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願いと神と悪魔志願 5P目 UP

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しばらく更新止まります<(。。;)>

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[ 小説/オカルト]2007年08月01日
1 2 3 4 5 あとがき


「天帝になんかならねぇつってんだろ!」
 その怒号は辺りの空気を震わせた。
 石らしきものでできている建物は震えこそしなかったが、音を響かせる。
「困ったな。占神(せんしん)の予見では、息子の中ではお前が適任と出たのに」
 金色の長い髪を持ち、どっしりとした椅子に座っている青年は口元に手をあてながらフムと考え込む。
 目の前には大声をあげた青年。一見銀髪にも見える淡い金の髪の青年は、まるで罪人のように後ろ手に縛られ、体にも縄を巻かれていた。
「お前の母と同じく、かまってやれなかったことが、こうやって裏目に出てしまったか」
「ちがうっ。そりゃぁ確かに今更何様だとも思うがっ」
 自分の意志など知ろうともしていないだろうことに苛立ちを募らせ、隠しもせずに彼は続ける。
「毎日毎日、座って他人の話に耳向けてんのは性に合わねぇ! 俺は悪魔になるんだよっ」
「ほぉ……面白い。流石、堕天した妻が産んだだけのことはある。だが、天帝という立場上、スンナリ認めてやるわけにもいかぬな」
 男は自由を奪われている青年にニっと笑みを向ける。
「賭けをしようか」
「賭け?」
「悪魔といえば契約による取引……そうして報酬に魂をもらうことは天界でも公認している」
 そう言いながら男は自分の右目に手をあてた。
「げ」
 あまりにも唐突な行動に青年も思わず声を漏らす。
「そこで、これより我が目を人界に落とす。おまえはこの目を宿した者の魂を人界が時にして1年内に持ち帰って来い。それができれば、お前が悪魔となるのを認めてやろう」
「宿主とグルなんてこたぁねーだろうな」
「逆だよ。宿した者は宿したことさえ知らないだろう。私も選別するわけではない。後はお前の運次第だ」
「運、ね……」
「ただ、期限内に持ち帰れなかった時は判っているな?」
 男の問いに青年は不敵な笑みを浮かべる。
「天帝になりゃいいんだな……やってやろうじゃねーかっ!」
 青年の言葉は、再び辺りの空気を震わせた。



 彼女は幸せな頃の夢を見ていた。
 暖かい夢のなか、暖かい光があった。
(違う……落ちてくる? どこかに行く?)
『ごめんね、りら』
 どんな調子だったか思い出せない。
 ただ、文字だけしか思い出せない。
 でも、その言葉は彼女の中にこびりついて離れない。
 光はすぐに消えた。
 それは、願ってもどうしようも出来ない願いのように見えた。
(わかってる)
 大丈夫、わかってる。
 夢だということを。
 過去、自分が思っていたことも、判っていたことも。
 二人が二人でいることに苦痛を感じていたことを知っていた。
 それはとてもイヤな空気。
 何が二人をそうさせていたのかまでは知らない。
 でも、彼女から見た二人は努力すらしていなかった。

 ソウヤッテ ズット ニゲテレバイイ

 唐突に目がさめた。
 彼女は自分が泣いているのを知った。
(何……泣いてるんだか)
 彼女は夢で泣いた自分を嘲笑する。
(私は……逃げない)
 それは、その夢を見た後に必ずする決意。
(私は、幸せになるんだから……)
 カーテンごしの光で明るくなった部屋の中、彼女はパジャマの袖で涙を拭いた。

 その夢は、両親が別れた時の記憶。




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[ 小説/ファンタジー]2007年06月19日
<プロローグ>(1)     後記

