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「ずっと謝りたいと思ってたんです」 ハルミ嬢は熱っぽい潤んだ眼で、そう言ってうつむいた。 場所は会社の社員食堂。さすがに夕食をここで食べようという酔狂は少なく、やむなく居残りになった残業組だけが、持ち込んだビニ弁をペットボトル茶で流し込んでいる。 「僕のほうこそ、お礼を言いたいと思ってたんです。僕のことを気にかけてくださっていたことを……タカツキに聞きました。ありがとうございます」 顔を上げて僕を見ると、ハルミ嬢は恥ずかしそうにうなずいた――可愛いけれど気まずい。眼鏡のことを訊きたいけれど、まずクロサキから訊いたと説明しなくてはならないし――。 「私……昔、マルチーズを飼っていたんです」 どうきりだすか迷う僕より先に、ハルミ嬢が唐突に話し始めた。 「マルチーズって……あの白くて眼がくりくりした小さな犬?」 はい、とハルミ嬢は嬉しそうにうなずいて、すぐに表情を曇らせた。 「でも、私が眼を放した隙に、迷子になっちゃって。必死に探したんですけど……三日後に見つかった時には、衰弱が酷くて……獣医に連れて行ったんだけど、手遅れで……」 「そんな――」 突然の話だったものの、僕はハルミ嬢の愛犬の悲しい結末に素直に同情した。 「だけど、ハルミさんは一生懸命に探したんでしょう? 不幸な偶然がいくつも重なって、その子は気の毒なことになってしまったけれど、それはハルミさんのせいじゃ――」 いいえ! と、ハルミ嬢はキッと僕を見返した――ちょっとビビった。 「私、あの子を失ってから気づいたんです。私はそそっかしいし、何かに気を取られるとよそ見をしてしまうから、私の代わりに行動を見張っていられるものが必要だって――」 ハルミ嬢は涙で潤んだ切なげな眼で僕を見た――今度は悩殺されそうだ。それでも僕は、ハルミ嬢の言いたいことがなんとなくわかった。 「――それで自作の発信機を?」 「心配になると、つい。私の知らない間にその人が大変なことになったらどうしようって……ごめんなさい、こんなの勝手ですよね。森川さんにも、色々とすみませんでした」 ハルミ嬢はぺこりと頭を下げた。僕は少しだけ笑って、「いえ」と首を振る。 「ハルミさん、僕の眼鏡を知りませんか?」 僕は落ち着いて訊くことができた。ハルミ嬢は膝に置いた小さなバックから、僕の眼鏡をそっと取り出した。手を差し出すと、眼鏡の横に銀色のものが乗った――ペンシルだ。 「僕よりも、このペンシルをあげたほうがいい人がいますよ」 僕は眼鏡だけを取り、クロサキのカードとペンシルをハルミ嬢にそっと手渡した。 「それじゃ、僕はもう行きます。今度は僕が噂話を広めますから……」 「噂話……?」 「僕がハルミさんにフラれたって話です」 僕は軽く会釈して出口に向かった。途中、背後でハルミ嬢がくすんと鼻を鳴らした。 チクショウ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか。 僕は少しだけ後悔しつつも、足を止めずに社員食堂を出た。婚約を解消した後も掃除をしに部屋に行ってしまうほど、彼女が誰を想っているのかわかっていたから。 ――君の連絡を待っている S・Kurosaki―― そんなメッセージと携帯番号が記されたカードは、やはり彼女に渡して正解だったのだ。それは愛情たっぷりのペンシル発信機を、受け取るべきあの人にとっても同じこと――。 外に出ると夜景がいつもより輝いて見える。11月の初亥ともなれば、夜風は冷たい。それでも僕の視界がやけにクリアなのは、眼鏡を取り戻したばかりではない……きっと。 ―――幕間幕切れ・第2部へ続く――― |
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