まず、亡くなられた方のご冥福をお祈りしたいと思います。
世間でも騒がれていますが、定番の報道です。
アニメ(と元になったゲームとその周辺の文化)が悪いの大合唱です。
しかしですね。
これを真に受けて良いのかどうか考えてみたいのです。
報道としての事実とマスコミの意図はまったく別なのです。
報道としての事実は、加害者と被害者が居て、凶器は斧だったところまでです。
付随する事実として、加害者が漫画家になりたいと思っていたこと等があります。
マスコミの意図とは、画一的な金太郎飴の如く、アニメを悪者にしておこうとすることです。
この国では犯人探しをしないと物事は収まらない訳です。それが、真実かどうかは別にして。
ですので、テレビ局にしてみますと自分達が犯人探しの餌食にならないようにする必要があるわけです。放映して責任を追及されたくないのでしょう。
上記の事実と付随する事実だけで、餌食にされたゲームはいい迷惑です。まったくのとばっちりです。
もし、これが裁判の判決であれば誰もが疑問を持つでしょう。
「加害者の将来の夢は漫画家であり、またインターネットの書き込みの多くが使用された凶器がゲームに登場すると書いている。これらの根拠からこの犯罪はゲームによって誘発された。」
こんなことをいう裁判官がいるでしょうか。
それほど筋の通らないことをテレビは言っているわけです。
テレビ局は、
「自分達テレビ局はアニメを流したけど、今回の事件の責任は問わないでね。テレビ局はまったく悪くないから。
だってあのアニメ見てる人たちは頭がおかしいんだ。
僕たちマスコミはあのアニメを見たい頭のおかしい人たちのために流したけど、こんなことになるなんて思ってないんだ、あいつらが悪いんだ、現実と区別がつかないから。
根拠なんてないけどあいつらは現実と架空の区別がつかないんだ。テレビ局が言うから信じてよ。僕たちは悪くない。悪いのはあいつらなんだ。」
ってところではないでしょうか。
我々は頭のおかしい人らしいです。テレビ局やらあちらの識者の結論はいつもそうですから、そうなのでしょう。ゲーム脳でフィギュア萌え族で現実と架空の区別がつかない連中だそうです。
ですが、この理屈を真に受けている人も、かなりのものだと思いますが、いかがでしょうか。
世間でも騒がれていますが、定番の報道です。
アニメ(と元になったゲームとその周辺の文化)が悪いの大合唱です。
しかしですね。
これを真に受けて良いのかどうか考えてみたいのです。
報道としての事実とマスコミの意図はまったく別なのです。
報道としての事実は、加害者と被害者が居て、凶器は斧だったところまでです。
付随する事実として、加害者が漫画家になりたいと思っていたこと等があります。
マスコミの意図とは、画一的な金太郎飴の如く、アニメを悪者にしておこうとすることです。
この国では犯人探しをしないと物事は収まらない訳です。それが、真実かどうかは別にして。
ですので、テレビ局にしてみますと自分達が犯人探しの餌食にならないようにする必要があるわけです。放映して責任を追及されたくないのでしょう。
上記の事実と付随する事実だけで、餌食にされたゲームはいい迷惑です。まったくのとばっちりです。
もし、これが裁判の判決であれば誰もが疑問を持つでしょう。
「加害者の将来の夢は漫画家であり、またインターネットの書き込みの多くが使用された凶器がゲームに登場すると書いている。これらの根拠からこの犯罪はゲームによって誘発された。」
こんなことをいう裁判官がいるでしょうか。
それほど筋の通らないことをテレビは言っているわけです。
テレビ局は、
「自分達テレビ局はアニメを流したけど、今回の事件の責任は問わないでね。テレビ局はまったく悪くないから。
だってあのアニメ見てる人たちは頭がおかしいんだ。
僕たちマスコミはあのアニメを見たい頭のおかしい人たちのために流したけど、こんなことになるなんて思ってないんだ、あいつらが悪いんだ、現実と区別がつかないから。
根拠なんてないけどあいつらは現実と架空の区別がつかないんだ。テレビ局が言うから信じてよ。僕たちは悪くない。悪いのはあいつらなんだ。」
ってところではないでしょうか。
我々は頭のおかしい人らしいです。テレビ局やらあちらの識者の結論はいつもそうですから、そうなのでしょう。ゲーム脳でフィギュア萌え族で現実と架空の区別がつかない連中だそうです。
ですが、この理屈を真に受けている人も、かなりのものだと思いますが、いかがでしょうか。
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