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<プロローグ>(1) 2 3 4 5 後記 <プロローグ> 薄い月明かりが木々に囲まれた小さな草原を照らす中、青年は立っていた。 腰よりも長い髪は黒でも灰色でもなく例えていうなら銀色の絵の具と黒を混ぜたような黒銀、尖った耳先は人間の倍ほど長く獣毛がある。が、異形というには端正な顔立ちが補って余りある程で、静かに佇む様は空想の世界を絵にしたようであった。 静かな風が草を揺らし、通常ならば聞き逃してしまいそうな紛れて聞こえた音に、その方向に青年は目を向けた。 「遅かったな」 声に抑揚はなくどことなく冷徹な印象を与える。 「申し訳ない」 黒い木の陰から黒髪を肩にかけるかのようにゆるやかに束ねた青年が現れた。何かを気にしたように出てきた彼の素振りから、黒銀の青年はその後ろに女性の姿を見つけた。 「鳴夜(メイヤ)!」 わずかにだが声を荒げ黒銀の青年は驚きを露わにした。 「父様……おひさしぶりです」 見た目にはそう年齢に違いはないのだが、柔らかそうで緩やかなウェーブのかかった髪の女性、鳴夜は黒銀の青年をそう呼んだ。 「河岸(かし)……どういうことだ?」 黒銀の青年は、黒髪の青年に問う。 「隠していたつもりだったのですが……城を出る前につかまりました」 ばつが悪そうに微笑みながらも、黒髪の青年、河岸は素直に答える。 「酷いわ河岸。まだ十年も経ってないとはいえ夫婦なのよ。隠し事があるってコトぐらい見破れないとでも思ってた?」 城を出ようとしていた青年を捕まえる時と似たようなセリフを鳴夜は吐き、軽く頬をふくらませた 「大体、父様もこっそり河岸にだけ連絡とって呼び出すなんてどういうつもり?」 「どうもこうもあるか。羅阿陀(ラアダ)が消えた」 黒銀の青年が言うや否や河岸と鳴夜の表情が一転し、強張った。 「……」 「なぜ……」 鳴夜だけが疑問の声を投げる。河岸は呼ばれた時にでも知っていたのだろう、次の言葉を待つように黙っていた。 黒銀の青年は嘲笑を浮かべる。 「貴様らが……いいや、河岸……娘をたぶらかしたおまえが吹き込んだのではないのか?」 「なっ!」 カッと怒りの色を浮かべたのは鳴夜だった。 「なんてこというのよ! 森に迷い込んだ河岸に私が勝手に惚れて押し掛けたも同然なのに!」 黙って立っていれば大人しく優しい美女の印象を与える鳴夜だが、その実行動派であることを自ら露見する。 しかし黒銀の青年は異議を認めるつもりはないらしく反応をみせない。 「それに……」 何かを言いかけながら鳴夜は口を閉じる。 「鳴夜?」 腕をギュと掴まれ、河岸は確かめるように名を呼ぶ。 「外の世界のことを話したりした事なら、私に心当たりがあるわ」 その言葉を聞き、黒銀の青年の顔が呆れたという表情を作る。気を落ち着かせるためか、しばし目を閉じ軽く息を吐いた。 「私の娘ならば……<ラーダ>の役割を分かっていると思っていたのだが……親バカすぎたようだな……」 怒っているのか侮蔑しているのか娘に向けるとは思えない冷たい眼差しが鳴夜に向けられる。 全身が凍りながらも鳴夜は言葉を紡ぐ。 「役目ってなによ? 森を守るためだけに産まれて、森が弱って<ラーダ>を産めなくなったから次の<ラーダ>を産むためだけに生きるなんて……決められてる道だけしか歩ませないなんて可哀想じゃない! あの子が生き方を選ぶ道があったっていい筈よ!」 「羅阿陀に必要なのは自由を求める意識ではなく、森を守る意志だけだ!」 雷のような怒号が森に響いた。 「なっ……何よ父様のばか! ロリコン!!」 娘の精一杯ながらも幼稚な反論に、黒銀の青年はめまいを覚えた。 「なぜ……そうなる」 こめかみを押さえ問う黒銀の青年の姿に、河岸は笑いをこらえていた。 「いくら父様が若く見えたって何百歳も違うくせにっ!! 同じ<ラーダ>だからって、人間に置き換えたらロリコンじゃないのっ!!」 屁理屈である。 しかし黒銀の青年は娘が何を言いたがっているのか感じとっていた。 「……くだらん……つまりお前は里夢(リム)以外の者と私が交わることに反対なのだろう?」 母の名を出され核心そのものをつかれた鳴夜は沈黙した。 「亡くなった者だけをいつまでも想っていることはできまい。まして、己の役目としてやらねばならぬ事があり、どうするべきかまで分かっているのならば尚更」 それでも何か言いたげに目で訴える鳴夜に黒銀の青年は告げる。 「人間に浸食され森は生気を失い枯れ始めている。このままでは数年後には緑のない大地へと変わるだろう……それでも、おまえは私たちが<ラーダ>として生きることを阻むのか? 拒むのか?」 鳴夜は答えが見つからずに困惑する。 わずかなの沈黙の後、応えたのは河岸であった。 「いいえ」 鳴夜はハッと傍らの河岸を見上げる。 河岸は優しく微笑みだけで応じると、再び黒銀の青年に視線を戻した。 「私は鳴夜と出会えたこの森を、とても大切に思っています……。けれど、羅阿陀に森の中だけでなく人間(ひと)と共存して欲しいとも思います」 「それで?」 冷ややかな声で黒銀の青年は問う。 「人柱……ご存知ですか?」 黒銀の青年の口の端があがる。 「貴様の命で森がどうにかなるとでも思っているのか? 一国の王とはいえ思い上がりも甚だしい」 自然の衰退を人一人の命でどうにかできるものか、と言葉にあざけりの音が含まれる。 「自然を相手にするつもりはありませんが、羅阿陀にひとときの自由を与えるぐらいはあるだろうと自負しているんですけれどね」 「河岸……」 腕を掴んでいた鳴夜の手に力が籠もる。 「<ラーダ>の娘をたぶらかしたぐらいですから、素行の悪い王としては何時、何があってもいいように「もしも」の時の事は弟に頼んでありますから」 優しい語調ながらも嫌味を含ませ河岸はそう言い微笑む。 「鳴夜、息吹(いぶき)を頼……」 「いや」 河岸が皆まで言うより早く、鳴夜は否定した。 「息吹は大切よ……でも、だからって一人になるのはいや。子供はいつか親から離れてゆくわ……大切な人といつか必ず出会える……私は今、大切な人を失いたくない……傍にいるのに……失ってまで生きていたくない! お願い……」 呆れた、というため息が河岸から出る。 けれどその表情はとても満足そうに嬉しそうに微笑んでいた。 「求婚された時思い出すなぁ」 河岸ののんびりとした言い方は、この先のことを微塵も感じさせない。 「ずっと一緒にいてって……言っただけじゃない」 「そうだね」 二人はクスと笑い、黒銀の青年に向き直った。 死を受け入れる為に。 1 / 6 | NEXT
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