<プロローグ>
 
 薄い月明かりが木々に囲まれた小さな草原を照らす中、青年は立っていた。
 腰よりも長い髪は黒でも灰色でもなく例えていうなら銀色の絵の具と黒を混ぜたような黒銀、尖った耳先は人間の倍ほど長く獣毛がある。が、異形というには端正な顔立ちが補って余りある程で、静かに佇む様は空想の世界を絵にしたようであった。
 静かな風が草を揺らし、通常ならば聞き逃してしまいそうな紛れて聞こえた音に、その方向に青年は目を向けた。
「遅かったな」
 声に抑揚はなくどことなく冷徹な印象を与える。
「申し訳ない」
 黒い木の陰から黒髪を肩にかけるかのようにゆるやかに束ねた青年が現れた。何かを気にしたように出てきた彼の素振りから、黒銀の青年はその後ろに女性の姿を見つけた。
「鳴夜(メイヤ)!」
 わずかにだが声を荒げ黒銀の青年は驚きを露わにした。
「父様……おひさしぶりです」
 見た目にはそう年齢に違いはないのだが、柔らかそうで緩やかなウェーブのかかった髪の女性、鳴夜は黒銀の青年をそう呼んだ。
「河岸(かし)……どういうことだ?」
 黒銀の青年は、黒髪の青年に問う。
「隠していたつもりだったのですが……城を出る前につかまりました」
 ばつが悪そうに微笑みながらも、黒髪の青年、河岸は素直に答える。
「酷いわ河岸。まだ十年も経ってないとはいえ夫婦なのよ。隠し事があるってコトぐらい見破れないとでも思ってた?」
 城を出ようとしていた青年を捕まえる時と似たようなセリフを鳴夜は吐き、軽く頬をふくらませた
「大体、父様もこっそり河岸にだけ連絡とって呼び出すなんてどういうつもり?」
「どうもこうもあるか。羅阿陀(ラアダ)が消えた」
 黒銀の青年が言うや否や河岸と鳴夜の表情が一転し、強張った。
「……」
「なぜ……」
 鳴夜だけが疑問の声を投げる。河岸は呼ばれた時にでも知っていたのだろう、次の言葉を待つように黙っていた。
 黒銀の青年は嘲笑を浮かべる。
「貴様らが……いいや、河岸……娘をたぶらかしたおまえが吹き込んだのではないのか?」
「なっ!」
 カッと怒りの色を浮かべたのは鳴夜だった。
「なんてこというのよ! 森に迷い込んだ河岸に私が勝手に惚れて押し掛けたも同然なのに!」
 黙って立っていれば大人しく優しい美女の印象を与える鳴夜だが、その実行動派であることを自ら露見する。
 しかし黒銀の青年は異議を認めるつもりはないらしく反応をみせない。
「それに……」
 何かを言いかけながら鳴夜は口を閉じる。
「鳴夜?」
 腕をギュと掴まれ、河岸は確かめるように名を呼ぶ。
「外の世界のことを話したりした事なら、私に心当たりがあるわ」
 その言葉を聞き、黒銀の青年の顔が呆れたという表情を作る。気を落ち着かせるためか、しばし目を閉じ軽く息を吐いた。
「私の娘ならば……<ラーダ>の役割を分かっていると思っていたのだが……親バカすぎたようだな……」
 怒っているのか侮蔑しているのか娘に向けるとは思えない冷たい眼差しが鳴夜に向けられる。
 全身が凍りながらも鳴夜は言葉を紡ぐ。
「役目ってなによ? 森を守るためだけに産まれて、森が弱って<ラーダ>を産めなくなったから次の<ラーダ>を産むためだけに生きるなんて……決められてる道だけしか歩ませないなんて可哀想じゃない! あの子が生き方を選ぶ道があったっていい筈よ!」
「羅阿陀に必要なのは自由を求める意識ではなく、森を守る意志だけだ!」
 雷のような怒号が森に響いた。
「なっ……何よ父様のばか! ロリコン!!」
 娘の精一杯ながらも幼稚な反論に、黒銀の青年はめまいを覚えた。
「なぜ……そうなる」
 こめかみを押さえ問う黒銀の青年の姿に、河岸は笑いをこらえていた。
「いくら父様が若く見えたって何百歳も違うくせにっ!! 同じ<ラーダ>だからって、人間に置き換えたらロリコンじゃないのっ!!」
 屁理屈である。
 しかし黒銀の青年は娘が何を言いたがっているのか感じとっていた。
「……くだらん……つまりお前は里夢(リム)以外の者と私が交わることに反対なのだろう?」
 母の名を出され核心そのものをつかれた鳴夜は沈黙した。
「亡くなった者だけをいつまでも想っていることはできまい。まして、己の役目としてやらねばならぬ事があり、どうするべきかまで分かっているのならば尚更」
 それでも何か言いたげに目で訴える鳴夜に黒銀の青年は告げる。
「人間に浸食され森は生気を失い枯れ始めている。このままでは数年後には緑のない大地へと変わるだろう……それでも、おまえは私たちが<ラーダ>として生きることを阻むのか? 拒むのか?」
 鳴夜は答えが見つからずに困惑する。
 わずかなの沈黙の後、応えたのは河岸であった。
「いいえ」
 鳴夜はハッと傍らの河岸を見上げる。
 河岸は優しく微笑みだけで応じると、再び黒銀の青年に視線を戻した。
「私は鳴夜と出会えたこの森を、とても大切に思っています……。けれど、羅阿陀に森の中だけでなく人間(ひと)と共存して欲しいとも思います」
「それで?」
 冷ややかな声で黒銀の青年は問う。
「人柱……ご存知ですか?」
 黒銀の青年の口の端があがる。
「貴様の命で森がどうにかなるとでも思っているのか? 一国の王とはいえ思い上がりも甚だしい」
 自然の衰退を人一人の命でどうにかできるものか、と言葉にあざけりの音が含まれる。
「自然を相手にするつもりはありませんが、羅阿陀にひとときの自由を与えるぐらいはあるだろうと自負しているんですけれどね」
「河岸……」
 腕を掴んでいた鳴夜の手に力が籠もる。
「<ラーダ>の娘をたぶらかしたぐらいですから、素行の悪い王としては何時、何があってもいいように「もしも」の時の事は弟に頼んでありますから」
 優しい語調ながらも嫌味を含ませ河岸はそう言い微笑む。
「鳴夜、息吹(いぶき)を頼……」
「いや」
 河岸が皆まで言うより早く、鳴夜は否定した。
「息吹は大切よ……でも、だからって一人になるのはいや。子供はいつか親から離れてゆくわ……大切な人といつか必ず出会える……私は今、大切な人を失いたくない……傍にいるのに……失ってまで生きていたくない! お願い……」
 呆れた、というため息が河岸から出る。
 けれどその表情はとても満足そうに嬉しそうに微笑んでいた。
「求婚された時思い出すなぁ」
 河岸ののんびりとした言い方は、この先のことを微塵も感じさせない。
「ずっと一緒にいてって……言っただけじゃない」
「そうだね」
二人はクスと笑い、黒銀の青年に向き直った。
死を受け入れる為に。


