2ページ目に同じ場面をリナリア(65)が書いた日記があります。
黄昏の魔剣。暁の魔剣。
選帝公。皇帝。
2つの魔剣と2つの地位。どちらを選ぶべきか。
今すぐ結論を出す必要がないとは言われたものの、頭の中から離れない。
そうして考えながら父上の後ろを歩いているうちに、リナたちの待つ小屋に着いた。
『ピンポーン』
玄関のチャイムを鳴らすと、
プリムラ「はーい、今開けますー。」
『ガチャッ』
プリムラとリナが出迎えてくれた。
プリムラ「公王陛下。お茶会の準備はしっかりと完了しましたわ。」
アリウム「2人に準備を頼んでしまってすまなかったな。失礼するぞ。」
リナ「父様っ!」
父上の顔を見るなり、いつもはおとなしいリナが、珍しく慌てて駆け寄っていった。
アリウム「ふふっ、そんなに慌てなくとも大丈夫だぞ?久しぶりだね、リナ。元気にしていたか?」
リナ「はい、父様。あの……勝手に抜け出したりしてごめんなさい……。」
アリウム「アンリと2人できちんと考えた上での決断だったのだろう?それを咎める気はないさ。」
リナ「父様……。」
リナの嬉しそうな様子を見ていると、何だか少し心が和らぐような気がした。
プリムラ「感動の再会もよいのですが、もうそろそろお客様もみえるはずですし、中に入っていただけます?」
アリウム「うむ、そうだな。」
父上の後に続いて、部屋に入っていく。
テーブルの上にはティーセットや様々なケーキが所狭しと並べられていた。
私たちが部屋に入ってまもなく、
『ピンポーン』
玄関のチャイムの音が聞こえてきた。
リナ「あっ、私が出ます。
はーい、今開けますねー。」
リナが玄関に向かい、客を出迎える。
『ガチャッ』
リナ「いらっしゃいませ。」
ひょっとこ「こんにちわーっ、本日はお招きいただきありがとうございまーす!」
クロエ「……ありがとう。」
客は、ひょっとことクロエだった。
リナ「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます。もう準備はできていますから、中へどうぞ。」
ひょっとこ「お邪魔しまーす!」
クロエ「……。」
(ぺこり)
ひょっとこは無駄に騒がしく、クロエは静かに入ってきた。
アリウム「どうも、はじめまして、アンリとリナの父のアリウムです。」
父上は入ってきた2人に挨拶をした後、小さな包みを持ってクロエに近づいていった。
アリウム「貴方がクロエさん、ですね。以前は妹のアルメリアと妻のカリンがお世話になって、今は子供たちまでお世話になって。本当にいろいろありがとうございます。」
クロエ「……アルムとカリンにも、世話になった。……今も、世話になってるの、私のほう……。……アンリは、頼りになる。リナリアは、優しい……。」
クロエにしては珍しく長い言葉で、父上の挨拶に応えていた。
父上はクロエの言葉に微笑みながら、小さな包みをクロエに差し出した。
アリウム「これは、妹と妻から預かってきたものです。貴方に渡してほしいと。」
クロエが受け取った包みを開けると、中身は柊の葉をかたどったブローチだった。
魔力が篭められているようなので、恐らくは母上が作ったものにアルメリアさんが魔力を篭めたものだろう。
クロエ「……ありがとう。可愛い……。」
ブローチをマントにつけて嬉しそうに眺めているクロエは、いつもと違って見た目相応の子供のようで、何だか新鮮だった。
アリウム「貴方が、佐藤さん、ですね。いつも子供たちがお世話になっております。」
父上は今度はひょっとこに近づいて、挨拶をする。
相手が妙なお面をかぶった男だとは思えないほどに、落ち着いた丁寧な挨拶だ。
ひょっとこ「誰も滅多に呼んでくれないのに、佐藤さんって呼んでもらえた……(じーん)
えぇ、俺はマジシャン佐藤っていう奇術師です。気軽に、ひょっとこって呼んで下さいな。」
佐藤さんと呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、その場で飛び跳ねたりくるくる回ったりとやたらとうざい事をし始めるひょっとこ。
帽子からハトまで出ているぞ……。
アリウム「では、ひょっとこさんと呼ばせていただこうか。」
父上はそんなひょっとこの様子に少しも動じる事なく、笑顔で応える。
父上、そのひょっとこのお面や帽子から顔を出しているハトに少しは疑問を持って下さい……。
アンリ「そんなに喜んでるわりに、いつもの呼び方で呼んでほしいと言うんだな。」
