――」

 霞と小蓮は、互いに少し困った表情を浮かべながら、互いに視線を交わす。

 その様子に紫苑は自分の知らぬ所で、由々しき事態があったと推測するのであった。



「……」

 愛紗は、許昌北側の城壁の上で、少し強い風の所為で頬にかかる黒髪を左手で梳きながら、遠くを見つめ、その場に佇んでいた。

 彼女の視線の先にあるのは、許昌と洛陽の間を遮るように横たわったまるで、龍の背のような渓谷であった。

 そのどこかに、一刀がいる。

 ここから、行軍で数日の場所にご主人様がいる。

 そう考えると、愛紗は己の心が、ざわめくのを感じていた。

(――ご主人様に、一目でいいからお逢いしたい)

 右手を胸の中央に持っていき、逸る心を抑える為に身に付けているネクタイをギュッと握る。

 その表情は憂いを含み、そこには軍神と称される姿はなく、唯、想い人の事を懸想する一人の少女のようであった。

「――愛紗ちゃん」

 そこへ、愛紗を探していた紫苑が、後方より優しく声を掛けてきたのである。

「し、紫苑か? ああ――そう言えば、今日辺りに合流すると霞から報告を受けていたな。すまない」

「ふふふ、いいのよ。それより、ちょっといいかしら?」

 羞恥心から頬を染めて視線をあらぬ方向に向け、謝罪する愛紗を可愛らしく思いながら紫苑は、彼女の横へと赴く。

「……ああ」

 愛紗の返事を聞き、城壁の凹凸部に腰をゆっくりとかける紫苑。

「……」

「……」

 そして、互いに沈黙に包まれる。

 紫苑は、風を肌に感じ、目を閉じながら気持ちよさそうに微笑んでいる。

 そんな彼女の表情を時折、盗み見るように愛紗はチラチラと視線を向けていた。

「――し、紫苑」

 その雰囲気に耐えられなくなった、いや、何かしら紫苑に聞きたいことがあったのか愛紗は、少し、どもりながらも彼女に声を掛けた。

「愛紗ちゃん、なぁに?」

 まるで、娘の璃々に向けるような愛の篭った表情を浮かべながら、紫苑は愛紗に問い返す。

「あ、あのだな。――その、……ご、ご主人――いや、すま――「ご主人様は、いつも愛紗ちゃん達のことを気にかけていたわよ」――!」

 紫苑に心を見透かされた事に愛紗は、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。

「――愛紗ちゃんは、隠し事には向かないわね」

「……むっ、仕方なかろう。これは、生まれつきの性分ゆえ」

「ええ、だからご主人様もそんな愛紗ちゃんの事が愛おしいと感じていらっしゃるのでしょうね――うらやましいわ」

「なっ!」

 紫苑の言葉に今度は、目を見開き、首まで真っ赤になって、驚く愛紗。

 そんな彼女が可愛らしく思えて紫苑は、クスクスと笑ってしまう。

「い、意地の悪い冗談を言う」

「あら? 私の今の言葉に嘘偽りは全くないわよ?」

 普段の表情とは違う、まるで子供のような悪戯っぽい表情で紫苑は愛紗そう告げた。

「し、ししし紫苑!」

 先程から、忙しく百面相をしている愛紗。

「――少しは、元気が出たかしら?」

 その紫苑の言葉に愛紗は、ピタッっと動きを止める。

「――あ……」

 どこかしら不安と困惑が混ざった表情を浮かべている愛紗。

 紫苑はその場から立ち上がり、そして、身長差がさほどない、愛紗の頭をまるで子供をあやすように優しく胸の中で抱いた。

「――みんなからは、何も聞いていないけど、色々大変だったみたいね? 信頼に応えようと一生懸命頑張っている愛紗ちゃんを、ご主人様はきっとうれしく思っていらっしゃるわよ」

「あ、あ、あああ……うっ、ううう」

 張り詰めていた愛紗の糸が紫苑により断ち切られた。

 愛紗はまるで幼子のように泣いた。

 流石に理性が少しでも働いているのか叫びはしなかったが、嗚咽を洩らし、頬を涙で濡らす。

 紫苑は、母のようによしよしと愛紗をあやす。

 ただ、零れる涙を拭いてあげることは躊躇われた。

 愛紗の涙を手で拭ってあげれる存在はこの世にたった一人。

 そう、北郷一刀しかいないのだから――

 軍神は、紫苑という母の慈愛に、少しだけ心救われたのかもしれない。

 そして、その光景を物見台の影から隠れて見ていた龍の尻尾を連想させる髪を靡かせた少女が、そっと、その場を後にするのであった――


 
 洛陽の政庁内にある軍事府。

 曹操の命令によりこの地の防衛の任に当たっている夏候淵は、夜も更けたこの時間に灯りの下に照らし出された洛陽近辺の地図と睨み合いを続けていた。

(敵軍――北燕は、次に必ずここに攻めてくる。問題はその経路だが……)

 夏候淵は、指で洛陽の北側に位置する漢津港を指し、その指を東側にスライドし、氾水・虎牢関に持っていく。

(今までの動きを考えると、時間が掛かる堅牢な関を攻めることはまずありえない。……となると、やはり――ここか)

 再び指をスライドさせ夏候淵は、洛陽の南に位置する東から西にかけて横たわる山岳を指す。

(許昌を陥落させたことと、先日から嵩山からの定期連絡が無い事を考えると、十中、八、九の確立でこの渓谷から進軍してくるだろうな)

 そして、彼女の瞳がある一点を捕らえた。

(渓谷から、洛陽に通じる道は三つ。そして、中でも一番兵士が展開できるこの主要街道を北進してくるだろうな)

 夏候淵はその表情に僅かな笑みを洩らした。――好敵手と認めた『北郷一刀』との勝負。

 徐州での戦、漢津港での戦では、他人がどう評価して、己の勝利だと言ったとしても、納得は出来るものではない。

 ――氷炎。

 夏候淵は、氷の下に隠された熱き炎を少しずつ燃えたぎらせていた。

(渓谷の各出口に壕を構築し、少数の兵で塞ぐ。そして、いずれ出てくるであろう敵の本隊を引き付けながら、平野部まで引っ張り出して騎兵の機動力を用いて敵を迎撃する)

 戦術は定まった。後は、好敵手である北郷一刀を戦場にて自分の弓で討ち取るのみ。夏候淵は、高揚感に包まれる感情を抑えつつ、その時を静かに待つのであった――

 

 一方、同時刻。

 許昌と洛陽の間に位置する嵩山に布陣した一刀達北燕本隊は、そこで洛陽での戦いに備えて、紫苑の到着を待って、大休止をしていた。

 その中のある天幕では夜が更けているにも拘らず、夜営の松明とは別の明かりが灯っている。

 その天幕の中にいる人物は、北燕の軍師である朱里であった。

 朱里は、卓上に地図を敷き、その上に無造作に木簡、竹簡を拡げ、ある報告書に目を通している。

 その報告書は、紫苑の手によって運ばれる予定の軍需物資の一覧であった。

 その項目の中には、長さが普通の倍以上ある長槍。

 銅盾の表面を鉄で覆った大盾。

 弩とそれに用いる大量の矢。

 騎兵が扱う片刃の刀(トウ)、などが記載されていた。

 そして、他の食料、油、資材等の項目に軽く目を通し、確認した後、朱里は地図に視線を向ける。

(このまま進軍すると、洛陽の郊外で一戦曹魏の軍と刃を交えないといけないかな。敵将はおそらくあの夏候淵将軍。――彼女は、ご主人様を好敵手としてみなしているふしがある。故に、油断がなく隙が見当たらない)

 そこまで、思考して、ひとつ溜め息を吐く朱里。

(けれど、そこに、彼女の絶対とも言える自信に勝機を見出すのが、軍師としての私の役目)

 朱里は真剣な眼差しで、卓上に広げた地図を見つめる。

(ここから、洛陽に出る『渓谷』を使用した道は三つ。けれど――)

 そして、再び、先程目を通した、報告書に目を通す。

(この戦いは――北燕にとって、ただ、勝てばいいというものではない――より、確実に勝利し、中原のみならず四海全体でこの戦いを日和見で観察している諸侯や名士の心に響く勝ち方をしなければ意味がない)

「朱里」

 そのような思考を重ねている朱里の背中から声が掛かった。

 一刀が天幕の中に入ってきたのであった。

「――あっ、ご主人様……」

「もしかして、考え事の最中に邪魔しちゃったか?」

「いいえ。大丈夫ですよ」

 一刀は朱里の傍に近づき、卓上の上の状況を見て、やりきれない表情になる。

「ごめん。俺、朱里達に頼っているばっかりだな」

 そう言いながら、一刀は朱里の髪に手を伸ばし、彼女の少し伸びた後ろ髪を優しく梳く。

 朱里は、少し頬を染めながら、一刀の行為を受け入れ、気持ちよさそうに目を閉じる。

「いえ、これが私の仕事ですから。それに、ご主人様にはこのようにして、充分に気を遣って頂いています」

 一刀の自責の念を気に病むことはないと、伝える朱里であった。

(――そう。ご主人様が、こうして気にかけてくれているだけで、私は――幸せなんだから……だから、きっと、大丈夫)

 朱里は心の中で、決意を強く固めるのであった。



 一刀が朱里の居た天幕を出て、空を見上げると、数多の星空が浮かんでいた。

 結局、一刀自身、実質上、遠征軍の指揮権を代行してくれている朱里の心労を少しでも癒すことが出来たかはわからないが、あのままその場に居たら、彼女の思考の邪魔になってしまうと判断した一刀は、天幕を後にしたのであった。

 朱里だけに限らず、鈴々や翠、猪々子は遠征軍の兵士達を鼓舞して常に前線で戦ってくれている。

 斗詩や馬岱は、みんなが潤滑に行動できるよう、よく補佐をしてくれていた。

 紫苑は戦場においては、難度が高く危険を伴う兵站の確保と輸送を完璧にこなし、柔軟な思考で時には大胆に、北燕の快進撃が滞らないよう軍需物資を運び続けてくれている。

 故に、一刀は皆を率いる『王』という立場でありながら、自分自身が足を引っ張っている現実に、こうしてやりきれない気持ちに陥るのであった。

 一刀はゆっくりと陣中の中を進み、天幕が周囲に張られていない外れに赴く。

「――ご主人様、護衛も付けずに夜の散歩は危ないですよ?」

 そう言いながら、一刀の後ろから現れたのは、斗詩であった。

 こころなしか、普段のような優しげな表情の中に怒気を含んだ様子の斗詩に一刀は、少し戦慄を覚えた。

「どうして、このような場所にいらっしゃるのですか?」

 斗詩の問に、すぐには答えず一刀は、夜空を見上げる。

 そして、ややあって口を開いた。

「俺は、こんな事で洛陽を守備しているあの人に勝てるんだろうか?」

 一刀の言葉に斗詩は『あの人』というのが、夏候淵を指していることを理解した。

 斗詩はそっと一刀の傍に近寄る。

 彼女の接近に気付いた一刀は、吐息が聞こえてきそうな距離まで近づいてきた斗詩に――異性である女性に少し、心臓が高鳴るのを感じていた。

 硬直している一刀の両手を、自分の手で、それぞれに取り、互いの指と指との間を絡ませるようにして、斗詩の肩の高さまで持ち上げる。

「ご主人様、どうか自信をお持ちになってください!」

 斗詩の行動に言葉に驚きの表情を浮かべる一刀。

「貴方なら、きっと、夏候淵将軍を打ち破ることが出来ます」

「と、斗詩さん?」

 微笑を浮かべながら、力強く己を励ましてくれる斗詩の行動に一刀は、訳がわからないと言わんばかりに、言葉の真意を聞こうとするが、彼女の名前しか口に出せなかった。

「確かに夏候淵将軍が強く、強敵なのは私も存じています」

「うん。――だから、俺の今の力じゃとても太刀打ちなんか――「出来ます!」――えっ?」

 斗詩の断言に、三度驚く一刀。そもそも、彼女はこんなに押しの強い女性だったか? と、一瞬、考えてしまうほどに。

「ご主人様。将の器量というのは何も、個人の能力のせめぎ合いだけじゃありません。ご主人様は、ご主人様のやり方で、夏候淵将軍を打ち倒せばよろしいではないですか」

「俺のやり方で?」

 過去の夏候淵との勝負において、個人での勝負に敗北を重ねている一刀は、『彼女自身との勝負』に固執してしまい、斗詩の言葉の真意を読み取ることが出来ないでいた。

「ええ、ご主人様は、みんなを信頼して、指揮を任せていますよね? 将達にとって主君から信頼を得ているという事は、何よりもの自信となります――ですから、自然体でそれを行えているご主人様は、今まで成してきたご自分を信じて、堂々と構えてくれていればそれでいいんですよ」

 斗詩の言葉に一刀は、自分の思慮の浅はかさを痛感した。

 そもそも、一介の高校生に過ぎなかった自分が、名将夏候淵に一人で相対するなど、なんて高慢な事を考えていたのだろうと。

 自分が王としてこの地に立っていられるのは、みんなのおかげではないかと。

 ならば、北郷一刀として成す事はひとつ。
 
 なにがあっても、みんなを信頼して堂々といるべきだと。

「よし!」

 夏候淵に対する劣等感と焦りを追い出すかのごとく、一刀は斗詩から手を離し、己の両手で両頬をパチンと叩いた。

「ありがとう斗詩さん。おかげで目が覚めたよ」

「どういたしまして」

 互いに微笑み合う二人。

 斗詩は、そっと、一刀から視線を外しまだ、明かりが灯っている朱里の天幕に視線を移した。

(――後は、夏候淵将軍に対する朱里ちゃんの戦術眼が頼りだよ)

 一刀の傍にいて二度、夏候淵と対峙した経験から、相手が一筋縄でいかない事をある意味一刀以上に心得ている斗詩は、自分の技量不足を嘆くことなく、自分が出来ることを精一杯行うことで、己の主君を支えるのであった。

