October, 2008
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「それで?……俺に用ってなんだよ」

 フユキは席につくなりそう言って笑った。
 場所は以前にも待ち合わせたファミレス。飲みに行こうと誘ったら、忙しいと断られた――あれから3日経っていた。
 フユキは髪も染めていないし、カラーコンタクトもやめていた。ただしスーツではなく、レーザージャケットとパンツ姿。顔には痣は残っているが、腫れは引いていてケンカしたロック歌手に見えなくもない――いずれにしても、フユキにはよく似合う。
「――そんなに忙しいのか?」
 僕の問いに、フユキは肩をすくめてみせた。
 僕はタカツキをマンションに送り届けて以降は、テレビのニュースと連絡を待つ以外に情報源がなく、そろそろ3日も過ぎようという朝に我慢できずにフユキに連絡したのだ。
「後始末に色々な。仮面舞踏会で派手にやっちまったからさ……俺、犯人だからなぁ」
 フユキは気楽に笑うが、実際にはアゲハの仮面舞踏会の裏側は大変な騒ぎになっていた…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:29PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「……アゲハ……」
 
 ああ、アゲハだ――僕はそう思った。
 大きな絵ではない。どちらかと言えば小さいものだ。けれど、その画面いっぱいに輝くような笑顔をこちらに向けているのは、他ならぬフユキだった。
 金髪に柔らかな日差しが照り返り、色違いの眼を猫のように細めたフユキが本当に幸せそうに笑っている。左腕のアゲハ蝶は、きちんと両方の翅《ハネ》を広げていた。
 僕はアゲハ蝶を見ていて気がついた。フユキに寄り添うように、誰かの腕がぴったりとフユキの腕にくっついている。その人物の右腕に、フユキと同じタトゥーがあるのだ。

 ――アゲハ……俺の半身。

「このアゲハ蝶……」
 僕が振り返ると、フユキは唇を噛みしめて絵に近づいていった。手を伸ばしかけ、触れるのをためらうように引っ込める。
「なんで俺を描くんだよ。こんな幸せそうに俺が……笑っていたのかよ?」
 フユキの震える声に、タカツキがそっとうなずいてみせる…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:20PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「紳士淑女の皆さん《レディース・アンド・ジェントルマン》……!」

 明るく陽気な声が響き渡った。
 ドアの前で「行かせない」「どきたまえ」と押し問答していたタカツキとナツキ氏も、呆然と天井の辺りを見つめて耳を澄ませている――音声はスピーカーから聞こえてきた。
「お待たせしましたぁ! 今夜はハッピー・アゲハ、特別前夜祭と銘打って大仮面舞踏会を開催しまぁす。まだ準備中のアナタ、早くオシャレしてエントランスホールへGO! あ、申し遅れました。館内放送ジャック? ノンノン、今夜は特別なんだからってんで、この俺が皆様の素敵な夜を大・大・大サポート! 名前はフユキでぇす。よろしくネっ!」 
「なっ……フユキ?!……あいつめ、一体何を――」
 能天気で軽妙な語り口に、ナツキ氏が顔色を変えた――僕も驚いていた……別の意味で。
「はいはい、まーだ会場の準備が整ってないんで、幕間《マクアイ》ミニミニ・ストーリーをひとつ。あるところにジサマがいました。ジサマは王様でしたが、王子のところにくるはずの花嫁の姫が悪ぅい盗賊に騙されてしまったのです。さあ、大変――」
 僕はフユキの滑らかな語りを聞きながら、ナツキ氏の顔色を窺った…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:24PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「お客様、少々よろしいでしょうか?」

 黒服の男が慇懃に一礼し、僕に鋭い眼を向けた。
 場所は、北側の飲食店ブースに隣り合うシックな雰囲気のバー。辺りには、今夜の仮装パーティーを意識してか、仮面をつけ仮装した男女が目立っていた。
 僕はわざと驚いた顔をして、隣の席に座るタカツキと顔を見合わせる。
「……僕に何か?」
「少々、込み入ったお話がございます。ここでは何ですので――」
 言下に場所を移動しろ、と黒服の男は柔和な顔に作り笑いを浮かべる。僕はうなずいて、そっと席を立った。タカツキが心配そうな面持ちで僕の腕を掴む。
「タツミさん……」
「大丈夫、すぐに戻るよ。あなたはここでゆっくりしていて……」
 僕がさりげなくタカツキの耳元に囁くと、他の客の眼がこちらを窺っているのが見えた。
 アキトとの婚約発表が控えているタカツキは、アゲハ施設内ではどこにいても目立つ。連れが男……僕と一緒ならばなおのこと。それを逆に利用することにしたのだ。
 ここまでは予想通り――さて、問題はここからだ…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:55PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「問題があるな――」