ひょっとこに突っ込みをいれても疲れるだけなのはわかっているので何も言わないつもりだったが、ついうっかりと疑問を口に出してしまった。
ひょっとこ「普段の呼び方まで佐藤さんだと、他にも佐藤さんがいた時に紛らわしいからねー。」
アンリ「日本ならともかく、この島には佐藤なんて他にはいないぞ……。」
いいからハトを仕舞え、と言う気力もなく、とりあえずこの島に他に佐藤という苗字の者が私の調べた限りではいないという事だけを告げる。
プリムラ「はーい、話が盛り上がるのはいいんですけど、席についてお茶会をはじめてからにしていただけます?せっかくの美味しいお茶が冷めてしまいますわ。」
このままだと収拾がつかなくなりそうだったので、プリムラのこの言葉はすごくありがたかった。
アリウム「あぁ、そうだな。」
プリムラ「ケーキはいろいろ準備してありますから、お好きなものを選んで下さい。
たくさんありますから、おかわりが必要でしたら後で言っていただければ取り分けますわ。」
リナがお茶を淹れている間に、プリムラが皆が選んでいただいたケーキを手早くお皿に取り分けていく。
私は当然のごとくシフォンケーキを選ぶ。リナがフルーツタルト、父上とプリムラがチーズケーキ、ひょっとこが苺のショートケーキ、クロエがザッハトルテを選んでいた。
ひょっとことクロエの好みは知らなかったが、何となくこの2人らしいチョイスで納得してしまった。
アリウム「心ばかりのもてなしですが、のんびりとお茶とお菓子と談笑を楽しんでいただければ幸い。」
ひょっとこ「余興の手品ならまかせろー!!」
ひょっとこがステッキを手に、勢いよく立ち上がる。
お茶とお菓子と談笑という言葉のどこにも余興なんて言葉は入っていない。
アンリ「落ち着け。……せめて、お茶とお菓子を食べてからにしてくれ。」
このままひょっとこが手品を始めてしまったらお茶会どころではなくなるのは目に見えている。
ひょっとこ「はいはーい。そうだよなー、こんなに美味そうな紅茶とケーキがあるんだもんなー。紅茶が冷めないうちに食べなきゃ。いっただっきまーす!
(もぐもぐ)うー、美味いっ!お金持ちの家はさすがにいいお抱えシェフがいるんですなー。」
本当にもう、何でこいつはいつもこんなに慌しいんだ……。
リナ「シェフではなくて、このケーキは、母様とアルメリア叔母様のお手製なんですよ。」
ひょっとこ「おー、そうなのかー。リナリアちゃんのご家族は料理上手で羨ましいねー。」
クロエ「(もぐもぐもぐ)……美味しい。(もぐもぐもぐ)」
騒いでいるひょっとことは対照的に、クロエは静かにケーキとお茶を味わっていた。
食べるペースがいつもより速いところを見るに、気に入ってもらえたようだ。
皆がそれぞれにお茶とケーキを楽しんでいる状況ではあるが、どうにも食が進まない。
結論を急がないとは言われても、やはりどうしても考えずにはいられないのだ。
―― 私がディモルフォセカ帝国の皇帝となる ――
考えてもみなかった事だったが、今、思い返してみれば、そのための準備だったのだと思える事がなくもなかった。
――――――――――
帝王学講師『……というわけで、以上がこの国の皇帝の主な職務です。必ずしも全てを皇帝自らが行う必要はないのですが、皇帝でなければできない職務ももちろんあります。その中でも一番重要なものはどれかわかりますか?』
アンリ「帝国の重要事項に関わる決断。」
帝王学講師『はい、その通りです。重要事項の決断ができるのは、その決断によって生じる事全ての責任を負う事ができる皇帝だけです。その重さをきちんと肝に銘じておいて下さい。』
アンリ「ところで、一つ質問があるのだが。」
帝王学講師『何ですかな?』
アンリ「何故、私にそのような事を?私は皇帝ではなく選帝公になるのだから、皇帝の責務を負う必要はないのだが?」
帝王学講師『……皇帝の責務の重さをきちんと理解して肝に銘じておかなければ、皇帝となるに相応しい人物を選ぶ事はできないでしょう?』
アンリ「はい……。」
考えてみれば、選帝公は皇帝の責務の重さを理解する必要はあるが、自らが負い込む必要はない。
この講師は、私に帝位を継がせる事も考えてこのような事を言っていたのだろう。
――――――――――
プリムラ「どうしたの、アンリ君?シフォンケーキに生クリームたっぷり乗せても、怒ったり、女の子みたいで可愛いなんて思ったり、子供っぽいなーって思ったりなんかしないから安心していいわよー。」
突然声をかけられて、思考が過去から現在へと戻る。