 洛陽での決戦はすぐそこにまで迫っていた――



 数日後――

 洛陽の郊外。

 守るに適していない洛陽の都城から出陣した夏候淵率いる魏軍三万。

 夏候淵は氾水関、虎牢関も含めた近辺の各所の支城や砦などに駐屯している兵士を総動員して掻き集めたのである。

「郭淮(カクワイ)、燕が渓谷から出現するまで後どのくらいか?」

 夏候淵は傍に控えていた十代半ばの少年に声を掛けた。

「はっ! はい! 斥候からの情報を統合して推察しまして、およそ後、一時(二時間)程かと」

 少年は細身で、ひょろっとした体躯から少し頼りない印象を受けるが、それも齢の頃を考えれば止む得ないかもしれない。

 この少年の名は姓を郭、名を淮、字は伯済(ハクサイ)という。

 于禁の娘である沙和や李典、楽進と並び曹魏の次世代を担う者として期待されている少年である。

 郭淮は、年若くして明察な所と記憶の良さが長所であった。

 故に、荀?の目に止まり、推挙を受け曹魏の武官として登用され、此の度の北燕との戦が初陣となったのである。

「ふむ。そろそろか……よし、手筈通りに渓谷の街道を封鎖しろ! 本隊はこのまま、一番道幅の大きい街道へ進軍だ!」

 夏候淵の稟と響く声が本陣を駆け巡った。

 そして、郭淮が進言した通りの約一時後、燕の旗と十の旗を持った軍が街道から現れた。

「むっ!?」

 だが、夏候淵の思惑が少し外れる。

 北燕軍は、五ヶ所から一斉に現れたのである。

「おそらく敵軍は、地元の住民から我が軍が知らぬ抜け道の情報を入手したのものだと思います」

「そのようだな。流琉、郭淮! 本陣からそれぞれ、一五〇〇程度を、新たに敵が出た地点に送り込め。指揮する将は、お前達に一任する」

「はい!」

「はっ!」

 夏候淵の命令に典韋と郭淮が急いで指示を伝達する為、傍から離れていく。

「フッ……そうでなくてはおもしろくない。――なあ、北郷?」

 夏候淵はそう呟き、高揚感で微笑を浮かべるのであった。


 こうして、北燕と曹魏との洛陽郊外での戦いは洛陽の南側にそびえる山岳地帯から出てくる燕軍との小競り合いから始まった。

 街道の他から百単位の少数ながらも、兵を投入してくる燕軍に対し、夏候淵は先手を取り冷静に対処を行った。

 そして、街道から出てくる燕軍に対しては街道の出入り口を封鎖し抑え込んでいた。

 しかし、魏軍も街道の狭さから、騎馬を用いた機動力が使えず、結局の所、戦局は滞り両軍ともに決め手にかけていた。 

 燕軍以上に兵糧や補給に懸念がある魏軍は、勝利するためには、消耗戦を避け短期決戦を挑まなければならず、本陣で夏候淵と郭淮を始めとした参軍達は戦闘中の最中に、軍議を続ける。

 郭淮はその中で敵軍は、兵数においてこちらに勝るものの、全軍を展開するのは不可能である事を示唆した。

 これにより夏候淵は、当初の作戦通り敵を引きつけて洛陽の都近郊の平野部で迎撃する策を採用することにしたのである。

 こうして、魏軍は各所で一気に攻勢に転じ、敵軍の先陣部隊を一時後退させ、その隙に部隊を街道から退げて平野部に一万八千の本隊を形成したのであった。



「渓谷の街道から出てこれる燕軍は、全軍の四万弱の半数以下で、凡そ一万三千から、一万六千が妥当な数字かとおもわれます」

「んーこっちは、一万八千だから、数の上でも有利になりますね」

「ああ、だが油断はするなよ? 敵は少数でも何を仕掛けてくるかわからん輩だ。警戒を怠るな」

 郭淮と典韋を嗜める夏候淵。そこに、伝令役の兵士が彼女の許へ飛び込んできた。

「燕軍本隊が街道傍の丘隆地点に兵を展開させています!」

 伝令の言葉に夏候淵は、陣の外に自ら赴き目の前で布陣をする燕軍をその神眼で見据える。

「? どうやら方円陣の構えをみせているようですが……」

 郭淮の違和感を含んだ言葉を耳にしながら、夏候淵は瞳に映る敵陣に眉を顰める。

「あれでは、各個撃破してくださいと言わんばかりではないか!」

 そして、激昂する夏候淵。

「? 将軍?」

 夏候淵は馬から降り、帯剣の鞘を用いて、己の目で捉えた敵軍の配置を地面に描いていく。

「! こ、これは!」

「そうだ! 燕軍が何を考えているかは知らないが、九つに部隊を前、中、後列にそれぞれ三隊に分けて方円陣に見せかけいる――舐められたものだ!」

「あの布陣からして敵軍の総数も一万程かと……街道の見えない位置か、山岳部に伏兵を隠しているのでしょうか?」

「このような下策で、この夏候淵に対するのか北郷!」

「ひゃっ!? 秋蘭様?」

 珍しく感情的に吠える夏候淵に吃驚する流琉。

「――ならば、その慢心。打ち砕いてやろうではないか! ――郭淮、流琉。全軍に出撃命令だ!」

 夏候淵の内に隠された炎が氷の理性を四散させ飛び出したのであった。


 
「敵部隊、突撃陣の態勢でこちらに向かい前進してきます!」

 燕軍本陣にて夏候淵の率いる敵部隊が、接近してきた報告が朱里の耳に届いた。

(――いよいよです)

 朱里は、本陣に用意された椅子に腰かけた一刀の傍に控え、手にした羽扇を握り締める。

 即席に用意されたその玉座は、本陣を置いた丘と併せて、少し高い位置にあり前方にいる兵士達の頭を飛び越えて戦場が見渡せていた。

 朱里の眼前には、こちらに怒涛の勢いで迫ってくる魏軍が映っている。

(どうやら、夏候淵さんを挑発するのはどうやら上手く行ったみたいですね。後は、この『未完成』である陣形でどこまでいけるでしょうか)

 朱里は後方に目を向けるそこには、武器ではなく銅鑼や太鼓を始めとした様々な楽器を手にした奏楽部隊が控えていた。

 緊張で朱里は身震いしてしまう。

 そんな彼女の手にそっと、暖かい手が添えられる。

「ご、ご主人様?」

 緊張と重なってより、うわずった声を上げてしまう朱里。

「大丈夫」

「えっ?」

 一刀の言葉の真意が読み取れなかった朱里は首を少し傾げてしまう。

「俺は朱里を、みんなを信頼しているから」

 そう言って、一刀は朱里の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「あ……はい!」

 思いもよらなかった一刀の言葉に、不安を取り除き破顔して微笑む朱里。

「コホン! ――それでは、皆さん。戦闘開始です!」

 そして、朱里は咳払いを一つし、気持ちを整え手にしていた羽扇を前に差し出し、全軍に号令を出す。

 少女の瞳にもう迷いはなくなった――


 魏の先陣部隊が、燕軍に対して突撃を開始する。

「みんな、迎撃なのだ!」

 本陣の銅鑼や太鼓の合図に従い、燕の前方中央の指揮を任された鈴々率いる重装歩兵部隊が「応!」と全軍に響くように一斉に声を出し、迫ってくる敵に相対する。

「うりゃりゃ〜! うにゃ〜!」

 鈴々は、最前線に踊り出て蛇矛を振り回し、可愛い声とは裏腹に敵兵をなぎ倒す。

 鈴々の部下達は大盾を前に敵を押し戻す。

 魏軍もそれに負けじと、さらに攻勢を仕掛けた。

 だが、その瞬間に一刀達が居る中列中央本陣から奏楽隊の銅鑼や太鼓が先程とは違う音色で鳴り響き出した。

 そして、その刹那――

 中央本陣と、その後方の紫苑が率いる部隊から『了』と怒声が上がり――

「いまです!」

「一斉射撃、三連!」

 朱里と紫苑の声と共に弩から放たれた矢が魏の先鋒部隊に雨のように降り注ぐのであった。



「ええい、怯むな! 敵は少数! 矢など動いていれば早々、当たるものではない!」

 魏の部隊長が声を張り上げて、部下を叱咤激励する。

 だが、弩の恐ろしさは、弓とは違い――精密射撃が出来る点にある。

 弩には、発射部分に備え付けられた目盛りがあり、(スコープのようなもの)敵との距離に合わせて角度を調整できた。

 そして、紫苑が訓練した弩兵は最早、一種のスナイパー部隊でさらには標的の動きを鈍らせるために、鈴々の部隊が動きを抑えているのである。

「逃げるな! 踏み止ま――ぐはっ!」

 突如、部隊長の声が途切れ、馬上から崩れ落ちた。

 紫苑自ら放った矢が、ピンポイントで彼の側頭部を貫通したのであった。



「馬鹿者! 前方の部隊を下げろ! 機動力を活かして敵の側面中央部隊に横撃をしかけるのだ」

 夏候淵の怒気を含んだ声が魏軍に響き渡る。

 彼女の指示に従い、騎兵部隊二部隊が側面から燕軍に対して攻撃を仕掛けた。

 それと同時に燕軍の本陣からまた、先程と違う音色で奏楽隊が演奏を始める。それと、共に中央を除いた中列部隊から『止』と声が上がった。

 

「さっき程から銅鑼や太鼓を無意味に鳴らしおって! 曹魏の誇る騎兵隊の前にはそのような遊戯は通じんぞ!」

 騎馬隊を率いる部隊長がそう声を上げながら、燕軍の横から突撃を仕掛ける。

 それはまさに、狼の牙。前方にいる子羊を蹂躙するが如く突き進む――

「なっ!」

 だが、部隊長の眼前に見えたのは――長槍で串刺しにされた精鋭の兵士達。

 燕軍は横撃を仕掛けてきた魏の騎馬部隊に対して、中列側面を守る長槍隊で迎撃をしたのであった。

 突撃を仕掛けた騎馬隊は急に止まれず、差し出された槍の剣山に突っ込んでしまったのである。

 瞬く間に指揮が乱れ、崩壊する魏の騎馬部隊。

 それに併せて、またしても燕の本陣から奏楽隊の音が響き渡り、後方左右の二部隊から『追』と声が上がった。

 そして、動きの止まった騎兵部隊に対して、燕の歩兵部隊が襲い掛かってきた。

「な、なんということだ! 最強を誇る我々魏の騎馬部隊がこうも容易く……ん?」

 部隊長の目の前に、白馬に跨り槍を振るう若者が現れた。

「くっ! あやつがこの部隊の隊長か! なれば――そこの若造!」

 馬をその若者に向け疾走する魏の部隊長。

 だが、手にしていた剣が、若者――馬岱の首に届く前に、彼の槍で胸を一突きされ、騎馬部隊の部隊長は絶命した――

 そして、反対側の陣でも同様にして、もう一隊の騎馬部隊も燕軍により迎撃されてしまっていたのであった。

「……」

 夏候淵は、燕軍に対して見事に迎撃された事に驚きを隠せないでいた。

「敵の左右前方部隊、こちらに来ます!」

「くっ! なんと素早い!」

 伝令の報告に郭淮が声を上げる。

「みんな、迎撃に備えて!」

 流琉が夏候淵に代わり咄嗟に、指示を出すのであった。



 魏の部隊の動きが止まったのを見計らって、朱里は、奏楽隊に指示を出し、こちらから仕掛ける。

 燕の前方の左右に控えていた翠と猪々子が率いる騎馬隊が演奏に併せて、『突』と声を上げ、突撃を仕掛けたのである。

 思わぬ、燕の攻撃に魏の兵達はあわてふためき出した。

 先程まで、こちらが攻撃を仕掛けていた筈なのに、気づけば自分達が追い込まれているのである。

「おらおらどけぇ〜!」

「燕王北郷一刀が家臣、錦馬超とはあたしの事だぁ! かかってこい!」

 猪々子と翠が目の前で浮き足立つ敵を次々と屠っていく。



「……すごいな」

 一刀は本陣で、戦況を見守りながら感嘆の声を上げた。

「これが『八卦陣』零の構え龍顎陣です」

「はっけじん? りゅうがくじん?」

 朱里の言葉にわからないと首を傾げる一刀。

「はい。私の考えている八卦陣はまだ、大半が未完成ですが、此度の戦では有効打となると考え採用いたしました――と言っても、ご主人様に励まされるまでは、不安で一杯でしたが」

 そう言って、恥ずかしそうに羽扇で目から下を隠す朱里。

「不安というのは前例がないということで、勝てる計算はしていたんだろ?」

「は、はい」

「やっぱり、朱里はすごいな」

 そう言って、一刀は朱里の頭を優しく撫でた。

「――えへへ、ナデナデされちゃいました」

 一刀ならではの労いに朱里は頬を紅く染めて、喜びに満ちた表情を浮かべる。

 こうして、洛陽近郊での戦いは、燕軍の大勝利で終わりを告げたのであった――


 
 燕にいや、『北郷一刀』の率いる部隊に敗れ、夏候淵は敗残兵と共に、洛陽を後にして長安へと撤退を開始していた。

 そして、夏候淵は以前、華琳から預かった巾着袋を懐から取り出し、中身を空けた。

 中には一枚の紙が入っており、華琳の達筆な文字でこう書かれていた。

 『膠着状態に陥ったのならば拠点の防衛に執着せず速やかに撤退すべし』

 夏候淵は、その紙を力強く握りつぶす。

「無様にも己が熱くなってしまった所為で、華琳様から預かった兵士達を無駄に損ねてしまった――この失態は、必ず、必ずや晴らしてくれる! 首を洗って待っていろ北郷一刀!」

