
ジョナサン・キャロルと言うと『我らが影の声』のインパクトが強すぎ、「普段はもの静かなのに前触れもなく発狂するおかんのようなホラーを書く人」という印象を持っていた。分かりにくいたとえで申し訳ないが、実際そうなのだからしょうがない。
しかしこの『月の骨』は、そんなホラーとはまた違ったジャンルの作品だ。どこかで「ダークファンタジー」と評されているのを見たが、まさにその表現が相応しいと思う。
けれど、読者を油断させておいていきなり奈落の底に突き落とす、その手法は変わっていない。つまりキャロルは、「普段はもの静かなのに前触れもなく発狂するおかんのようなファンタジーを書く人」でもあったというわけだ。
ここからはネタバレ含みます。
前編を通して描かれているのは、主人公・カレンの幸福な生活である。
優しくて素敵な旦那様に生まれたばかりの娘。両親は健在で、どんな話も聞いてくれる無二の親友までいる。特にカレンが夫と恋に落ち結婚するまでの下りは「なんですかこのハーレクインは」と言わずにおれない甘々っぷりで、ダークでもなけりゃファンタジーでもない。しまいにゃ著名な映画監督にまで言い寄られたりして、ハーレクインどころかレディースコミックの様相を呈してくる。
が、この作品の作者は伊万里すみ子ではなく、やはりキャロルなのだ。
カレンが"ロンデュア"と呼ばれる異世界の夢を見始めるあたりから、彼女の生活には少しずつ異音が混じりだす。ただの夢、友人達が言うように彼女の深層心理を暴く夢に過ぎなかったはずの"ロンデュア"が、じわりじわりと現実の生活に侵食を始めるのだ。
キャロルの作品全てに通じることだが、この歯痛のような嫌な不安感は「幸福が突然消えてなくなることの恐怖」に根ざしているように思う。それを証明するかのように、ラストは深海魚を一本釣りしたかのごとき急展開を遂げる。
幸福な日常の下をひっそりと這い回っていた恐怖が唐突に飛び出し、読者は目を回す。そこまでの長い過程で、隠れた恐怖の存在に気づきつつもそれから目をそらすよう巧みに誘導されていたために、惨劇を嘆く暇もなく心を持っていかれてしまう。
それでもこの作品がホラーでなくダークファンタジーなのは、最後の最後にもたらされたのが絶望ではなく希望だからだ。読後は虚無感を覚悟していただけに、まさかじんわり感動してしまうとは思わなかった。だがこれも悪くない。
ただ、疑問なのはラストで重要な役割を果たす「タイヤ鉄」と表記されているモノの正体についてだ。タイヤ鉄。検索してもそれらしいものは出てこないし、ものすごくモヤモヤする。タイヤ鉄。ジョナサン・キャロル『月の骨』(AMAZON)