 重々しい口調で沈黙を破ったのはアツマタだ。
 タカツキが問いかけるような眼を向けると、アツマタはディスプレイを指さした。
「フユキが組んだシミュレーション3D映像は、実際の建物の構造と少し食い違いがある。今のところ一ヵ所だけだが、他にもあるのだとしたら……このまま決行するのは危険だ」
 アツマタは無表情にタカツキを見る。タカツキも見返したまま一歩も退かない。
「タカツキ……」
 アツマタが困ったように眉を寄せたが、タカツキは表情ひとつ変えずに僕を見る。
「タツミ、アツマタに変更ヵ所を教えてやれ。組み直しに何時間かかる?」
「……2時間ほど」
 タカツキはうなずいて、いきなり僕の左腕を掴んだ。何をするのかと思えば、腕時計を見ている――自分の腕時計はどうしたんだ?…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:33PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「フユキは一体どこに――」

 僕のつぶやきに応える者はない。
 タカツキは今にも泣きそうなアカバネをなだめているし、アツマタはフユキに代わってキーボードを叩き、ハルミ嬢はその傍らで眼を細めてモニターを見つめ、クロサキとリョーゴロは何やらヒソヒソと声をひそめて話している。
「僕のところにフユキさんが来たんです。『タツミを見なかったか』って――」
 僕が驚いてアカバネを振り返ると、タカツキとアカバネがそろって僕を見ていた。
「フユキはお前の後を追って、部屋を出て行ったんだ。止めたんだが……聞かなかった」
 タカツキは苦いものを噛んだような顔だ。僕には言い難かったらしい。
「僕が飛び出したりしたから――」
「関係ない。お前が助けに行かなければアツマタが危なかった。フユキが出て行ったのは……言うなればあいつのミスだ」
「そんな――」
 タカツキの容赦のない言いように、僕はうつむいて唇を噛む――僕のせいで、フユキが。
「それで……アカバネ、フユキはお前のところに来て、どうなったんだ?」
 タカツキが淡々と落ち着いた口調で尋ねると、アカバネは素直にうなずいた。
「フユキさん、皆着飾ってるのにTシャツにジーパン姿で俺らのところに駆け込んできたもんだから、すぐに警備員が飛んできて。話もロクに聞けないうちにあいつらが――」
「警備員に連れて行かれたのか?」
「警備員と怖い顔の紳士です。こう目つきが鋭くて、デ・ニーロに似た感じの――」
「ジサマ……」
 僕は呆然とつぶやいていた…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:25PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「――早くしろ、ヒノハラの孫めが」

 スイートのメインリビングの中央に設置されたテーブルには、モニターにディスプレイ、ピカピカの新品ディスクトップが並ぶ。キーボードを操作しているのはフユキで、その隣には和装の男が腕組みをして座っていた。僕の中では『リョーゴロ』で定着してしまっているが――。
「小僧、早くしろ」
 リョーゴロが冷たく言い放つ。年相応に皺こそ深いが、和装の似合う麗容には違いない。火のついてないタバコを、骨ばった長い指でもて遊ぶ癖――タカツキによく似ている。
「俺はフユキだっつってんだろ。ジジイズ・ファイブのリーダー、ちと黙れよ」
 フユキは苛立たしげに言い返し、キーボードを素早く叩いた。
 4人のおジイさんはリョーゴロを残して去っていった。その後、リョーゴロはモニターの前にどっかと座り、フユキにさも当然といった顔で「初期設定しろ」と命じたのだ。
「ジジイズ・ファイブとは愉快な名称だなぁ。お前こそ、ワシは高槻綾吾郎《タカツキ・リョウゴロウ》だとわからんか? ヒノハラの孫の癖に物を知らんのだなぁ」
「タカツキぃ――?」
 フユキの声がひっくり返る。僕が説明しようと口を開きかけた時――。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:38PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「アゲハへようこそ――遅いぜ、お2人さん」