 氷将という二つ名で呼ばれている彼女の心に既に氷は無く、ただ、感情の赴くまま、一刀に対して敵愾心を燃やす夏候淵。

 天の御遣いの射落とすその日まで――




 誰もが寝静まった深夜。

 北燕と曹魏が争っている戦地から離れた呉の首都建業。

 都を囲む城壁の上に一組の男女がいた。

 女性は、呉の都督である周喩。

 男性は、この外史で暗躍する干吉であった。

 二人は、人目を避け密会を行っていたのである。

「――貴様の情報をこちらで分析して、合肥の韓当将軍と国境に駐屯させている程普将軍にそれぞれ密命を与えているわ」

「ふふふ、そうですか。なれば、『戦後』の呉の憂いはございませんね」

「貴様に言われる筋合いはない」

 干吉に向け、背筋も凍らんばかりの鋭い視線を放つ周喩。

「ははは。これでも、女性というのは怒らせると怖いということは身にしみてますから――私はこれで失礼しますよ周喩将軍」

 そう言って、瞬時に周喩の目の前から姿を消す干吉。

「……」

 周喩は、干吉の気配が完全に消えたことを確認してから、ふと。満天の星空を見上げた。

 彼女が今どのような表情をしているのかは、優しく彼女を照らす空に浮かぶ月と星々にしかわからない――



 第三十八章 了

 初版 H20 7/4 Blogにて仮UP 

2008-07-04-01.JPG


2008-07-04-00.JPG
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/54217
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[14]  | Trackback[0]  
2008年05月15日 @ 05:45AM
妄想†夢想 キリ番SS 700000Hit (ゼファーさんのリクエスト)




 〜お読みになる前に〜

 このSSは、設定をかなり変えています。

 ダイレクトに言うと、ヒロイン役である華琳様の年齢が一桁程、若くなっている仕様となっています。

 各キャラクターもそれに伴い、聖典(原作)とはかなり違う作りになっています。

 よって、原作至上主義者の方はここで回れ右をお願いいたします。

 これも一つの外史だと許容していただける方は、駄文ではありますがどうぞよろしくお願いします。

 上記の点を踏まえた方は下へスクロールをしてくださいませ。

















 妄想†夢想 華琳伝 

 『かりんさまは○学○年生!』 


 空には暗雲が立ち込め、今にも雨が振りおちそうな雰囲気が立ち込めている。

 しかし、そんなことを思考の片隅にも置かず、ただ、じっと目の前にある霊廟の前にたち続ける幼き少女が一人いた。

 年の頃は、まだ幼く十にも満たっていない。可愛らしく頭の両側頭部でカールさせた金糸の滑らかな髪が美しく、幼いながらも目鼻が整った年齢にそぐわない美しい顔立ちが、彼女に言い表す事の出来ない艶やかさを醸し出している。

 将来、大人の女性に成長したら間違いなく美女と謳われること間違いない少女であった。

「……」

 だが、今、彼女の本来、美しい色を携えているであろう瞳には色は無く、生気が感じられない。

(……ひとりぼっちになっちゃった)

 少女は心の中で悲しみを憂う。

 目の前にある霊廟に眠っているのは、自分を可愛がってくれた祖父。酒癖が悪かった父――自分と同じ暗闇さえ照らし出すような美しい金糸の髪を持った母の三人であった。

 少女は、幼くして祖父と両親を亡くし、天涯孤独の身となってしまったのである。

(……わたしが、ほんとうにのぞんたことは――)

 少女はそこまで考えて、首を左右に振った。

 もう、自分の本当に望んだ夢は一生叶うことはないのだから。

 祖父や父が私財を溜めていてくれたおかげでお金に困ることはない。

 少女自身、幼いながら他の者に追随を許さないほどの才を持っていた。

 故に彼女が一門の本家を継ぐ事に多少の反対があったが、親戚筋の夏候家、傍流の曹家の協力もあって少女は多少なりとも権力を手に入れたのであった。

 奇しくも世の中は、天子が蔑ろにされ、官は金銭でその位を買い、地方で叛乱が起こる乱世の到来を告げていた。

 少女は、己の掌を開いてじっと見つめ――力強く握り締めた。

 ならば――己の技量で、女の身でどこまで行けるのか、それを試してみるのも悪くないと、年齢にそぐわない野心を心の中にたぎらせるのであった。

 突如、雷雲が地に向かい激しい音を立てる。

 続いて稲光が空から堕ちる。

 少女は、それを見ながら薄く微笑むのであった。

 少女の名は曹操孟徳。真名を華琳という。

 後に『治世の能臣、乱世の奸雌(し)』と呼ばれた万能の異端児はここより中原へと躍り出ることとなった――



 祖父と両親の墓参りを済ませたその帰り道、華琳は仔馬に跨りながら私邸へと向かっていた。

 だが、あと数刻で家に着く前、道端に何かが倒れているのを発見する。

「? いきだおれかしら――にしては、かわったいしょうをみにつけているわね?」

 華琳は、行き倒れている人物の着ている服に好奇心が刺激され、そこへと近づく。

 行き倒れていたのは――そう、聖フランチェスカ学園の服を身に纏った青年、北郷一刀その人であった。

(あら? へーみんにしては、けっこう、かおだちはととのっているわね)

「……うっ」

 華琳が倒れている一刀をまじまじと見ていたら、彼は意識を取り戻し始めるのであった。

 

 一刀は、意識を取り戻す。

 そして、後頭部に頭痛を感じながら、何故このようになったのかを思い出していた。

 そう――




「あいつ、男のなのにチャイナドレス似合っていたな……」

 一刀が頭の中に思い浮かべていたのは――深夜に出会った真紅の生地に龍が描かれたチャイナドレスを身に纏った少年、左慈であった。

 左慈とばったり遭遇し、その手には博物館に展示している筈の銅鏡があった為、本来はそれを咎めねばならぬのが一刀の責務であったはずだが、不覚にも相手に見惚れてしまい、気を取り戻した瞬間には、チャイナドレスのスリットから出た脚線美の足により側頭部を蹴られ、意識を刈り取られていたのであった。

 そして、意識を取り戻した一刀の眼前に飛び込んできたのは――

「ふむ、白か」

 幸か不幸か、意識をなくして倒れていた一刀を観察していた曹孟徳、いわゆる華琳のパンツであった。

「しね」

 少し、舌足らずの声音でいきなり死刑宣告をされ、次に一刀見たのは――すごい勢いで振り落とされる靴底であった。

 容赦なく靴で一刀の顔面を思い切り踏み抜く華琳。

 幼き覇者の気位を持ち合わす少女の下着を見た罪はどうやら万死に値するようであった。







 〜妄想†夢想 華琳伝 完〜 






 冗談はさて置き、今回の外史は二人の出会いにより始まる。

 一人は、中原を駆け抜ける稀代の英雄。

 もう一人は、この乱世にあっては、平凡な一介の元学生。

 異端の外史は、くるくると縁(えにし)の糸を紡ぎ始めていた――

 

 繰言になるが、曹操こと華琳は大変稀有な存在である。

 一刀は、「わたしのしたぎをのぞいたつみは、あなたごときのだけんが、ひゃくまんかいしんでもつぐなえるものではないわ――しぬまで、わたしのいぬとしてつくしなさい」

 と、華琳に問答無用で――まあ、乙女の下着を覗いた罰なのだから当然といえば当然なのだが、理不尽な契約を結ばされようとしていた。

 そして、現代日本人とはいえ、鹿児島に住む祖父から日本男児たる何かを学んでいた一刀は「わかった」と自分の非を認め、『華琳の言葉に従って』しまった。

 それは、元には戻れない帰りの見えない地獄への片道切符であった。

 華琳は幼くも美しい顔立ちに、何か悪巧みを思いついたのようにニヤリと妖しく微笑んだ。

 まるで、中国殷王朝末期時に、紂王を色香で手玉に取った悪女、千年狐狸精(せんねんこりせい)所謂、妲姫(だっき)のように――

 そして、一刀は華琳の奴隷(犬)になる代わりに、衣食住を得ることが出来たのである。



「えっ? これ、何てプレイ!?」

「『ぷれい』って……また、わたしにわからないことばばかりつかって――まあ、みてのとおりく・び・わよ!」

 華琳に忠誠の証しとして首輪を取り付けられた北郷一刀。

 幼女に躾けられる高校生の不可解な図がそこにあった。

 一刀は思う。この場で、刀を授けてくれるのなら――切腹したかった。割と本気で。

「あはは〜、兄ちゃん可愛いよ〜」

「うん、とっても」

「……」

 曹操の近衛を務める上から、許緒こと季衣、典韋こと流琉、そして最後にコクコクと二人に続いて頷いている楽進こと凪の三人が一刀の首輪姿を褒める。

 