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Up— posted by 常盤巽 @ 04:53PM   Comment[0]  Trackback[0] 
[ 小説/ファンタジー]2007年06月09日
その歌は、とても微かで
けれど、水面を優しく揺らす風のように
暖かい光のように
響いた



 一人の少女が自転車に乗っていた。
 長い黒髪を後ろで一本の三つ編みにし、いかにもマジメそうな風体の少女だ。
 田舎というには車通りも多い道、しかし少し脇にそれれば畑が広がるいわゆるハンパな田舎。
 彼女は農道を帰途への抜け道にペダルをこいでいた。
 ふと、視界に人影を確かめ、いつもはいないために油断していた胸を一瞬どきりとさせながら鼻歌をやめて通りすぎようとする。
 それもそのはずで、見るからに同郷とは言いがたい見事な銀髪に長身の青年。
 しかし、こぐ足を止める勇気はなく、目の端では気にしながら小さな橋に佇む青年の前に通りがかった時だった。
(あれ?)
「危ない!」
 彼の口元に気づくのと同時に、体がぐらつくのを感じた。
 ガシャン!
 自転車が倒れる音が響く。
 反射的に目を閉じていたが、投げ出される気配も、痛みもない。
 ただ、腰を締め付ける力がある。痛くはないが。
 おそるおそる彼女は目を開いた。
「大丈夫?」
 整った優しげな面立ちの青年が微笑む。
 青年に抱きかかえられる形で、彼女は転倒を免れていた。
「え! あ、あ、はいっ。ありがとう……ございま、す」
 見慣れない美形に戸惑い、彼女はしどもどになりつつ礼を述べる。
「あの、でも……」
「うん?」
「名前、呼びませんでした?」
 そんなワケはないと思いながらも、何をどうきりだすかタイミングを計る余裕もなく問う。
「あぁ、気づいてくれたんだね結希名。でも、そのせいで危なくさせたのかな、すまない」
「い、いえ、自転車、ちゃんと止めればよかっただけの話ですから……」
「この道を通る時、いつも歌を口ずさんでいるでしょう。どういう人なのかなって思って、逢ってみたかったんです」
「え、あれ、いつもって聴いてっ」
 結希名と呼ばれた少女は顔を一気に赤くした。
(て、あれ……)
「いつ、も?」
 青年の腕から知らず解放されていたことを知り、そのまま後退する。
「うん」
 畑と農水路と小さな橋。
 水路に降りれなくはないが、足が水で濡れている気配もない。
 そもそも、フツウに考えれば降りる理由はない。
「え、えーと、草むらで除草作業でもしてたとか?」
 あからさまに疑うのも失礼かと、なんとか関連づきそうな事を考えて口に出してみる。
 畑の中には土地を休ませるために背丈ほどの草が生い茂っている所もある。
 それならばこの青年が屈んでいても気づかないだろう。おそらく。
「水の中ですが?」
 青年はさらりと結希名の疑問を打ち消した。
 水路は下のコンクリートが見えるほどに浅い。
「あ、そ、そうなんだ」
(ヤバイ、かも)
 結希名は倒れていた自転車を起こし、ハンドルなども異常なく乗れそうなことを確認する。
「そ、それじゃ、帰る途中だったんで」
「待って。言い方がまずかったですね」
 結希名は腕を掴まれ、ギクと体を強張らせる。
「水中といっても、水を通じて存在している水界という所なんです」
「すいかい?」
(うわ、このヒトマジでやばいかもっ)
 顔のよさに反した言動に、結希名は内心がっかりしつつ気持ちはすっかり退いていた。
「証明しましょうか」
 青年も態度から察したらしく言う。
「え?」
 ザァ。と。
 音がした。
 青年の後ろ、結希名の目線の先に水が弧を描くように浮かんでいる。