私がケーキを食べていない理由を誤解してなのか誤解したふりなのかわからないが、プリムラがからかうような口ぶりで声をかけてきた。
アンリ「うるさいな。別にそんな事を心配したりなんかしていない。
……というか、怒るのはともかく、女の子みたいとか子供っぽいとかそういう言葉が出てくるって事は、お前がそう思っているんだろう?」
プリムラ「くすっ、そんな事はないわよー?」
嘘だ。絶対に嘘だ。
プリムラの相手をする気分でもなかったので、プリムラを追い払ってケーキを口にする。
美味しいシフォンケーキならこの島でも食べたが、やはり食べなれたこの味が一番美味しいと感じてしまう。
思考の渦に囚われてしまわないように、ただ無心でケーキを食べ進めた。
プリムラ「アンリ君、リナリアちゃん。ケーキのおかわりはいかがかしら?」
シフォンケーキを食べ終えて一息ついた頃、プリムラが、何だか嬉しそうに声をかけてきた。
こういう時は何か企んでいそうであまり関わりたくないのだが……。
アンリ「ケーキのおかわりなら、私たちは自分でやるから父上やクロエたちに聞いてきたらどうだ?」
プリムラ「すでに皆には聞いてきたわ。お2人はどう?」
くっ、私がこう返して逃げようとする事を予想して先に手を打っていたのか。
やはりこいつは敵に回したくはない。
アンリ「それなら、いただこうか。」
リナ「私もいただきます。ケーキを取り分けるの、お手伝いしますね。」
プリムラ「いいから私に任せて、2人はここで待ってて。」
そう言ってプリムラは、あの何か企んでいそうな笑顔のまま、隣の部屋へと入っていった。
アンリ「ケーキは此処にあるのに、プリムラは何をしているんだ……?」
隣の部屋に行ったのもおかしいが、あの抜け目のない性格のプリムラがケーキの種類も聞かずに行ったのもおかしい。
つまり、怪しいところだらけだ。
リナ「さ、さぁ、わかりません。」
プリムラ「お待たせしましたー。」
プリムラがホールケーキが入っていると思われる大きさの、白い箱を持って戻ってきた。
箱をテーブルの上に置き、ふたを開けると……。
リナ「兄様っ、見てくださいっ。」
アンリ「……。今年は食べられないと思っていたのだがな……。」
箱の中身は、母上と叔母上特製のバースデーケーキだった。
アリウム「2人とも、誕生日前日にいなくなったからな。
カリンもアルメリアもケーキの準備を楽しそうにしていたのだから、せめて、1日待ってケーキくらいは食べてから行ってくれればよかっただろうに。」
プリムラ「ちなみに、誕生日当日のケーキは私たちスタッフがおいしくいただきました。主役不在だったせいで、みんな浮かない顔してたけど。」
それは悪かったと思っているが、スタッフって何だ、スタッフって。
プリムラ「随分遅い誕生日祝いになってしまったけれど、みんなで美味しくいただきましょう。」
ひょっとこ「おー、これがリナリアちゃんが食べたいって言ってたお手製のバースデーケーキかー。確かに美味そうですなー。」
リナ「はい。ひょっとこさんが準備して下さったバースデーケーキも美味しかったですが、やっぱり食べなれたこのケーキが一番です。」
国を出て島へ向かう船に乗っていたあの日、リナがバースデーケーキの話をしていたのを聞いたひょっとこが、次の日にバースデーケーキを準備してくれた。
あの事はすごく嬉しくて、2ヶ月以上が過ぎた今でも鮮明に覚えている。
プリムラ「はーい、みんなで食べましょうね。こういうのは大勢で食べるのが一番美味しいんですから。
今から蝋燭つけるから、2人で消してちょうだいね。」
プリムラが14本の蝋燭に火を灯し、私とリナが同時に息を吹きかけて蝋燭の火を消す。
1人7本ずつで14本、綺麗に消えた瞬間に拍手が巻き起こった。
ひょっとこかクロエに蝋燭の本数について突っ込まれないか少し冷や冷やしていたが、そんな事もなく安心した。
アンリ「誕生日当日でもないのに、何だか照れくさいな……。」
リナ「そ、そうですね……。」
ひょっとこ「よーし、誕生祝い恒例のイベントも終わったところで、食べましょーう!」
やたらとテンションが高いひょっとこをちらと見て苦笑しながら、プリムラがケーキを切り分けていく。
美味しいケーキと紅茶が彩る、楽しいひととき。
―― このまま終わるかに思えたお茶会は、思いがけない来訪者によって思いもよらない結末を迎える事になった ――
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