 ――何、この幼女率。 


 兎にも角にも異世界からの異邦人北郷一刀は曹操孟徳こと華琳の許で、近衛として仕える身になったのであった。


「くー! 新参者くせにぃ!」

「ああ、華琳様。何故、そのような畜生に気を許すのですか〜」

「……桂花、姉者。仕事をしてくれ、頼むから」

 一刀の処遇について嫉妬する軍師と猛将。その二人を懸念するクールな弓遣いが柱に隠れていたり。  



 十にも満たない幼なさながらも、曹一門を纏め上げ、信賞必罰を持って事にあたり、黄巾党の乱を始めとし、華琳は中原へ躍り出る――



 董卓討伐軍への参戦。

「おーほっほっほっ! 私が連合軍の盟主を務めるからには、董卓さん如きに負ける要素なんて皆無ですわ! 華麗に舞って差し上げましょう」

 おバカ盟主こと袁紹が、高らかに笑い連合軍の勝利を宣言する。

 そんな事を華琳様が見過ごす訳もなく――

「――オバサンがまっているのはあたまのなかみでしょ?」

 ある意味、子供らしい直球な発言。

「キィー! このチビジャリ許しませんわ!「わわわ、姫! ダメですよ!」――顔良さんお放しなさいな! 文醜さん! 何故、笑っているのです!?」

 幼女の挑発にまんまと引っかかり、激昂する袁紹を傍に控えていた斗詩が抑え、猪々子は最高! と言わんばかりに腹を抱えて笑う。

「……ふぅ」
 
 そんなやりとりに江東の女王が、溜め息を吐く。

「あんたもじぶんはかんけーないってかおするのやめてくれないかしら? しょーじきウザイから」

 だが、そんな態度がお気に召さない華琳様は、容赦なく口撃する。

「なっ!」
 
「曹操貴様! 孫権様に何たる物言い! 許さん!」

 唖然とする蓮華に、己の主君への暴言を許すまじと立ち上がる思春。

 江南一の暴れん坊を前にして、華琳は怖れず自信ありげに冷笑する。

「かずとバリアー!!」

 叡智に優れた幼女は自分の部下を盾に己の危機を脱する。

「何で俺ー!?」

 他の外史では天の御遣いとして扱われる一刀君も華琳様の前では、ただの奴隷(いぬ)であった。 

「兄ちゃん頑張れ!」
 
「アンちゃんふぁいとだよ!」

「……」

 同僚の三人は助けてはくれない。

「ちっ!」

 容赦のない攻撃が一刀に襲い掛かる。

「へぶらっ!」

 思春の放った攻撃をモロに受けた一刀はそのまま吹き飛んでしまう。

「きゃっ!」

「おお? 痛くない? それどころか……やわらかいものが」

 吹っ飛ばされた一刀は目の前の視界が塞がれたが、冷たい壁や床ではなく何かクッションのようなものに当たって事なきを得たと感じていた。

 そして、自分の頬に感じたやわらかくて――何故だか温かいモノを確かめるために、手で感触を確かめる。

「あっ……ぅん」

 一刀が手で触れているそれをにぎにぎと揉むと、甘い吐息が返ってきた。

 寒気を感じ、一刀は顔を上げる。

 そして、彼の見知らない、凛とした表情の中にどこかしら幼さを残した女性と目が合った。

「ご、ごめんなさい!」

 一刀は、一瞬にして我に返り、尻餅をついたまま後ずさる。

「……あっ」

 対する女性も頬を朱に染め、着崩れた着物をいそいそと直す。

「貴様! 義姉者に対して何たる不埒な振る舞い! この関雲長が成敗してくれる! そこに直れ!」

 そして、一刀とその女性との間に割り込み、激昂するは――艶やか黒髪を靡かせた軍神、関羽雲長であった。

「おやめなさい! 愛紗!」

 だが、その軍神を心に響く鈴の音ような声音で制止する女性。

「しかし!」

「おさがりなさい……私は大丈夫です」

 女性は、愛紗の前髪をそっと優しく撫でる。少し、冷徹な面持ちの中に彼女に対する信愛を含んだ表情を見せていた。

 そして、少し不満げな表情を浮かべながらも関羽は下がる。

 女性はそのまま尻餅をついている一刀の前で再び膝をつき、掌と拳を組んで礼をする。

「私は、劉備玄徳と申す者です――先程は、義妹が失礼を致しました」

「あっ、い、いえ、とんでもない。俺は、北郷一刀っていいます。俺の方こそ、とんだ粗相を――「一刀様とおっしゃるのですね」――はい?」

 一刀は目の前にいる少女が、かの仁君劉備玄徳と知り、驚きを感じつつも挨拶を交わすが、続いて謝罪を述べている途中で、彼女から『様』付けで呼ばれそれを遮られる。

 そして、目の前にいる劉備はその場で正座し、三つ指を着いて一刀に深々と頭を垂れた。

「私の真名は桃花(とうか)といいます――末永く、よろしくお願いいたします『旦那様』」

 劉備玄徳こと桃花の発言により、大本営の中に雷のような衝撃が奔った。

「にゃはは。鈴々たちのすんでいた啄郡では、成人した後、けっこんまえののおとこのひととおんなのひとがはだをふれ合うことはすなわち、『こんやく』を意味するのだ」

 呆然とする一刀の背中に赤髪の小さな女の子がおぶさってきて、桃花の奇功の意味を解説してくれた。

「とゆーわけでよろしくなのだ。お兄ちゃん」

「いや、唐突にそんな事言われても!? ――俺、日本生まれですから?」

 あまりにも予測不可能な展開に一刀はタジタジになる。   

 そして、続いて背中に氷の刃で射抜かれるような冷たい視線を感じた。

「ごしゅじんさまいがいのおんなにさかっているんじゃないわよ、このいぬ!」

「義姉者が穢された、ケガサレた、けがされた、KEGASARETA……ぶつぶつ」

 一刀の背後に仁王のように立ちふさがる、怒れる華琳と少し、鬱の入った暗い表情で、青龍偃月刀を力強く握り締めている愛紗。

「――かくごはいいかしら」

 敬愛する己の主君にとても可愛らしい表情で、腹を括れと宣言される。

 一刀は尻餅をつき、背中に鈴々を背負ったまま、最後の言葉――所謂、遺言を述べた。



「――まだ、紫のパンツは早いと思うぞ?――「しね、だけん」」

 そして側頭部に放たれる渾身の蹴り。

 一刀の最後に見たものは、背伸びした少女の紫色の下着であった――




 董卓討伐後、各地で起こった諸侯による群雄割拠――

 華琳は、迅速に黄河流域より南の各地を平定し、その領土は宛を治める張繍(ちょうしゅう)の許にまで及んだ。

 張繍は、降伏を申し出て曹操軍へ帰順することになり、華琳は連戦の疲れもあり、宛にて休息することになった。

 外の見張りに典韋、許緒、楽進――そして、一刀を残し、休息をとる華琳。




「ふう」

 小さな覇王は、寝室の窓から星空を眺めながら溜め息を吐いた。

 理由は――最近、中原の統一という果てしない野心がどうでもよいものに感じ始めていたからであった。

 それもこれも、あの時出会った、一刀という存在の所為だと華琳は心で呟く。




 かれは、へんじんだ。

 このらんせで、たにんをかんたんにしんようし、うたがうことをしらないばかものだ。

 けど、だからこそみなが、わたしをいせいいしゃとしておそれているのにもかかわらず、かれはこわがらない。

 それどころか、よわいくせにぶかにかくれてたまにはと、いきぬきでだらしのないことをしたりすると、まるでちちかあにのようにわたしをしかりつけてくる。
 
 そして、なによりだれよりも――やさしい。

 わたしを『そうそうもうとく』ではなく『かりん』としてせっしてくれる、ゆいいつむにのそんざいだ。

 ああ、ほんとうにわたしがほしかったものでみたされているから――




 華琳がそんなことをらしくもないと考えながら思考に耽っていると、コンコンと寝室の扉が叩かれる音が聞こえてきた。

「はいりなさい」

 寝室に入ってきたのは、外で警護をしている凪であった。

「あら? どうしたのなぎ」

「……」

 楽進こと凪は、少々顔を顰めて、視線を窓の外に移した。

 彼女があまり喋らないことを知っている華琳は、凪が視線を向けた方へと己の視線を向ける。

 そこで少女が見た光景は――



「あ、あの、自分は警護の任務中でして……」

「そんな事おっしゃらないで……つれない御方」

 警護をしている一刀にしな垂れかかる妙齢の美女であった。

「で、ですから――「私、主人を亡くしてから生きがいを見つけることが出来ずに、日々を無為に過ごしていましたわ――けれど、貴方に抱きとめられたとき、久方ぶりに感じた殿方の肌に眠っていた私の女の性(さが)が目覚めましたの……女の一人寝は寂しいですから……」――は、はあ。そうなんですか?」

 女性は、妖艶な色香で迫り、着崩した着物から見える決して大きくはないが、掌にスッポリとおさまりそうな形の良い胸を一刀の腕に下半身は、生のふとももを押し付け、潤んだ瞳で見つめる。

 一刀は、首まで真っ赤になり、ガチガチに固まっていた。



「――なに、あのちじょ?」

 自分の所有物がだらしなくしている姿に華琳は可愛らしい顔を顰め、冷徹な眼差しを向ける。

「今日のお昼、市を警邏していた時に私達の目の前で、貧血で倒れた女性――カズが抱きとめて事なきを得たのですが……」

 凪には珍しく、長い言葉で華琳に事情を説明する。

 平静を装っているが、その様子から彼女もかなりご立腹のようである。

「名を雛(すう)。張繍の亡くなった叔父 、張済(ちょうさい)の夫人だった方です」

「――へぇ」

 凪から女性に関する情報を聞き、華琳は――ワラう。

 無表情のままではあるが思わず、後ろに控えていた凪が、戦場にあっては曹操軍の一番槍を欲しいままにしている楽進が、主君の発する陰の含んだ気に中てられ、思わず後ずさる。

「ほんとうにこまったいぬね。しっぽをふっていいのはごしゅじんさまだけだってことまだわからないのかしら――やっぱりおすは、きょせいしないといけないわね?」




「うふふ。甥に頼んで寝所の用意はすでにととのっていますわ――さあ」

「いやいやいや! ――色々と死活問題になりますので、国同士とか、俺個人とか! ――ああ、そもそも、美女に興味があるのはあのお子ちゃまの方で――「たのしそうね」……神は死んだ!」

 魅惑の未亡人雛に迫られ、そして、止めとばかりに一番見つかりたくない人物に見つかって、一刀は己の死を覚悟した。

「ん! 待てよ? この世界で死を迎えるということは……元のいた世界に帰れるのかもしれない?」

 一刀は混乱し、自分でも意味不明な事を言い出していた。

「じゃあ、じぶんでたしかめてきなさい!」

 一刀の生殺与奪権を握っている少女から放たれるお馴染みの蹴りが膝を付いた彼の側頭部に炸裂する。

「――ふふふ、黒のガーターベルトとは、背伸びしすぎだぞ?」

「……」

 意識を放り出す前の一刀の言葉に対し、華琳は、うつ伏せで倒れた彼の頭を容赦なく――踏み抜いた。

 誰のためにこんな下着を履いているんだ! と言わんばかりに羞恥心で頬を朱に染めながらではあるが。

「ああ……ありがとうございます。これで、寝所まで運びやすくなりましたわ」

 気絶した一刀の傍に駆け寄って、嬉しそうな表情をしながらいそいそと彼を運ぼうとする未亡人。

「だめよ、『おばさん』。これは、わたしのしょゆうぶつだから」

 華琳の言葉に雛は、その場で――ピシリと音を立てながら石化した。

「……なぎ。これをわたしのへやまで、はこんでおいて」

 凪は、コクリと頷き自分よりも大きな体躯をしている一刀の両足を持って、電車ごっこのようにそのままズルズルと音を立てながら運ぶ。

 それが、何気に一刀に対する罰だと言わんばかりに。

 華琳も凪の行動を責めはしなかった。

 その後、華琳の寝所に運ばれた少年がその夜どうなったかは、小さな少女を除いて知ることはなかった――



 ちなみに一刀は、夢の中で久方ぶりに元の世界で、学園生活という名の青春を謳歌していたそうな。



 幼き覇王華琳様は、その後も各地を平定し、ついには権力闘争に巻き込まれ流浪していた天子一行を保護し、許昌に献帝を迎え入れる事に成功した。

 ここに中原のみならず四海に曹操孟徳の名は威光を持って知られる事となったのである。

 そして、徐州で袁紹と袁術の従姉弟に敗れた劉備玄徳が呂布と共に曹操軍の許へ亡命する事件が起きた。

 元々、関羽雲長を喉から手が出るほどに欲していた華琳は狂気乱舞して喜び、部下達の諌言を聞き入れず彼女達を保護する事となったのである。

「ふふふ。さっそくこんや、かんうをわたしのところによんで――うにゃ?」

 まるで、中年親父のような思考回路でイケナイコトを考えていた華琳の首根っこを猫のようにひょいと持ち上げる者がいた。

 一刀が少し怒った表情をしながら、華琳を持ち上げていたのである。

「人の想いを無視して、自分の欲望のままにそーいうことをしたら駄目だっていっているだろ?」

「はなしなさい! あなたはしゅじんにたいして――「華琳が俺のご主人様だから言っているんだ!」――えっ?」

「こーいうことは、両者の同意のもと行わないと今は良くても、必ず後でしっぺ返しがくるんだからな?」

「う、うん」

 一刀の口から思いもよらぬ言葉を聞き、嬉しさと恥ずかしさで華琳は大人しく言うことを聞いていた。

 だが、ハッとなり首を勢いよく横に振って思考を冷却させる。

 犬に諌められてい覇王など滑稽でしかない。

 華琳は冷笑を浮かべる。

「あら、わたしがかんうにけそうしていることにじぶんのたちばをわきまえず、ごしゅじんさまがとられることにしっとしているのかしら?」

 ――かんぺきね。

 と、華琳は感じていた。

 意趣返しに一刀が慌てふためく様子が見たかったのである。

 だが、一刀は華琳をぶら下げたまま、「?」と首を傾げていた。

 見事なKY(空気読めない?)振りだ。

 華琳は、こめかみに怒りマークを浮かべる。

「こほん! もしかしてとはおもうけど、ごしゅじんさまをさしおいてかんうにけそうしているんじゃないでしょうね?」

 そして、発言をスベらせた恥ずかしさもあって、華琳はそう誤魔化した。

「う……」

 だが、華琳も思いもしなっかった反応が返ってきたのである。

 一刀は先程とは違い、頬を朱に染めて、華琳から視線を逸らしていた――あたかも、正解です言わんばかりに。

 一刀にとって、関羽こと愛紗は凛々しく美しい存在であった。

 それはまるで、自分の元いた世界で剣道部の先輩であり、憧れでもあった不動先輩を思い出すからであり、別に他意はない。

 だが、華琳にとっては腹が立つ事この上ない態度である。

「――そんなにおおきいおっぱいがいいのか!」

 その言葉と共に一刀の大事な部分を潰すが如く急所蹴り。

「はがっ!」

 華琳を手放し、大事な部分を押さえながら悶絶する一刀。

「兄ちゃん、大丈夫?」

「アンちゃん、どうしたの?」

「?」

 同僚の季衣、流琉、凪が一刀の傍に駆け寄って心配してくれる。

 幼女たちに囲まれながら、急所を押さえ悶絶する一刀であった。 ――何、この羞恥プレイ?



 そんなこんなで、ある晴れた昼下がり。

 華琳は献帝こと劉協を引きつれて、盛大な狩りを開催していた。

 無論これは、曹操の許に天子が在るというデモ・ストレーションの一環でもあった。

「む……せい!」

 曹操より少し年上の若い皇帝が馬上から弓で矢を射り、鹿を狙うが、彼女本来の性格の優しさのあらわれか、矢は外れてしまう。

 外した本人も、どこかしらほっとした表情を浮かべていた。

 周りの者達も矢を外したとはいえ、幼年にそぐわない彼女の弓の扱いに賞賛の声を上げる。

「――へいか、しつれいします」

 そこへ、馬を並べた華琳が、彼女の手から弓矢を奪い取ったのである。

 周りに他者達と共に、狩りについてきていた劉備一行にも緊張が奔る。

 中でも愛紗は、青龍偃月刀を構え前に出ようとしていたが、桃花の手によって遮られた。

「義姉者!」

 漢朝の復興を強く願う愛紗は、義姉の行動に思わず激昂した。

 目の前で天子様が、賊に弄ばれているという構図が生真面目な彼女には許せなかったのである。

 だが、桃花は、義妹の言葉に応えず、じっと前だけを見据えていた――その表情に少しだけ微笑を携えながら。

 

 天子から弓矢を奪う。この事こそ、『曹孟徳が天子より上の立場』である事を知らしめる格好の場となる――はずであった。

 しかし、その目論見は叶わない。何故なら――

「こら!」

 叱る声と共に華琳の脳天にゲンコツがゴン! と落ちたのである。

 それは、急いで駆けつけてきた一刀のゲンコツであった。

 一刀は、華琳の手から劉協の弓矢を奪い取る。

「上の立場にある者が、人の物を勝手に取ったら示しがつかんだろ。それに、お前に弓矢はまだ早い、弦で頬を切ったりでもしたら危ないだろ!」

 あの曹操に対して、怖れることなく一喝する青年に回りにいた王朝の官吏達は、皆揃ってポカンと口を開き、あ然とした表情になった。

「か・ず・と〜!」

 タンコブができた頭を手で、押さえながら涙目で一刀を睨む華琳。

「そんな顔してもダメなものはダメ!」

 一刀はまるで教育ママのように華琳を叱る。

 続いて、一刀は劉協の傍に赴き、馬から降りると弓矢を丁重に彼女に差し出す。

「申し訳ありません陛下。我が主君はまだ幼くもあり、それを止めなかった臣にこそ責があります。何卒、お咎めなきよう取り計らいをお願い申し上げます。それでも主君に非があるとおっしゃるなら、代わりになるかは存じませぬが、私の首を差し出しますので、重ねてお願い申し上げます」

 馬上にいた劉協は、目の前にいる青年に驚きを隠せないでいた。

 そして、あの曹操に手を上げたこともそうだが、何より、曹操の臣下でありながら、皇帝への敬意を忘れず、なおかつ、主君の非礼に対し、自らの身を持って主への忠節を尽くす彼に感謝の気持ちと共に好感と僅かながらの興味が湧いてきた。

「叔母上。どう処するべきでしょうか?」

 幼き皇帝は、桃花を呼び寄せる。

 劉備玄徳こと桃花は、先日曹操と共に劉協に謁見した際に彼女の血縁ということが判明し、以後、宮中の者達から敬意を持って『劉皇叔(こうしゅく)』と呼ばれるようになったのである。

「はい。殿下のお心のままに処してよろしいかと」

「左様ですか」

「――あと、私事ではありますが」

「何であろうか?」

 再び、恭しく頭を下げて発言する桃花に劉協は首を可愛らしく傾げた。

「はい。実は、そこにいらっしゃる北郷一刀様は、私と婚約の儀を交わした間柄でもございます。このような場で妻として、夫を亡くすには耐えられませんわ」 【※注 : あくまで桃花主観】 

 そう言いながら、視線を一刀に意味ありげに向け、頬をポッと紅く染める桃花。

「なんと、そうであったか! ならば、一刀殿は朕の義兄上にもなられる御方ではないですか! むむむ……ん? これも何かの縁でありますし、どうでしょう。朕が仲人となってお二人の祝言を上げるというのは」

「えっ!?」

「まあ! ありがとうございます」

 劉協の発言に一刀は、何故! と驚き、桃花は女の幸せを得たとばかりに嬉しそうに微笑んだ。

 普段、無愛想でむっつりとした表情が多い彼女がこんな表情を見せることは珍しい。それだけ、この件が彼女にとって心躍るものなのかもしれない「ちょっとまったー!」……まあ、色んな意味で大変そうではあるが。

 この後、劉協と桃花を中心とした者達と華琳を中心とした曹操軍とで一悶着起きた事は想像に難しくない。

 ちなみに中心地にいた一刀は嫉妬した華琳、春蘭、桂花。ついでに愛紗の手によりフルボッコの刑。

(しかし、まあ……ある意味、北郷殿を懐柔できれば、どこの勢力にとっても強力な手札になるのでは?)