「なっ、何!?」
「水界へ続く門、水門です。あれを通ればすぐに水界に着きます」
 ふわりと結希名の足が地から離れた。
 驚きに完全に力を抜いていたため、手から離れた自転車は再び音をたて横たわる。
「ちょ! ちょっと!?」
 お姫様抱っこ状態になり、落ちるのはイヤなりに足掻いてみる。
「あまり暴れないでくださいね。水門は異界からの防御も兼ねている門。万が一落ちたりしたら」
 青年は言葉を遮る。
「命の保証、できませんから」
「いっ」
 や、と続けるまえに水が迫り、二人を包んだ。
「ぎゃーっ」
 色気もクソもない悲鳴をあげた結希名は、そこで意識を途切れさせた。


「まったく……聞いておられますか? 陛下自身のご決断とはいえ、異界の者をそうたやすく招かれるなんてもってのほか」
 高すぎず低すぎず、凛とした声が目を開かせた。
 視界には布なのか、赤が一面に入ってくる。
 ベッドらしいがふかふかしすぎていて、逆に落ち着かない。
 顔をゆっくりと横に動かすと、銀髪の青年とおぼしき後ろ姿と、声の主らしき女性がいた。
「何事もなく、すぐに帰すというわけにもいかないのですよ」
「わかっている」
 二人のやりとりはぼんやりとした頭では何のことだか理解できなかった。
(うわー……綺麗なヒト)
 やっとハッキリしてきた脳が最初に思ったのは、女性の姿をしっかり確認したその感想だった。
 銀色の髪に白いドレス。手には水晶玉のようなものを持ち、耳のあたりに魚のヒレのような飾りがついているが、お姫様のような出で立ちで、絵画から抜け出たような美女だ。
「あら! よかった、気がついたのね」
 体を起こした結希名に気づき、女性がそれまでの調子とはうってかわった明るい声を発した。
「はぁ……」
 どう返していいか判らず結希名は気の抜けた返事をする。
「ここに来る途中で気を失ったらしいけど、大丈夫?」
「えと……」
(ここ……)
 さっきの青年が言うならば、すいかい。
 水の門などから、おそらく水界だろうと結希名は結論を出しているが、だからといってハイそうですかと受け入れられるほど柔軟に出来てもいなかった。
「あぁ、そうだ、紹介しよう。先王の代から王宮お抱えの魔法使い兼、占い師の鮎魚女だ。腕は確かだよ」
「初めまして」
 にっこりと美女が微笑む。
「あ、はい、はじめまして……結希名、です」
 アイナメ、が名前かな?
 と、寝起きの脳に叩き込みつつ、紹介しながら言葉を脳で反芻する。
「……王宮?」
 他にも魔法使いだのビミョーな言葉があったが、かろうじてなんとか出来そうな単語を疑問符を足して口にする。
「この人が今の王ね。これでも」
「これでもって何だ、これでもって」
 明らかに尊敬されてるとは思えない口ぶりで鮎魚女が続ける。
「信じられないでしょー。立場を利用して、あなたのこと調べさせたり、様子を見たいとかって言うし、挙句逢いにいくからって手伝わされるし、連れ帰ってきて気を失ってるから診てくれとか、私用で私を使うぐらいだもの。ていうか、それで信じろなんて無理よねーっ」
 それ以前に王だということすら知らなかった結希名には、どう返していいか判らない。
「挙句ハーレムに誘われたりしてね」
「鮎魚女!」
 さらりと言う鮎魚女を制して、青年は声を荒げる。
「何も知らないガキの頃の話だろうがっ! 言わなくていいことをベラベラと……」
「あの、で、具体的に水界って……何処?」
 ついていけない会話になんとか現状を見出せないかと結希名は質問する。
 二人の会話はピタリと止まり、結希名に視線が集中する。
「うーん、これは手ごわそうね」
 手にしていた玉を両手でくるくるさせながら、鮎魚女が呟いた。