 最高の夜景をバックにフユキは笑顔で僕らを迎えた。今日は銀髪に金色の眼で猫めいた容貌によく似合う。僕はそんなフユキの顔を眺め、ついでに部屋を見渡した。
 アゲハ最上階のスイートは、極上の名に恥じない贅を尽くした瀟洒な広々とした造りだ。それでいてゴテゴテしていないのは、落ち着いた色調にまとめられているからだろう。
「――って、無視すんなよ。タカツキ……そいつ、誰だ?」
 タカツキがにやりと笑い、僕は苦笑してしまった。そんな反応にフユキは僕の頭から足の先までジロジロ眺めて、金色の眼をいっぱいに見開いて仰け反った。
「ビビッたぁ。タツミってこんな顔してたのかよ、タカツキ?」
「そうだよ。普段は身なりに無頓着でズボラなだけだ――首尾はどうなってる?」
 タカツキはひどい言いようでさらっと流し、つかつかと部屋を横切って椅子に座った。途中で上着を脱いで椅子の背に無造作にかける。僕はタカツキの上着とすでに運ばれていた荷物を手にリビングを出た。主寝室以外に3部屋もあり、広さに戸惑ってしまった…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 02:57PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「――お前は俺の恋人だ」

 タカツキはからかいの眼差しと口調で、僕の眼鏡をヒラヒラ振ってみせる。
 場所はタカツキのマンションのベッドルーム。この部屋は僕がタカツキの部屋に泊まる羽目になるたびに使わせてもらっているが――ようするに客室のひとつだ。
 爽やかな朝日に包まれた部屋で、タカツキと僕はベッドを挟んで見つめ合い――違う、そんな色気のある話ではない。正確にはお互いパジャマ姿のまま、睨み合っていたのだ。
「……僕の眼鏡返せよ」
 僕は夢見が悪かったので不機嫌だった。その上、タカツキは僕が寝入っている隙に枕元から眼鏡を奪い、僕の耳元に昨夜と同じ言葉を――。
「タツミ、お前は俺の恋人だぞ?」
 その言葉を聞かされた時は耳を疑った。けれど、それは『そういう設定』というだけで、昨夜決まった『アゲハ潰し』の計画の一端に過ぎない――これまた色気ゼロの話だ。
「そういう設定で――僕はタカツキの恋人を演じて、アゲハの内部に入るんだろ。それはいいとして、眼鏡を返してくれ。それがないとアゲハ内部の詳細情報なんて記憶できない」
 タカツキは僕の眼鏡を手に、露骨に眉をひそめた…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:55PM   Comment[0]  Trackback[0] 
「抜けるなら、今のうちだぜ?」

 夜景を背にしたタカツキと向かい会う位置で足を止め、フユキはその場の全員の顔を見渡して笑ってみせた。今日の髪は金色で眼は薄緑色、スーツは昨日と同じだった。
「――そうだな。抜けるなら今のうちだ。今回は意思確認をしておこうか」
 タカツキは意外にもフユキの意見に同意して、僕らの顔をそれぞれに眺めた。
「……僕は抜けない」
 僕はタカツキとフユキを見つめ、ありったけの熱意を込めていった。
「最初に言っておくが、今回は少々リスクが高い。獲物は最大級、失敗すれば……」
「――命の保証ないぜ」
 タカツキの言葉をフユキが引き継いだ――い、命に関わるのか?
 僕がさっき言った言葉を取り消せ――ないだろうな、やっぱり。タカツキがじっと僕の眼を見つめている。威圧するでも睨むでもない、何気ない眼線に僕はうなずいてしまう。
「命知らずのド下僕・タツミ……そんなお前を俺は愛する」
 さらりとタカツキは言って、僕に最高の笑顔をみせた――命捧げます、ご主人様!…………。

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Up— posted by 森川巽 @ 01:42PM   Comment[0]  Trackback[0]