 争いには参加せず、それを離れた場所から神眼の宿った瞳で見守っていた秋蘭は、そう思考していた。

 騒ぎの中心地から、春蘭の攻撃でも受けたのか、一人の官吏が人間ロケットの如く宙を舞う。

 秋蘭は溜め息を吐いて、この場の事後処理をどうするべきか頭を悩ませていた。



 ちなみに余談ではあるが、狩りはその後どうなったかと説明すると――



 瀕死状態の一刀を餌にして木に縛りつけ、熊をおびき寄せる事に成功。

 その後は、鈴々、季衣、流琉のチビッ子豪傑の手により捕獲し、捕らえた熊で宮中にて大宴会が開催され、先程の件は水に流されたのであった。

 その場にいれば、また、問題を起こす種になったであろう一刀は、宴会の外で門番を申し付けられていた。

 宴会を抜け出した呂布こと恋と、董卓と呼ばれていた少女、月がおすそ分けとして熊肉とそれでダシをとったスープを差し入れに持ってきてくれた時、一刀は彼女達の優しさに不覚にも涙を流したとか――



 曹操と劉備の蜜月はそう長くは続かなかった。

 劉協の処遇を巡る問題で対立してしまったのである。

 無論、これには一刀が絡んでいるのだが、それは英傑二人しか知ることのない闘争である。

 表向きは、劉協を慕う臣下が劉備や他の者達と結託して、叛旗を翻そうとしていたのだが、事が露見してしまい、怒りに狂った華琳により大粛清が行われたのである。

 一刀も諌めはしたが、この時の華琳は、覇権を握るために必要なことであると、一刀を叱り、粛々と処刑を行ったのである。

 それに加担したと疑われた桃花一行は、袁術討伐を理由にして兵馬を借り、一足早く都を脱出した。

 そして、監査役として送り込んだ華琳の部下を都に送り返し、小沛、下邳城を占拠し、曹操に掌を返したのであった。


 華琳は寝室にて、ウロウロと所在無く行ったり来たりを繰り返していた。

「参謀会議は終わったのかい?」

 そこへ、聖フランチェスカ学園の制服の上にエプロンを身につけた一刀が盆を手にして現れた。

「うん。りん(郭嘉)と――なんでか、ものすごくやるきのかく(詠)にりゅうびのとうばつじゅんびをさせているわ」



「そうか」

 一刀は心なしか、がっかりとしたした表情を浮かべた。

 人間誰しも、自分を慕ってくれた人と敵対関係にはなりたくはないのであろう。

「――程?(ていいく)さんは何か言っていなかった?」

 程?仲徳(ちゅうとく)。曹操に仕える初老の男性で、身の丈が百九十一センチの巨漢の参謀である。

「こうわさくばかりをうるさくしんげんするから、『だまれジジイ』といっかつしたら、たいざんにのぼったままかえってこなくなったわ」 【補足】

「……」

 天に向かい両手を上げ、視線は泰山へ――そんな程?に同情する一刀。人生経験の多さなど目の前の覇王様には何ら意味するものではない事に溜め息を吐いた。

「まあ、とりあえずその話は置いておいて、華琳。久しぶりにアレを作ってみたんだが――「ホント!?」……ああ」

 一刀の言葉に華琳は、驚きと共に喜びの声を上げた。

 そんな彼女本来の子供らしさに微笑みながら、一刀は机の上にあるものをおいた。

「うわぁ……」

 華琳の表情が喜色に染まる。

 少女の目の前に現れたのは、『バニラアイスクリーム』であった。

 無論、この時代にアイスクリームなど存在はしない。

 一刀が苦心して、オリジナル要素を含めて編み出したモノである。

 その苦労が華琳に対して、生活の改善及び、交渉のカードに成り得るからであった。

 授業でならった事を思い出して、自分なりに氷に硝石を入れる冷却方法を凪の姉妹的存在である李典こと真桜の協力の許、編み出し、アイスクリームの材料は都の市で揃える事に成功したのである。


 何気に揃わない材料もきちんとあった所は外史ならではのご都合的展開と思ってください。

 
 兎にも角にも、華琳がご機嫌斜めの時は、こうして一刀が宥めていたわけである。

 故に、曹操の家臣団、特に男性陣である程?や荀攸などの知識人は、一刀を信頼していた。 

 逆に曹一門や女性陣には認めながらも人気は今一つ。

 何だかんだで、女性好きである筈の華琳の寵愛が奴隷に向けられているのだから、彼女を慕う者達にとっておもしろいはずもない。

「こら、食べる前に手を洗いなさい」

「えー」

 行儀悪く、早速、アイスクリームに手をつけようとしていた華琳を一刀は叱る。

「えーじゃない。ほら、絶影(ぜつえい)はきちんと待っているだろ? 華琳は、絶影のご主人様なのにそんなはしたないことをするのか?」

 一刀は部屋の隅できちんとお座りしている灰色の毛並みをしている子狼こと絶影を指差す。

「う〜」

「ほら、いくぞ?」

 不満げな声を上げながらも絶影のご主人様として、一人の淑女として一刀の言葉に従う華琳。

 そんな彼女を一刀は、愛おしそうな眼差しで見守るのであった。



 結局、劉備討伐は行われた。

 この戦いに置いて、華琳は桃花や鈴々などを捕らえる事は叶わなかったが、代わりに愛紗を投降させる事に成功したのである。

 そして、虜囚の身になった愛紗を謁見の間に連れ、華琳は再び喜んだ。

 それ以後、一刀が以前言った言葉に従い、愛紗にあれやこれやと尽くし、贈り物などを贈る日々が続くが、主君を劉備ただひとりと決めている彼女は、決っして、帰順することはなかった。

 それでも、愛紗を傍で侍らす事が出来る今の環境に華琳は満足していたのであった。


 そして、少しの刻が過ぎ、事件は起きた――


 ある日の晩、一刀は屋敷の見回りを終えようとしていた。

 だが、中庭で愛紗の後姿を見つけてしまう。

 こんな夜分にいくら三国一の猛将とは言え、女性である彼女に声を掛けようと一刀は近づく。

 そして、見てしまったのである。

 中庭に備え付けられた池を目の前に、池が月を映し出し、光を反射していた。

 その月明かりの許で、軍神と謳われた少女は――泣いていたのである。

「……義姉上ぇ、鈴々……」

 義姉妹に会えない寂しさ故に、少女は泣いていた。

 一刀は、歩みを止め、俯き、唇を噛み締めた。

 自分も同じ環境であったが、華琳に救われ、寂しさとは無縁の生活を送れていた。

 それを当然の事だと思っていた自分を恥じる。

 だが、華琳が愛紗に固執している事も知っている。

 己の主は裏切れない。

 そんなどうしようもない葛藤が、一刀の心をぐるぐると渦巻いていた。

 自分が出来ることはないか?  

 そう考えていた一刀は、ある事が閃いた。だが、その思考は、愛紗の手によって遮られる。

「――誰だ!」

 一刀の接近に気づいた愛紗が吠えたのである。

 そして、後ろに一刀がいることを確認した愛紗は眉を顰めたまま、疑惑の視線を向けた。

「――もしかして、見ていたのか」

「いえ、いましがた着たばかりなので、俺は何も」

 腕で目をゴシゴシと擦る仕草をしている愛紗に一刀は、先程、見た事を嘘をつき否定した。

「そうか。衛兵ともなれば、虜囚の身である私が深夜にうろつくのはあまりよろしくないだろうな」

「関将軍――ぶしつけではありますが、少し時間を頂けないでしょうか」

 己の醜態を恥じながら苦笑している愛紗に一刀は提案を申し出た。

「? 何であろうか――まあ、貴殿とは浅はらかぬ縁であるし、私は今、捕らわれの身。好きにするがいい」

 他の衛兵なら断ったが、彼に関しては、自分の義姉が懸想していることもあり、無碍に扱うことも愛紗には出来ず、承諾を示した。

「では、お言葉に甘えて。少し、そこでお待ちになってください。すぐに準備を整えて戻ってきますので」

 そう言うや否や、一刀は駆け出して行ってしまった。

「あっ……」

 愛紗は、一刀のあまりに突然の行動に、少し呆けてしまっていたが、義理高い彼女は、彼の言葉に従い、中庭に用意されていた吹き抜けの小さな庵で待つ事にしたのであった。

 

 程なくして、一刀は愛紗の許へと戻ってきた。

 そして、手にしていたモノを愛紗が座って待っている席の上へと差し出した。

「北郷殿、これは?」

 珍妙なモノを見るような目つきでアイスクリームを観察する愛紗。

「ああ、これは俺の、――コホン。私の故郷でお菓子として食べられているものです。どうぞ、召し上がって下さい」

「……そうか。では、遠慮なく頂く」

 これが、一刀なりの気遣いと悟った愛紗は口元に微笑を浮かべながら、用意されたアイスクリームを一口食べた。

「――これは、なんと……冷たくて甘いお菓子だな」

「お気に召しましたか?」

「ああ、このようなモノ初めて食べる……鈴々など喜んで食べるであろうな――すまぬ」

 愛紗はハッとなって、自分の非礼を詫びた。

 一刀は首を横に振る。

「いいえ、関将軍が皆さんを想う気持ち、俺にわからないものでもないですから。少しでも気が晴れたのなら、それに越したこともありません」

 一刀は微笑んでそう述べた。

「……そ、そうか」

「?」  

 一刀の微笑みに不覚にも見惚れてしまった愛紗は、木製のスプーンで掻き込む様にアイスを口にした。

「あいたたた!」

 冷たいモノを急に大量に摂取すると頭が痛くなるという現象が、愛紗を襲った。

「はははは。急がなくても、関将軍誰も取ったりしませんよ?」

「――そなたは、結構意地が悪いな」

 愛紗は口を尖がらせて、恥ずかしそうな、表情を浮かべていた。

 二人による深夜の密会は、月のみぞが知るお互いだけの秘密であった――




 が、一人の少女が、屋敷の影に隠れながらその密会を盗み見ていたのである。

 そして、二人が微笑み合う姿を見て、陰を纏った表情を浮かべていた。

 まるで、あの日のように。

 自分の家族を全て失くした、あの時のように――

 金糸の髪を携えた少女は、無言でただ、そこにいた。



 翌日、一刀が華琳の私室で見たのは、荒れ狂い、酒を浴びるように飲んでいる己の主の姿であった。

 絶影も彼女の荒れように恐れをなし、布団の中で隠れて情けない泣き声を上げている。

「――華琳!」

 一刀は大声を上げて、彼女を呼んだ。

 ここまで彼が、怒るのは珍しい。

 政庁にやってこない華琳を心配した一刀と一緒に来ていた凪は目を見開いて驚いていた。

 一刀は、振り返りもせず、酒を飲んでいる華琳の傍に赴くと、酒の入った盃を強引に奪い取った。

「ああん! なにするのよ!」

「何じゃない、華琳! これはどういう事だ! お前はまだ小さいんだから、お酒は、お祭りとか祝い事の席でしか飲んじゃいけないと言っているだろ!」

 一刀の言葉に華琳は涙目になる。

「だって、だって! かずとがわるいんだもん!」

「はあ?」

 華琳の言葉に一刀は疑問の声を上げた。

「……あいす! あいすくりーむ!」

「むっ、こんな悪いことをしている華琳にアイスクリームは作ってあげられないぞ」

「ちがうもん!」

「何が?」

 普段、大人びた口調でませた事言動が多い華琳が、年相応の少女のように振舞う事を不思議に感じながら一刀は続きを促した。

「あいすくりーむをかんうにあげてた!」

 一刀は、昨日の深夜の件が、華琳にバレた事を少し、拙く思いながらも『そんなこと』で、彼女が怒る理由がわからなかった。

「黙っていた事に関しては、悪かったと思う。けど、それだけで――「それだけ!?」――えっ?」

 華琳が豹変したように、まるで、信じられないといった表情で一刀を睨む。

「どうしたんだ華琳?」

「……でてけ」

 俯きながら、何か言葉を発し、どす黒い感情が少女を支配してゆく。

「ででいけ! このうらぎりもの! ごしゅじんさまをうらぎったいぬなんてもういらない! かんうもきらい! ふたりともわたしのまえからきえてよ!」

 黒い感情が華琳の心を支配したその刹那、爆発したように癇癪を起こし、床にあった酒瓶を次々と一刀に向かい放り投げはじめた。

 そして、その一つが一刀の頭に命中し、陶器が割れる音と共に華琳は我に返る。

 一刀は避けもせず、華琳の癇癪によって放り投げられた酒瓶をその身に受けて、中に入っていた酒を頭から被りながら、割れた酒瓶の破片で額を切り、血を流しながらその場に立ち尽くしていたのである。

 そして、何も言わず華琳の顔をじっと見ていた。

 華琳は一刀の向ける視線に耐えれなくなり、視線を背けた。

「……」

 一刀は主君の背でひざまづいて、拳と掌を合わせて礼をする。

 そして、己の腰から華琳から預かった宝剣と首輪を取り、それを凪に預けた。

 凪は、何か言いたそうな視線を一刀に向けていたが、彼は苦笑し、「じゃあな」と彼女の髪を一撫でして、部屋から出て行ってしまった。

 少しの間を置いて、凪も頭を下げてから華琳の私室を辞した。

 そして、部屋の中に静寂が訪れ――少女は、盛大にわんわんと泣き始めた。

 まるで、親に見捨てられた幼子のように――

 小さな覇王は己が望んだものを一時の感情――嫉妬に捕らわれて手放してしまったのであった。



 己の主君から暇を出された一刀は、都の市を所在無く、ふらふらと歩いていた。

 華琳に全ての衣食住を頼っていた故に、一刀はどうしたものかと考える。

 確かに市で仲良くなった人達はいるが、その人達に迷惑を掛けるわけにもいかない。

「――北郷殿!」

 そんな事を考えていたら、後ろから見知った人物から声を掛けられた。

 それは、外套を身に纏い背嚢を背負った愛紗であった。

「関将軍?」

 驚いた表情を見せる一刀に愛紗は苦笑しながら首を横に振った。

「いいえ、今の私は将軍ではありません――急に、曹操殿の御使者から主君の許に帰ってもよいというお達しがあり、お言葉に甘えて先程、頂いた贈り物や官位の璽を返してきた所です」