 ここは水界。
 水の中に住まう人々の世界。
 しかし城の中まで水が満たしているわけではなく、いわば水泡のように建物は存在しているのだという。
 耳のヒレは飾りではなく、彼ら水界及び水棲の住人の特徴らしい。
 王や貴族のような階級はあるが、身分というほどのものではなく、あくまで役割分担から派生したようなものだという。
 結希名がなんとか理解できた概要はそんなところだった。
「異世界なんて、あるのねぇ」
 高い天井や何で出来ているかも判らない白いつややかな壁を見ながら結希名は呟く。
「うん?」
 隣にいた青年、水王は歩くのをやめて結希名を見る。
「ごめんね、変人扱いして」
 バツが悪そうに笑って、結希名は水王に言う。
「気にしてないよ」
「でも、気にしたから連れてきたのよね?」
 的を射るような結希名の言葉に、水王が苦笑する。
「いや、まぁ、それは……見せた方が判りやすいかなって思ったからだし」
 再び水王が歩を進め、結希名もついていく。
 観光はできないが、城の中を案内ぐらいならばと、特に何をするでもなく歩いているだけだった。
「それでも、なんでかなって思うんだけど」
「何?」
「歌を歌ってたって言っても、外じゃ恥ずかしいから小声か鼻歌だし……お世辞にも上手くはないでしょ。だから聴かれてたって言われた時、めちゃくちゃ恥ずかしかったし……王様が気になる程のことかなぁって」
 ヘタだろうが上手かろうが、ただ異界の歌ってる者が気になるというだけなら、何人でも何百人でも気にとまる可能性はある。
 だから、結希名には疑問が渦巻く。
「似てはいないんですが……母の歌声を思い出したんです」
 ためらいがちな声で水王は言う。
「私は生まれたときから王に成るべく育てられ、周りに同年代の者もなく、親しい者もなく、幼いながら孤独と不安にさいなまれることもありました」
 カツカツと二人の足音が響く。
「けれど眠る前のひととき、歌ってくれた母の声はそんな想いをも優しく消してくれたのです」
 そう言った水王の横顔には穏やかな優しい笑みが浮かんでいた。
「父と母があまり共にいるところを見た記憶はありませんが、ハーレムを持っているぐらいの人でしたからね。あの父にはもったいないぐらいの人だと思いますよ。おかげで、すっかりマザコンです」
「あっさり言うのね……」
 隠しておいて後で露見してがっかりするよりはマシだがと結希名は思う。
(て、がっかりって……別に水王がマザコンでも自分には関係ないじゃない)
 自分の思考に気づき、自分に対して弁明する。
「歌声を聴いて、結希名も母のようにやさしい人なのだろうと焦がれていました」
 結希名に優しい笑みが向けられる。
 優しい笑みと優しい音の言葉と。優しい眼差し。
 結希名の心臓が高鳴る。
「そ、それじゃぁ、イメージ壊しちゃったでしょ」
 あははと笑いながら、結希名は顔をそらす。
「いいえ。結希名さえいいのなら、妃になって欲しいくらいですよ」
 結希名の視界に入るように体を折り、顔を近づける。
「かっ、からかわないでよ! そういうの免疫ないんだからっ」
 壁にはりつくようにして逃れ、ごまかし笑いを浮かべながら冗談でしょうと手を前後に振る。
「本気です」
 姿勢を正して、水王は結希名に向き直る。
「話してみて、いえ、話しているうちに、結希名がいいと思ったんです。からかいや軽く言っているのでは……」
「そりゃ、嬉しいし……フツウに考えたらもったいないけど……」
「私が嫌いですか?」
 捨てられた子犬のような目で水王が見る。
「いや、そうじゃなくてっ! そういう域で考えるには、いきなりすぎるっていうか」
「そう言えないのは優しいからでしょう」
 あたふたしている結希名の前で、水王はいたって落ち着いている。
「だから結希名がいいんです」
 その表情は、おそらく真剣なのだと結希名にも判る。
 けれど、色々な事が結希名の中で否定を生む。
「かいかぶりすぎよ」
(だって、そんなの)
 都合がよすぎる。
 自分に。
「だって、今日会ったばかりじゃない」
 綺麗な人だって傍にいいる。
 自分はマジメにはマジメだが、言ってしまえばそれは平凡で、取り柄という取り柄もない。
「結希名?」
 自分を見ようともしない結希名の名を水王が呼ぶ。
 けれど結希名にはマイナスな思考ばかりが渦巻いて届かない。
 自分自身で何かいいところを思い浮かべようとしても、何一つ浮かんでこない。
 自分の情けなさに苛立ってさえくる。
「それで、少し話しただけで知った風な口きかないでよ!」
 八つ当たり。
 それは結希名にも判っていた。
 けれど、自分の感じている劣等感などきっと微塵もないのだろう相手だからこそ、ぶつけずにいられなかった。
「そうだな……私の勝手なイメージで、勝手に……一方的になってしまったな。悪かった」
「な、なんで水王が謝るのよっ」
 顔をあげた時、視界がゆがんだ。
「え?」
 涙ではない。
 ぐにゃりと、それこそ流れる水面ごしに川底を見るように。
 視界が揺れた。
 それは一瞬。
 疑問に思う間もなく、サンゴのような壁というには隙間だらけで、しかし人の手しか通らないほどのそれに結希名の前は遮られていた。
「何これ……」
 後ろを振り返るが、何もない部屋だった。
 四角く切り取られた箱のような部屋。
 隙間だらけの壁の前には、人が2〜3人並べる程度の間を置いて後ろと同じような無機質な壁。
 ずっと続いてるわけではなく、自分が手で掴んでいる隙間だらけの壁のようなものがはめ込まれている。
「これ……もしかして牢屋……?」
 まさかという思いで結希名は呟いた。


「鮎魚女!」
 名を呼ぶと同時に扉が開かれた。
「結希名が消えた!」
 慌てた様子で、声を荒げながら水王が部屋に駆け込んでくる。
 あまりの大仰さに、鮎魚女は思わず軽く吹き出して笑った。
「何故、笑う」
「失礼。あまりに取り乱しておいでだから」
 部屋の奥、幾重にも布が垂れ下げられ、その下で座っていた鮎魚女は尚も肩を揺らして笑っている。
「何か知ってるな?」
「知ってるも何も、私がやりましたから」
 笑うのをやめて鮎魚女が水王を見据える。
「陛下はとかく暴走しがちですから、水珠を通して窺わせて頂いておりましたところ、案の定といったところですわね」
 手にした玉を胸元に抱き寄せ、ふうと息を吐く。
「陛下に頭を冷やしていただくべく、かといってこの程度のことで臣下が王を牢に入れるワケにもまいりませんから、結希名どのに入っていただいたのですわ」
「見ていたのなら話は早い。私が妃にと望んだ者に、このような扱いをして許されると」
「頭を冷やしください、と申したはずです」
 射るように鮎魚女が水王を睨む。
「あなたは水界の王。一時の感情や空気で妃を選ばれては困るのです。それに結希名どのは異界の者。この世界にとどまらせることは彼女のためになるとも思えません」
 鮎魚女の言葉に水王は目を閉じる。
「判っている、それでも……欲しいと思ったのだ」
 水王は鮎魚女の目を見る。
「結希名は……顔色をうかがうでもなく素直に言葉を吐く。でも、それは己の言葉を形にするだけの強いものではなく、優しく響く。音も、言葉も、雲っていない。だから……なのかは判らないが、とても安らぐんだ」
 口にしたことで照れくさくなったのか、水王は目をそらす。
 その頬は微かに赤い。
「まったく、その場のノリじゃないなら、もっと面倒ですわ」
 はー、と鮎魚女は溜息をついた。