「そうなんですか」

「所で、北郷殿は何故、このような所に? ああ、警邏のにん――」

 そこで愛紗は、一刀の腰に視線を移し、彼の腰に帯剣がないことに眉を顰めた。

「お恥ずかしながら、己の主君より暇を出されてしまいまして」

 愛紗の視線に気がついた一刀は、頬を指で掻きながら苦笑を浮かべる。

「はあ。しかし、信じられませんね。あの、曹操殿が貴方を暇させるなんて」

「どうやら、逆鱗に触れたようでして……」

 愛紗は「ふむ」と呟き、何かを考え込んでいた。

「――北郷殿、よろしければ私と一緒に義姉者の許へ参られぬか?」

「えっ?」

 一刀は愛紗の申し出に目を見開いて驚いた。

「いや、別に強制するものではないが、義姉者と貴方は、その……婚約者なのだろう? 貴方が来てくれるなら義姉者もきっとお喜びになるはずです」

 一刀の手を包み込むように握って、説得する愛紗。

 彼女も昨日、世話になった恩とその時、芽生えた一刀に対する好意を考えた上で提案をしたのである。

「俺は――」

 愛紗の真摯な瞳に見つめられながら一刀は――



 その日の夜。

 華琳は絶影を抱きながら、夜空に浮かぶ満天の星空を見上げていた。

 心を馳せるのは一刀の事ばかり。

 昼過ぎに政庁に赴き、愛紗に使者を送った後、政務に励んだが、一行に行政処理がはかどる事は無かった。

 そして、夕刻に屋敷に戻る。

 もしかしたら、一刀が帰って来てくれているのかも知れないというありもしない幻想を胸に抱きながら。

 だが、当然の如く、彼はいなかった。

 夜分遅くになっても眠れず、考える事は一刀の事ばかり。

 華琳は、謝りたかった。――そして、出来ることなら許してもらい、いつものように傍にいてほしかった。

 そこまで、一刀に依存しているなど考えもしなかった。

 けれど、失って初めて彼の存在が自分にとっていかに大事なものかを思い知らされてしまった。

「かずとぉ……」

 華琳は弱々しく、声を上げ、フラフラと身体を左右に動かした後、コテンと横になったのである。



 翌日の政庁は、昨日以上に大荒れとなった。

 華琳が病に倒れたのである。

 過労が積み重なり、高熱を出し床に伏せってしまった。

 唯の風邪とはいえ、まだ、幼い華琳の発熱は、場合によっては死に直結する。

 こんな所で己の敬愛する主君を亡くしてなるものかと曹操陣営の者達は右往左往しだしたのである。

 春蘭と曹仁は、部下達を率い熱さましの薬草を採取しに出かけた。

 曹洪は私財を使って、都中の腕のいい医者や薬を掻き集めている。

 秋蘭は、慌てふためく同僚達を見つめながら溜め息を吐いていた。

(北郷殿がいてくれればこのような騒ぎには――)

 と、思案していた秋蘭にツンツンと腕をつつく者がいた。

「? 楽進? どうかしたのか」

 そして、楽進からもたらされた話を聞いた秋蘭はいつものポーカーフェイスに少し微笑みを携えて喜ぶのであった。




 華琳は夢を見ていた。

 そう今より、ちょっと昔の夢を――



 しゅんらんおねーちゃんは、いつもそうこうおにーちゃんとけんかしてる。

 しゅうらんおねーちゃんにいわせると、しゅんらんおねーちゃんはおとこまさりだから、といってくしょうしてた。

 けど、しゅんらんおねーちゃんはかわいいものがすきといって、わたしをいつもだきしめてくれる。とてもおんなのこらしいとおもう。

 「ああ、かりんさま」とかいって鼻血をだしながら――うれしいけどしょうじき、ちょっとこわい。

 しゅうらんおねーちゃんは、ものしずかだけど、とってもやさしいの。

 いつもみんなをみまもってくれて、えがおでわたしのあたまをやさしくなでてくれるの。

 わたしもしゅうらんおねーちゃんみたいな、おとなのじょせいにはやくなりたいな。

 そうじんおにーちゃんはいつもわたしをかたぐるましてくれて、いろいろなものをみせてくれるの。

 そして、しせんのさきにはいつも、おじーさまとおとーさまとおかーさまがいてほほえんでくれていた――




 かずとぉ――


 華琳は、幼き時の幸せな情景を思い出し、それを気づかせてくれた少年の名を呼んだ。






「ん、どーかしたのか?」

 その言葉に華琳は覚醒し、目を開けた。

 正直、身体がだるく熱いし、オマケに頭も痛い。

 けれど、そんな事がどうでもよく思える程に驚いていた。

 何故なら視線の先には、暇を出したはずの一刀がいたのである。

「夏候将軍と凪に呼ばれて付いてきたら、華琳が風邪を引いて寝込んでいるって知って、悪いとは思ったが、看病させて貰った――この時代の医学よりも、俺の知っている家庭医学の方が役に立つとは思いもよらなかったけど、大丈夫すぐによくなるから。早く、元気になれよ」

 また、訳のわからない単語を使って意味不明な事を言っている一刀を見て、嬉しさで華琳は涙を滲ませた。

 両脇に挟みこまれた氷嚢が、冷たくてとても気持ちがいいと華琳は自分の心をごまかすようにして、感じていた。

「ああ、そうだ。ひとつ言っておくことがある」

 一刀が戻ってきた安堵感からか、華琳は気持ちよく眠りにつこうとしていた。

「華琳が、いらないといっても、俺はお前についていくからな? 奴隷(いぬ)にとっては、ご主人様はたった一人だから仕方がないと思ってあきらめてくれ」

 そんな一刀の言葉を夢に誘う、子守唄にしながら、華琳は眠る。

 自分の許に、本当に欲しかったモノが戻ってきた事に喜びと幸せを感じながら――




 外史の歯車は鈍い音を立てながら再び、ゆっくりと廻りはじめた。

 それはまるで、稀代の英雄と少年の絆の強さを祝福、あるいは、嫉妬するかの如く。

 外史はまだ終わらない――





 おまけ

 華琳が病に倒れ、その後の一刀の看病が効を奏したのか、順調に全快の兆しを見せ始めていた。

「ほら」

「あ〜ん」

 今では、このように一刀が剥いた桃を食べさせて貰うぐらいには回復してはいたが、一刀の強い要望により、政への復帰は当面禁止されていた。

 この小さな少女に皆、甘えすぎだと一刀は、文武百官に対して物申したのである。

 彼の真摯な言葉に皆、心打たれ、必死に己の仕事に打ち込むようになったおかげで、華琳は久方ぶりの休息を得ていたのである。

 そして、忙しい仕事の中にあっても自分を心配し、見舞ってくれる家臣達に華琳は喜びを感じていた。

 そのすべては、横で甲斐甲斐しく自分の世話をしている少年によって全て創られた新しい曹操軍の形であった。

 それに感謝しながら、一刀から差し出された桃の味を堪能している所に、扉がノックされるコンコンという音が響いた。

「んぐ――はいりなさいな」

 桃を急いで咀嚼して、中に入るよう促す華琳。

 そして、部屋に入ってきたのは、于禁と凪の二人であった。

「丞相。元気になられたようで、なによりでございます」

 無骨な于禁は、拳と掌を合わせて礼をする。それに合わせて凪も彼と同じく礼をとった。

「ありがとうふたりとも。きょうはわざわざおみまいにきてくれたの?」

「はっ。無論それもございますが、本日は、そちらにいらっしゃる北郷殿に少し、お尋ねしたい議がありまして参った次第です」

「そうなの――かずと、うきんがあなたになにか、たずねたいことがあるそうよ?」

 来客に伴い、皿を片付けて戻ってきた一刀に華琳は声を掛けた。

「俺にですか?」

「うむ、北郷殿。率直に聞こう――先日、凪と床を共にしたというのは本当かね」

 于禁の言葉にピシリと空気が張り詰め、部屋の温度が急激に下がる。

「えっと、その、先日、泊めてもらったのは事実です――「本当かね!」――は、はい!」

 華琳に追い出されたその日。愛紗の誘いを断った一刀は、迎えに来てくれた凪のススメによって、彼女の兵舎にある個室でお世話になっていた。

 華琳のご機嫌が直るまで、少し、距離をとった方がいいという判断からである。

 無論、凪も女の子であるし、翌日以降は親しくしている程?か荀攸に相談するつもりで、一晩だけ、間借りをしたのであった。

 一刀が部屋にいた事が誰かにばれたらしい。

「そうか。娘の沙和から聞いた時は信じられなかったが……むう」

 一刀が凪に視線を向けると、付き合いの長い者だけが解る僅かな表情の変化で、彼女は申し訳なそうな瞳をこちらに向けていた。

「北郷殿!」

「は、はい」

 再び、于禁に名を呼ばれ、背を正し、返事をする一刀。

「婚礼前の女性と床を共にしたのだ。貴殿に婚約者がいるのは重々承知してはいるが、――凪は遊びだったという不義は、この于禁文則が許さぬぞ?」

 手にしていたまさかりの刃を一刀の首に当てながら、脅しという名のお願いをする于禁。

「――へえ、なにかおもしろそうなことをいっているわね?」

 背後に感じた殺気に一刀はゆっくりと、首をそちらに向けると――



 敬愛する己のご主人様が、年に似合わない艶やかさを含んだ微笑みを浮かべていたのである。



 一刀は、これから起こる惨劇を想像して、少し涙するのであった――



 おしまい

 【補足】そーてんこうろネタです。  

 初版 H20 5/15


 あとがき

 お待たせしました。ようやく完成したキリ番SSでございます。
 
 ゼファーさんのリクエストは華琳様でした。

 この作品ではどうもツンデレ分が不足していると思うので、彼女をリクエストします。

 との御意見でしたが、いかがでしょうか?

 何を持ってツンデレとするか、作者としてどうするべきかと悩みましたが。

 こんなものでいかがでしょうか?

 喜んで頂けたのなら幸いです。

 それではまた本編にてお会いすることを願って。

 藤林 雅
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/50871
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[1]  | Trackback[0]  
2008年01月11日 @ 11:34PM
妄想†夢想SS 第1弾 (五十万HITキリ番 by ジン様 リクエスト)

 ※麗羽さんは天上人演義での性格をベースにしていますので聖典(原作)と違和感ありますでしょうが、お許し下さい。



 彼氏は、今の世の中では珍しい、優しい心を行動で示せる故に、どこかしら危なっかしいが、その『仁徳』で人を惹きつける少年です。

 彼女は、王朝の重役に代々名を連ねる名家の傍流の出身でしたが持ち前の美貌と威張ってはいるが、根にある人の良さとおバカお嬢様特有のおっとりした性格から人々に慕われる、いわゆる『カリスマ』を持ち合わせた不思議でどこか放っておけない女性です。

 二人は、現代の日本とは異なる『外史』という不思議で、まるで夢のような世界で出会いました。

 最初は逆賊を討たんとする連合軍の祭り上げられた盟主と、北方の田舎からひょっこりとやってきた太守として。

 覇権を懸けて敵として争う事もありましたが、その後は和解し、まるで姉弟のように仲良く過ごし――時には辛い想いをすることもありました。

 けれど、二人は挫けることなく手を取り合って『漢王朝』再興という偉業を仲間達と共に果たしたのです。

 二人は平和になった世界で、共に幼き皇帝を補佐する仕事に就いていた為、共になる時間が多く、不器用なりにもゆっくりと愛を育み、遂にめでたく結ばれたのでありました。





 この出来事に、都の宮中は季節外れの嵐が吹き荒れました。





 実は、彼を狙う女性が指では数え切れない程、沢山いたのです。

 それこそ、宮中では昼夜を問わず彼に想いを寄せる女性陣による権謀術数に溢れ、さながら群雄割拠の争いのようでした。

 しかし、女性陣にとって彼女が彼の相方になるとは誰もが予想外だったからです。

 ――彼は、もしかしたら気付いていたのかもしれません。

 故にそういった事に無関係であった彼女に心惹かれたのでしょう。

 この事に特にショックを受けたのは同じく彼の姉的存在なボーイッシュでポニーテールなお姉ちゃんと、彼と結ばれた彼女と、若き日から様々な面でライバル関係にあったパツキンドSな覇王様だとか。

 正史において、そのほぼ無敵な覇王様に土を付けたこともある緑髪のツンツン眼鏡っ子軍師曰わく、「予想外過ぎて、開いた口が塞がらない」と述べたほど、二人が結ばれる確率は低かったのです。





 しかし、運命の悪戯か、女神の嫉妬なのか――外史の住人ではない彼が世界の理により、元の世界に飛ばされる事になりました。

 けれど、彼女はその理不尽さに怒り、それを覆し、共に彼が居た世界へと、一緒についていったのでした。

 ――誤算と言えば、二人の仲間達もまとめて一緒に飛ばされた事です。

 まあ、その後も色々ありましたが、現世で、二人は仲睦まじく暮らしているのであります。


 けれど、そんな二人にはちょっとした秘密がありました。

 彼氏である北郷一刀は本人は否定していますが、妹分に相当甘く、いわゆる、『シスコン』で―――

 彼女である『北郷』麗羽はなんと――漢のロマンであるドリルの使い手であり、『うっかり』さんだったのです。





 ……別に秘密にするような事、以前にみんなにバレているような?


 兎に角、そんな二人のお話です。



恋姫†無双 二次創作 妄想†夢想SS しりーず アトリエちゅうとはんぱ ぷれぜんつ

 彼女は麗羽さん 編





 聖フランチェスカ学園の郊外に新築の香りをまだ残す一軒家。

 そこに住むのは、かつて『外史』と呼ばれた異世界で英雄となった北郷一刀と彼のパートナーとなった『北郷』麗羽である。

 ついでに、家族当然の間柄である『北郷』斗詩と『北郷』猪々子も共に仲良く暮らしていた。

 居候二人曰く、『危なっかしくて見ていられない』と言っているが、元主君であり敬愛と言うよりは、親愛している一刀と麗羽と一緒に居たいのである。

 恋人同士である二人は快く彼女達を受け入れて、こうして奇妙な四人の生活が営まれていたのであった。




 え? 『何でフランチェスカ学園の寮に住んでいないの?』ですか? ――そういう仕様です。


 冗談はさておき、実は、最初はみんな別れて寮生活を送りつつ学園に通っていたのだが、一刀を慕う女性陣が麗羽がいない隙に彼に猛アタックを仕掛けてきた結果、男子寮に住む生徒達から苦情(主に嫉妬が九割九分)が学校に山のように寄せられ、職員会議で採決を執った所、一刀の退寮命令が可決したのであった。

 いきなり路頭に迷いそうになった一刀であったが、思わぬ所から救いの手が述べられた。

 それは、外史の世界において中原の覇王と呼ばれた少女。曹孟徳こと華琳であった。

 彼女は現世においても才能を遺憾なく発揮し、フランチェスカ学園で勉学に励みながら――会社経営を片手間にこなしていたのである。

 『MOUTOKU』は証券会社から始まり、半年もせぬうちに世界相手にM&Aをこなす企業へと発展していったのである。故に、カリン=ホンゴウの名は世界に轟いていた。

 無論、これには朱里、詠、桂花、穏などの知識人の協力により、成し得たものである。

 そんなこともあり学生にも関わらず、彼女達に経済界の様々な所からオファーが飛び込んで来たが、皆、断っている。

 今では交渉人達は矛先を、『北郷ファミリー』の中心地にいる『北郷一刀』に目を付けていたりするが、彼は学業終了後はMOUTOKUの傘下グループに配属される事が既に決まっていたりする。無論、本人は知らない。

 閑話休題。

 話は逸れたが、要は、『お金を腐るほど持っている』華琳が、一連の騒ぎに自分も荷担し、一刀達に迷惑を掛けた詫びとして学園の郊外にポケットマネーで一軒家を購入してくれたのである。

 明日からどうしようかと悩んでいた一刀は救いの手に、思わず、喜びの余り華琳を抱きしめて「ありがとう、華琳!」といいながら彼女を抱きかかえたままグルグルと回る。

 華琳は「このバカ!」と言いながらも思い焦がれている少年の行為に、頬を朱に染めながら照れていた。

 と、まあそんな訳で一刀は、学園生活を変わらず謳歌していたのであった。




 一刀の寝室。

 その部屋の扉の前に立つのは聖フランチェスカ学園の制服に袖を通した麗羽その人であった。

 黙っていれば、見目麗しく、スタイルもボン、キュッ、ボンで、男子諸君がおもわず前屈みになりモデルも真っ青な肢体を持つ彼女は、ニコニコ顔で、愛しい彼の寝ている部屋のドアを勢いよく開けた。

「一刀さん、朝ですわよ〜!」

 外史の世界での彼女を知っている者達が見れば、狐に包まれたような顔をする事間違いなしの麗羽の甘ったるい声である。

 けれど、彼女の目の前にあるベッドにいる人物は布団を頭の上まで被った状態でピクリともしない。

 ちょっと、ムッとした表情を浮かべた麗羽であったが、すぐに何かを思いついたようにニンマリと愛らしく微笑む。

「――もう、一刀ったら甘えんぼさんなんですから。ふふふ、今、起こして差し上げますわ」

 そう言って、ベッドに腰掛け、『お目覚めのキス』をするべく、布団を優しく剥ぐ麗羽。

 





 で、そこに現れたのは――一刀が以前、制服の下に着ていたお古のカッターシャツを寝間着にした、肌Y姿の猪々子が、猫のように背を丸めて安らかに寝息を立てながら寝ていたのである。

「えへへ〜ごしゅじんさま〜」

 猪々子は、布団に残っている一刀の残り香を堪能するように顔を擦りつけながら、微笑む。

 ――三、二、一、はい。

「キシャァ――!!」

 麗羽さん大噴火。

「キャ、キャィ――ン!!」

 姫様の怒りの咆吼と共に猪々子の子犬の叫び声が木霊するのであった――



「ただいまー」

 ガチャリとリビングのドアを開けてジャージ姿の一刀が頬に汗を掻きながらビニール袋を片手に入ってきた。

 どうやら、ジョギングに出かけていたらしい。

「おかえりなさい。ご主人様」 

 一刀の声にスリッパの音をパタパタと立てながら迎えるのは、聖フランチェスカ学園の制服に花柄のエプロン姿がとても良く似合う斗詩である。

 斗詩は一刀にタオルを渡しながら、彼の手からビニール袋を受け取った。

「えっと、言われたとおりコンビニで醤油を買ってきたけど、これでいいのかな?」

「はい。わざわざありがとうございます」

「そんなとんでもない。斗詩さんに家事を任せっきりにして、こちらこそ世話になっているんだから……それに――家族なんだから、遠慮しないで何でも言ってください」

「――そうですね」

 一刀の照れた表情と彼の口から『家族』と言われた事に斗詩は喜びを隠さず微笑むのであった。



「今日こそ許しませんわよ! 猪々子さん!」

「ちょっ! 姫! タンマ! ダブルのドリルなんかで突かれたら、あたいご主人様のお嫁と斗詩の婿に行けなくなるってば!」

 ドタンバタン、ガラガラ、ガッシャンとコミカルな音を立てながら二階で暴れている二人の喧騒が聞こえてくる。

「――平和だなぁ」

「――平和ですね」

 苦笑する一刀と斗詩であった。



 四人そろって、テーブルを囲んでの朝食タイム。

 白飯にアジの開きに出汁巻き卵、大根と人参に油揚げが入った味噌汁といった結構手の込んだ和食が立ち並ぶ。

 無論、斗詩お手製の料理の数々であった。

 彼女の気遣いに感謝しながら一刀の箸は進む。彼の対面に座っている猪々子は、「うま、うま!」と言いながら見ている方が微笑んでしまうほどの健啖ぶりを発揮していた。

「ご主人様、おかわりはどうしますか?」

 その横で、斗詩が一刀が手にしていた茶碗の中が空になっていることに気づき、声を掛けてくれた。

「あっ、うん。お願いします」

 まるで、長年連れ添った夫婦のような呼吸で微笑みあいながら茶碗の受け渡しをする二人。

 それを、じっと見る猪々子。

「ん? 猪々子どうした?」

 視線を感じた一刀は、箸をくわえたままほっぺにご飯つぶを付けてこちらを見ている猪々子に苦笑しながら問う。

「――何かさぁ、ご主人様と麗羽様が恋人ってより、ご主人様と斗詩が夫婦って感じがしない?」

「ぶ、文ちゃん!」

 猪々子の発言を窘めながらも斗詩は恥ずかしさの中に満更でもない表情を浮かべていた。

「……そうですわね、ちょっと妬けてしまいますわ」

 そんな斗詩を羨ましげに見つめながら、さりげない動作で急須に入ったお茶を湯飲みに注ぎ、一刀の傍に置く麗羽であった――



 聖フランチェスカ学園 ?―? (ロサ・モスカータ)

 麗羽が在籍するこのクラスでは今、担当教諭が所用で自習時間となっていた。

 一応、予習と復習を兼ねたプリントが配布されていたが、元々、優秀なお嬢様達が多いので、そんな課題はサッサと終わらせて、思い思いに時間を過ごしている。

 最上級生であり、本来ならば受験勉強などで大変な時期ではあるが、多くは金持ちの子女である。殆どの生徒は推薦での進学や実家に帰ったりと何かしらの進路が決まっていたのである。

「う〜ん」

 そんな中、麗羽だけが英語の辞書を片手に美しく整った顔を歪ませてうんうんと唸っていた。

 国語や数学などはそれなりに理解していたが、どうやら英語は彼女にとって鬼門であるようだ。

 けれど、以前のように投げ出さないのは、元、主と言うよりは、年長者として猪々子や斗詩への模範になるべく励む事と、一刀に恥をかかせない故である。その姿に過去の『袁家』を背負う影はない。あの外史で、麗羽は他人と支え合う事を学んだのであった。

「――麗羽さん、よろしければお手伝いしましょうか?」

 課題に悪戦苦闘している麗羽に、救いの手がのべられた。

 少し、ゆっくりとした口調でそう申し出てくれたのは前髪の左部分に髪留めをしたロングストレートが印象的な、麗羽のクラスメイトである楠原彩夏(くすはら あやか)嬢であった。

 整った顔立ちに嫌みのない微笑みを浮かべながら彩夏は、麗羽のプリントを覗き込む。

「ああ、この例文はですね、この接続詞を使って――」

「――そうですの? と、なると……ここはこうかしら?」

「ええ、そうですわ。麗羽さんは飲み込みが早いですわね」

 二人とも、表面上の性格は明と暗に分かれるが、根にあるおっとりした部分が、ウマに合うのか十数年間共に過ごした友人のように親しい。

「――ふぅ、終わりましたわ」

「おつかれさまでした」

「彩夏さんのおかげで助かりました――」

 彩夏に対し、お礼を述べる麗羽の視線がふと、外れた。

「?」

 麗羽の態度におかしいと感じた彩夏も彼女の視線を追い、窓の外に向けられた。

 そこでは、野外に設置されたバスケットゴールの下で聖フランチェスカ学園の男子生徒達が合同体育の授業として 3 on 3 を行っていたのである。

 早坂章仁、及川佑、北郷一刀の『聖フランチェスカ漫才トリオ』(章仁4:及川5:一刀1の割合)チームと上級生チームとの試合であった。

 スポーツには疎い二人にも解るほど、試合は白熱しているようで、その証拠に共に体育の授業を受けている女子生徒達や、麗羽達と同じように窓から眺めている者達がちらほらと見受けられた。



「及川!」

 章仁が切り込むようなドリブルで一人を引きつけ、及川にパス。

「はいな!」

 及川はストレートに飛んできたボールをカットにきた先輩に背を向けた状態で抱え込むように腕を腹に引き込む。そして、反転し、片足を軸に回避行動に移る。

 それを見たゴール下で一刀を警戒していたもう一人の上級生が、及川のコースを塞ぐようにプレスを仕掛ける。

「甘いな!後輩共!」

 二人にチェックされた及川は、一瞬、苦悶の表情を見せたが、すぐ不適な笑みになり、抱えていた両手を開く。

「残念! フェイクや!」

「なっ!」

「!」

 及川の手にはボールがなかった。

 そして、同時に、ラインギリギリで一刀がボールをキャッチする。

 及川は章仁のパスをスルーしたのである。

 しかも、パスを出した本人は一刀が間に合うようにボールにバックスピンをかけていたのである。

 そして、フリーの一刀が教科書通りの美しいフォームでシュートし、ボールは美しい弧を描きながらゴールネットに吸い込まれた。

 キャ――!っと、三人のプレイに女子生徒達から黄色い歓声が上がる。

 お嬢様達が淑女の嗜みを忘れてしまう程、魅入られていた。

 一刀達はお互いにしてやったりと互いにハイタッチを交わし合うのであった。



「……」

 不覚にも麗羽はスポーツに汗流す一刀の姿に見惚れていた。

「ふふ、素敵ですわね」

「彩夏さん?」

「明るく、みんなの先頭に立ちリーダシップを発揮するけど、ちょっとやんちゃな早坂君。いつもユーモラスに溢れ、ムードメーカーな及川君。ちょっと古風で頑固だけど、誰よりも家族を――そして、麗羽さんを大切にする優しい心を持ち合わせた一刀君」

「なななななっ!」

 彩夏の思いがけない発言に麗羽は茹でタコのように顔を真っ赤にさせた。

「――ごめんね、ちょっと麗羽さんが羨ましくてからかっちゃった」

 少し、翳りのある笑顔で彩夏は微笑んだ。

「あや「大丈夫です。麗羽さんから一刀君盗ったりしませんから」――!!」

 自分の家庭の事情を知る麗羽を冗談で気遣い、再び羞恥心で真っ赤にさせる彩夏であった。

「でも、一刀君、私達のクラスでも結構人気あるから注意したほうがいいかもしれませんね」

 麗羽の視線は彩夏の言葉と共にクラスメイト達に向けられる。

 確かに、熱い視線を向けている者達がちらほらと見受けられた。

 それが、一刀に対して向けられているものかは定かではないが、麗羽の心には少し、チクリと棘が刺さるのであった――
 




「――ご主、一刀さん、どうぞ」

「ありがとう斗詩さん」

 昼休み。

 一刀、麗羽、斗詩、猪々子の四人は、校庭の中庭でブルーシートを敷いて昼食を仲良くとっていた。

「……」

 朝にも、猪々子にからかわれたが、一刀と斗詩のやりとりは、本当に仲睦まじい夫婦のように麗羽の目には見えていた。

 それに、彼女は生活面で家事を殆ど受け持ち、一刀の信頼は揺るぎようのないもになっている。

「なあなあ、一刀! 今日、授業でばすけっとぼーるやってたよな〜! 何であたいを呼んでくれないんだよ〜!」

 頬を膨らませながら、一刀の背中におぶさる猪々子。

「猪々子、重い」

 口ではそう言いながらも一刀の表情は、「しょうがない奴だな〜」と言わんばかりに微笑んでいた。

「れでぃに対して、それはないとおもうぞ! ……へへへ、もーらい!」

「もぐもぐ――うまうま」

「あーそれ、食べかけなんだが……」

 一刀が食べかけていた、斗詩特製のタコさんウインナーを頬張る猪々子。

「ぶ、ぶぶぶぶ文ちゃん! お行儀悪いよ!」

 行儀云々より、『一刀が口にしていたものを食べた』という事実に羨ましさと恥ずかしさで声を上げる斗詩。

 猪々子と一刀に関しては、異性と言う以前に、同年代の親友同士のような気安い関係を構築している。

 ある意味、それは一刀にとって精神的な安定をもたらしているのかもしれない。故にべったりくっついても彼は拒否反応を見せない。

 麗羽、三人のやり取りを観察しながら、ふと、思う。

(一刀さんや、皆さんに甘えるだけで――私は……)

 例えば、一刀と斗詩が、若しくは一刀と猪々子が恋仲であったのなら、自分はこの場にいれたであろうか?