(やっぱ、王様怒鳴ったからかなぁ)
 鉄ではないことは明らかにわかるが、他になんと言えばいいかわからない自分の世界でいうところの鉄格子に結希名はよりかかり、ふぅーと息を吐いた。
「自分に自身がないだけの八つ当たりだって判ってるわよ。でも王様も占い師も美人だし、卑屈になったってしょうがないじゃない。大体、なんの取り柄もなくてそんなことで簡単にへこめる一般人に求婚する王様なんとかしなさいよ、こんちくしょーっ」
 何だか誰だか判らないが自分を牢に入れたモノが聞いてて多少は同情してくれないかとぼやく。
「一緒にいるだけで安らげるってすごいと思うんですけど」
「!」
 背後で響いた声に思わず跳ね上がる。
「すっ、いおぅ」
「すみません。鮎魚女に聞かれてまして、頭を冷やせと怒られてました。大丈夫ですか?」
 水王が手を触れると鉄格子はそこから薄れてゆき、人が通れるほどの隙間を作った。
 手が差し伸べられ、結希名はおずと手をとる。
「うん……急に場所がかわってびっくりしたけど……ごめんなさい」
「はい?」
「八つ当たりで、怒鳴ったから……」
「怒った顔も可愛かったですよ」
 にっこりと水王が微笑む。
「……だから、そういうの言われ慣れてないから、カンベンして」
 まともに顔を見れず、うな垂れる。
「あと言ってないことがあるのですが」
「うん?」
「通常、異界の者が水界に来たとき、まぁ大抵は不慮の事故で流れ着いたりなのですが、この世界に留まるか、水界での記憶を消してもとの世界に戻すかのどちらかなのです」
 目が覚めた時の「何事もなく」の意味がわかり、なるほど、と結希名は心の中で納得する。
「けれど、忘れて欲しくないと、傍にいてくれればいいのにと思った瞬間……求婚してたんです」
 水王は苦笑する。
「私よりキレイな人とか、頭のいいヒトとか、歌のうまいヒトとか……いっぱいいるでしょう? それなのに?」
「声を聴いて、それに惹かれ、私を異界へと向かわせた。そんな結希名だからこそ、意味があるんです」
 やっぱり都合のいいおとぎ話だと、結希名の中のイヤな自分は言う。
(でも、私……今……)
「結希名は帰りたいですか?」
「え、そりゃ、まぁ」
 思っていたことを見透かされたようで、思わずドキリとする。
(一瞬、帰れなくてもいいって、思った?)
「では、お送りしましょうか。あまり長引くと、帰したくなくなってしまいそうですから」
 水王は少し寂しそうに微笑んだ。


 帰りは一瞬だった。
 行きで気を失ったのがフシギなぐらい、扉をくぐりぬけるような感覚で水門をくぐっていた。
「今度は気を失いませんでしたね」
「そりゃぁ、だって、わけわからないままにイキナリとは勝手が違うわよ」
 それでも水王に抱きかかえられしがみついてしまっているあたり、怖くないといえばウソになる。
 地に足がつき、結希名は水王を見る。
「どうかしましたか?」
「記憶、消すんでしょう?」
 覚悟を決めて口にする。
 二度とはない体験を忘れるのはもったいなくて、出来ることならば忘れたくはない記憶。
「消しませんよ」
 結希名の覚悟は意外なほどあっさりと打ち消された。
「え?」
「私の事を忘れさせるなんて嫌ですから。それに、妃にしたいというのも諦めてませんし」
「へ?」
「結希名だって異界へ行った貴重な体験、忘れたくないでしょう?」
「そりゃあ……」
「ですから、ようは、結希名が言いふらさなければいいんですよ」
「はい?」
 ポンポンと軽く言う水王に、それじゃ今までのはなんだったのかとわずかながらに混乱が生じる。
「もっとも、魔法がない世界のようですし、我々の世界が理解できたとしても物語としての想像の世界のようですから、言ったところでこの世界が水界に干渉してくることはなさそうですが、そこはまぁ、念のためということで」
 水王は続けた。
「バレなければいいんです」
 にっこりと微笑んで。
「それ、もしかして……独断?」
「王ですから」
 水王の微笑みはもしかして無表情でウソを貫く輩よりタチが悪いのではないかと、結希名のつられ笑いがひきつった。
(周りとか……苦労してるんだろうなぁ……)
 水界でこの状況を見ているだろう鮎魚女の姿を想像し、結希名は同情した。

<終>


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