 考え出すと、自分の中にある暗い感情が押し寄せてきて、麗羽は箸をくわえたまま俯いてしまう。

 とりあえず、今自分が――『一刀のパートナーである麗羽』がしておく事は。

 躾の悪い元、部下に制裁という名のお仕置きをすることであった。



「キャィ――ン!」


 朝に続いて、聖フランチェスカ学園においても、猪々子の悲痛な叫び声が木霊するのであった。



 放課後、聖フランチェスカ学園『統合生徒会』室の中で、聖フランチェスカ学園統合生徒会名誉顧問兼筆頭会長の肩書きを持つ『北郷』劉協ことキョウは執務用に用意された学園長が使用するような権威を醸し出す重厚な造りをした机で園児、児童、生徒、はたまた教職員から送られてくる嘆願書に目を通していた。

 彼女の両脇に用意された秘書机にはそれぞれ、麗羽と一刀が座り、事務の補佐を手伝っていた。麗羽は主に書類の整理。一刀はパソコンのデータ管理やメールの確認作業を行っている。

「――義兄上」

 パソコンのディスプレイに視線を向けていた一刀は席を離れ、自分の横にいつの間にか来ていた劉協に視線を移す。

「どした?」

「これをご覧ください」

 劉協から差し出された用紙を覗く一刀。

 その用紙にはクレヨンで一生懸命さが伝わる似顔絵らしきものが描かれていた。

「――これは?」

「ふふふ、璃々からです。こちらが、義兄上でこれが妾だそうです」

 璃々が描いた絵の下には形が崩れた丸っこい字で『きょうおねぇちゃんとごしゅじんさま』という文字があった。

「しかし、何でまた嘆願書の用紙に?」

「璃々なりの気遣いなのだと思います。彼女は幼いが、紫苑殿に似てとても聡明ですので」 

「なるほど」

 本来、初等部の最高学年『児童』の劉協が大人顔負けの仕事をこの学園で行っているのである。

 璃々は嘆願書に幼い自分が仕事を手伝う事が出来ない代わりにこうした形で想いを伝えてくれた事に劉協は微笑んでいた。

 そんな二人のやり取りを麗羽は手を止めて見つめていた。

 一刀と劉協。

 二人は立場は違えど、外史でもこの世界でも兄妹の関係でいた。

 その関係は、血縁者であっても相争うことになる現代社会においては、形骸化してしまった大切な絆。

 浅ましくもそんな二人に嫉妬してしまう麗羽。

 普段なら、そんな事を考えないのだが、今日は、色々積み重なって不安に駆られていた。

 ――いや、今まで溜まっていたが、無意識の内に避けていた想いが麗羽の心の中に溢れてしまう。

 ガタン!

 勢いよく席を立ち上がる麗羽。

 それに吃驚した一刀と劉協は吃驚とした表情を彼女に向けてしまう。

 同じような表情をしているという事にすら、嫉妬を感じて険しい表情を浮かべてしまう麗羽。

 だが、すぐ、ハッとなり恥ずかしさで俯く。

「麗羽さ「すみません。今日は体調がすぐれないみたいですわ――先にしつれいします」……」

 何か言おうとした一刀の声を遮り、麗羽はそそくさと荷物を纏めてしまい、部屋を退出してしまった。

 彼女が、出て行った扉を一刀は悲痛な表情を浮かべながら見つめていた。

 そんな義兄の表情を見上げながら、劉協は、深く溜め息を吐く。

 『兄』とある意味『母』的存在の二人の不器用な姿に幼き少女はやりきれない気持ちになるのであった。

「義兄上――」

 故に、『妹』であり、『娘』である劉協が執るべき行動は決まっていた――





 真っ赤に染まる夕焼け空の下、麗羽は、学園の郊外にある小さな公園でブランコに乗りながら、俯いていた。

 自分が取った浅ましい行動で一刀達に迷惑を掛けた事を恥じていたのである。

 『嫉妬』という概念は元、上流階級にいた麗羽にとっては『恥』なのだ。

 一言で言えば、『面子』の問題である。

 一家の年長者としてのソレが、彼女を悩ませていた。

(一刀さんの事を想うと、小娘みたいに情緒が不安定になるなんて情けないですわ……これでは、斗詩さんや猪々子さんにも示しがつきませんわね)

 そんな事をしょんぼりと考えていた麗羽を人影が覆うように包む。

 麗羽が影に気づき、顔を上げるとそこには、後ろ手で鞄を持った斗詩が腰を曲げて彼女の表情を覗いていたのである。

「斗詩さん……」

 何を言うべきか、迷う麗羽に斗詩は我が子を見守る母親のような優しい笑顔を向けてきた。

「――姫、よろしければ少し、私につきあってくださいませんか?」

 斗詩の言葉に、麗羽は少し、悩んだ後、素直にコクリと頷くのであった。



 一刀は、とっぷりと日が暮れた夜空の中、付近の住宅から、漏れる明かりと外灯の光を頼りに家路へと急いでいた。

 彼の手にはある二枚のチケットが握られていた。




 麗羽が去った後、一刀は生徒会室の中で、劉協に『女性の機微』について長々と説明というか説教を受けていたのである。

 無論、デフォルトは正座で。

 麗羽の事が気になり、話しに集中しないでいると、義妹から、笑顔なのに何故か物凄くプレッシャーを感じる空気に当てられる為、その場から離脱できないでいたのである。

 そして、話が終わった後、劉協は執務机の引き出しからあるものを取り出し、それを一刀に渡したのであった。

 一刀の手にあるチケットは水族館の優待券であった。

 劉協曰く、「家に帰ったら、麗羽殿にきちんと謝罪し、それで『でーと』に誘うのです。よろしいですね?」と、またもや、にこやかな表情でプレッシャーをかけてくる彼女に一刀は頷く事しか出来なかった。



 そんなことを考えている内に家の前に辿り着いてしまう。

 一刀は玄関の前でゆっくりと深呼吸をし、意を決して、ドアを開ける。

「ただいまー」

 その声と共に、リビングから猪々子がひょっこりと顔を出す。

「おかえりなさ〜い」

「猪々子、麗羽さんは?」

 一刀の言葉に猪々子は笑顔を向け、コイコイと手招きする。

 一刀はそれに従い、猪々子の後に付いていく。

 そして、キッチンの前で彼女は「しー」と人差し指を口元に当て一刀を促す。

 そこで、一刀が見たのは――



「――包丁を持った手はそのままで添えた手を動かすのがコツです」

「こんな感じかしら?」

 斗詩の指導の元、麗羽がジャガイモの皮むきをしていたのである。



「今日は、カレーだってさ」

 その光景を見ていた猪々子が一刀の耳元でそう囁く。

「まあ、姫とご主人様が仲違いするのはあたい達にとって一番嫌な事だかんね。斗詩が気を利かせてくれたんだ」

「そっか」

 真剣な表情でジャガイモの皮むきをしている麗羽の姿を見ながら一刀は心が温かくなるのを感じていた。



 斗詩が監修した麗羽お手製のカレーの味は一刀にとって最高のものだった。

 そして、食べ終えた後、リビングのソファーで食休みをする一刀の許に麗羽がやってきて、何も言わずに、普段と少し離れた間合いでとなりに座る。

「「……あの」」

 同じ言葉が同時にユニゾンする二人。

「……一刀さんから、どうぞ」

 麗羽の申し出に一刀は頷く。

「えっと、あの後、キョウから怒られたよ『義兄上は鈍感です』って。……麗羽さんごめんなさい」

 麗羽と対面して、頭を下げて謝罪する一刀に麗羽吃驚する。

「俺、麗羽さんに甘えていました。本当なら麗羽さんの事を常に気にかけていないといけないのに――「謝る必要はありませんわ一刀さん」――えっ?」

「謝るのは私の方ですわ……他の女性と少しぐらい仲良くしている姿に、優しげな表情を向けるアナタに、彼女達に嫉妬していたんですもの」

 斗詩は、麗羽を連れてスーパーへ赴いて、一緒に買い物をしている時に、「素直にお心内をお話ください――口にしないと伝わらない想いもありますから。それに、ご主人様はそれぐらいで姫を嫌う事はありませんから」と、笑顔で助言してくれたのである。

「――っ」

 しかし、恥ずかしい事には変わりない。

 一刀も麗羽の思わぬ告白に頬を真っ赤にさせて照れていた。

 そして、互いに笑い合う。

 それも収まった所で、二人は視線を交わし、見つめ合う。

 一刀がそっと麗羽の手を上から重ね、彼女に顔を近づける。

 その意図を察した麗羽はゆっくりと目を閉じ――「よし! ちゅーだ! そこで、ぶちゅっと!」「ぶ、文ちゃーん覗くなんて二人に悪いよ〜」

 存在に気が付き、二人はリビングのドアに顔だけ出している猪々子と斗詩に視線を向ける。

「あっ!……そ、その失礼しました〜!」

「ご、ごめんなさい〜!」

 一刀と麗羽に見つかった二人は、バタバタと足音を立てながら一目散にその場から逃げたのであった。

 そんな同居人達の行動に二人は微笑み、そして、再び見つめ合う。



 少しの間を置いて唇同士が軽くふれ合う、恋人同士の優しいキスが交わされた。


 ――一刀さんと共に過ごせて、私は本当に果報者ですわ。


 

 愛し合う二人に幸せが訪れますように――


 彼女は麗羽さん 編 了




 



 おまけ

「二人も無事に仲直りしたし、今度はあたいの出番だね!」

「文ちゃん? なんのことを言ってるの?」

「何って、ナニだよ? ホラ、二人とも奥手で初心だから、ニャンニャンするとき困るじゃん?」

「にゃ、ニャンニャンって……」

 猪々子の発言に顔を朱に染める斗詩。

「で、あたいがご主人様の『筆下ろし』をしてあげて、来るべきその時に備えて練習台になってあげるのさ」

「そ、そ、そんなの駄目だよ! ……それに猪々子だって、そんな経験ないでしょ?」

「うん? その辺は大丈夫」

 斗詩の言葉に猪々子はゴソゴソと何かを取り出した。

 彼女が取り出したのは一枚のDVDであった。

 タイトルは『突撃! となりのお姉さん!〜迫りくる濃密ボディ激闘の120分〜』である。

「あわわわゎゎゎ〜」

 ボヒュンと湯気を噴火させ斗詩はテンパってしまう。

「こーゆのもあるよ?」

 猪々子は笑顔でもう一枚DVDを出す。

 二枚目のタイトルは『漢の浪漫! 女子高生と夢の3P〜桃源郷はここにある〜』であった。

「い、猪々子、こここ、こんなの、どこで――「ご主人様の部屋」――えっ!?」

 斗詩は思いがけもしない猪々子の言葉に固まってしまう。

「ご主人様も健全な男の子だってことだよ。綺麗どころが三人も同居しているんだよ? さぞかし、ソッチの処理も大変だったんだよ。きっと」

 うんうんと頷く猪々子。――因みに彼女は勘違いをしていた。  この二枚のDVDはそれぞれ章仁と及川の所有物であった。寮の監査を逃れる為、一刀に預けていたのである。

「……」

 生真面目な斗詩は俯いて黙ってしまう。

「そうだ! あたいよりも斗詩の方が適任かも!」

「……え、ええええ〜!」

 思いがけない猪々子の言葉に斗詩は仰天する。

「だって、ご主人様かなりの『おっぱいスキー』じゃん? 悔しいけどあたいより斗詩の方が……」

「ぶ、ぶぶぶ文ちゃ〜ん!」

「斗詩が、裸にプレゼント用のテープを巻いてさ〜『ご主人様、どうぞお召し上がりになってください』っていえば、絶対上手くいくよ!」

「……」

 猪々子の言葉を頭の中で想像する斗詩。



 一刀の寝室のベッドに寝そべりながら、羞恥心に耐えながらも両手を拡げて――

「ど、どうぞ……ご、ご主人様」

 そして、理性の糸が切れた一刀が獣の如く自分の身体を貪る――



「……いいかも」

 斗詩を焚き付けることに成功した猪々子はニンマリと笑うのであった。







――夢のみんなで仲良く4Pに想いを馳せながら。 







 おまけ その2


「キョウありがとな、あのチケット有効に使わせて貰ったよ」

 劉協から貰った水族館の招待チケットを使い、一刀は麗羽と良い休日を過ごせたようで、喜びに満ちた表情をしていた。

「そうですか。それは上々でした」

 義兄の笑顔に満足そうに頷く劉協であった。

「それでさ、何かお礼がしたいんだけどさ、キョウは何か俺にして欲しい事とかあるか?」

 その言葉にピクッと反応を見せる劉協。

「――どのような事でも?」

「ああ、俺に出来る事ならなんでもオーケ−だ」

 麗羽と仲直りする事が出来た一刀は少し浮かれていた為、義妹の微妙な表情の変化に気づかなかった。

 ――言質は取ったと。

 劉協は一刀の傍に赴き、彼の目の前にズイッと紙切れを差し出す。

 それは、チケットで、内容は『わーるどわんわんフェスタ 〜世界の厳選された名犬とのふれあい〜』であった。





「れ、麗羽殿とばかりズルイかと……妾もたまには義兄上と『でーと』がしたい」



 そして、上目遣いに涙目のミックスコンボ。



 自覚はないが、『シスコン』の彼がそれに堕ちない訳は無く、頷くしか答えは残っていなかった――






 猪々子の野望が、4Pから5Pに変わるのはそう遠くない未来なのかもしれない――


 おわり

 
 後書き

 ジン様リクエストの『麗羽』SSをお送りしました。

 思いのほか難産でした。

 時間が掛かって申し訳ありません。 orz

 正直な所、人気の高い星、恋、蓮華辺り若しくは妙に人気が高いキョウを辺り予想していましたが、『麗羽』がリクエストされるとは、予想外でした。気分は、第三帝国にトーチカを避けてアルデンヌを突破されたフランス・イギリス連合軍のような心境でした。正に、『これはないだろうという』油断を突かれたジン様の見事な電撃作戦でした。

 内容的にはどうでしょうか? 皆様に楽しんで頂けたら幸いです。

 


 キョウSSとか猪々子&斗詩さんSSのような気がしないでもありませんが、お許しください。 orz


 
トラックバックURL   : http://blog.surpara.com/usr/trackBackAccept.html/40788
Up — posted by FUJIBA28   | Comment[0]  | Trackback[0]